1938年2月に録音された音楽

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1938年2月に録音された音楽

1938年2月は、欧州の危機が急速に可視化した月でした。2月4日、ドイツ国(German Reich)でアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler, 1889–1945)が軍の最高指揮機構を再編し、2月12日にはオーストリア連邦国(Federal State of Austria)のクルト・シュシュニック(Kurt Schuschnigg, 1897–1977)がベルヒテスガーデン会談(Berchtesgaden meeting)で強い圧力を受けました。2月20日、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)ではロバート・アンソニー・イーデン(Robert Anthony Eden, 1897–1977)が外務大臣を辞任しました。ルーマニア王国(Kingdom of Romania)では2月10日にカロル2世(Carol II, 1893–1953)が国王独裁を始め、同月、インド国民会議(Indian National Congress)のハリプラ会議(Haripura Session)ではスバス・チャンドラ・ボース(Subhas Chandra Bose, 1897–1945)が議長を務めました。アメリカ合衆国(United States of America)では2月16日にフランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt, 1882–1945)が農業調整法(Agricultural Adjustment Act of 1938)に署名し、文化面ではソーントン・ワイルダー(Thornton Wilder, 1897–1975)の『わが町』(Our Town)が2月4日にブロードウェイ(Broadway)で開幕しました。

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1938年2月の録音に関する情報のまとめ

1938年2月の録音関連分野では、アメリカ合衆国(United States of America)の大手レコード会社がスウィング、ダンス音楽、ポピュラー録音を継続し、同時に録音・再生機器の販売広告も業界誌上で確認できます。アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)、アメリカン・レコード社(American Record Corporation)は、当月の商業録音を通じてスウィング市場の拡大を支えました。また、プレスト・レコーディング社(Presto Recording Corporation)やアンスレー・ラジオ社(Ansley Radio Corp.)の広告からは、業務用・店舗用の録音機器と家庭用再生機器の販売活動も確認できます。

アールシーエー・マニュファクチャリング

アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)では、ヴィクター(Victor)系の録音と再生機器販売の両面で1938年2月の活動が確認できます。ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and His Orchestra)の「Don’t Be That Way」と「One O’Clock Jump」は、同月のヴィクター(Victor)録音の代表的な例です。同月の『ラジオ・トゥデイ』(Radio Today)には、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)の電気同調テーブル型ラジオ Model 87T-2 も掲載され、フォノグラフ接続機能と69.95ドルの価格が示されています。

デッカ・レコード

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)では、1938年2月にニューヨーク(New York)を中心とする活発な録音活動が確認できます。カウント・ベイシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Count Basie and His Orchestra)の2月16日録音は、同月のデッカ(Decca)における重要なスウィング録音として位置づけられます。さらに、リル・アームストロング・アンド・ハー・スウィング・バンド(Lil Armstrong and Her Swing Band)、アンディ・カーク・アンド・ヒズ・トゥエルヴ・クラウズ・オブ・ジョイ(Andy Kirk and His Twelve Clouds of Joy)、グレン・グレイ・アンド・ザ・カーサ・ロマ・オーケストラ(Glen Gray and the Casa Loma Orchestra)などの録音も確認でき、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)が幅広いスウィング、ダンス音楽、ポピュラー系レパートリーを展開していたことが分かります。

アメリカン・レコード

アメリカン・レコード社(American Record Corporation)では、ブランズウィック(Brunswick)系の1938年2月録音が確認できます。レッド・ノーヴォ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Red Norvo and His Orchestra)は、同月にニューヨーク(New York)で複数の録音を行い、ミルドレッド・ベイリー(Mildred Bailey, 1907–1951)の歌唱を含む「Please Be Kind」はブランズウィック 8088(Brunswick 8088)として確認できます。同社系レーベルは、1938年2月もスウィング系の商業録音を継続していました。

プレスト・レコーディング

プレスト・レコーディング社(Presto Recording Corporation)は、1938年2月の『ラジオ・トゥデイ』(Radio Today)で即時録音用の録音機器を広告・紹介しています。プレスト・ジュニア・レコーダー(Presto Junior Recorder)は、12インチのアセテート盤に録音できる機器として示され、定価149.00ドルと明記されています。同製品は、放送、教育、業務、店舗実演を含む即時録音市場に向けた製品として位置づけられます。

アンスレー・ラジオ

アンスレー・ラジオ社(Ansley Radio Corp.)は、1938年2月の『ラジオ・トゥデイ』(Radio Today)で、アンスレー・ダイナフォン(Ansley dynaphone)を掲載しています。同製品は電気式フォノグラフとして紹介され、3球式増幅器、クリスタル・ピックアップ、モデル D-26 の仕様が示されています。価格は交流用44.50ドル、交流直流兼用49.50ドルとされ、同社が同月の業界誌上でレコード再生機器の販売活動を行っていたことが確認できます。