1938年7月に録音された音楽

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1938年7月に録音された音楽

1938年7月は、国際政治の緊張、難民問題、技術記録、文化・社会の動きが同時に進んだ月です。7月3日、ロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道(London and North Eastern Railway)の蒸気機関車「マラード(Mallard)」が時速126マイルを記録しました。7月6日–15日にはフランス共和国(French Republic)のエヴィアン=レ=バンでエヴィアン会議(Evian Conference)が開かれ、ドイツ国(German Reich)から逃れるユダヤ人難民問題が協議されましたが、各国の受け入れ拡大は限定的でした。7月10日–14日にはハワード・ヒューズ(Howard Hughes, 1905–1976)が世界一周飛行記録を更新しました。7月21日、ボリビア共和国(Republic of Bolivia)とパラグアイ共和国(Republic of Paraguay)はボリビア共和国・パラグアイ共和国間の平和友好国境条約(Treaty of Peace, Friendship and Boundaries between Bolivia and Paraguay)に署名しました。7月24日にはアルプスのアイガー北壁(North Face of the Eiger)の初登攀が達成され、7月25日にはスペイン内戦(Spanish Civil War)でエブロ川の戦い(Battle of the Ebro)が始まりました。7月29日にはソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)と大日本帝国の国境紛争である張鼓峰事件(Battle of Lake Khasan)が戦闘化し、7月31日にはブルガリア王国(Kingdom of Bulgaria)とバルカン協商(Balkan Entente)の間でサロニカ協定(Agreement between Bulgaria and the Balkan Entente)が署名されました。

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1938年7月の録音に関する情報のまとめ

1938年7月の録音関連では、アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)のヴィクター(Victor)およびブルーバード(Bluebird)、デッカ・レコード(Decca Records, Inc.)、アメリカン・レコード・コーポレーション(American Record Corporation)の動きが確認できます。アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)とデッカ・レコード(Decca Records, Inc.)では、当月録音の商業盤につながるセッションが確認でき、アメリカン・レコード・コーポレーション(American Record Corporation)では、コロムビア・ブロードキャスティング・システム社(Columbia Broadcasting System, Inc.)による買収交渉が同時代業界紙で報じられました。

アールシーエー・マニュファクチャリング社

アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)では、1938年7月にヴィクター(Victor)とブルーバード(Bluebird)の両レーベルで、後年まで知られるスウィング期の録音が行われました。7月16日には、ラリー・クリントン(Larry Clinton, 1909–1985)率いるラリー・クリントン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Larry Clinton and His Orchestra)が、ビー・ウェイン(Bea Wain, 1917–2017)の歌唱を伴って「My Reverie」をヴィクター(Victor)用に録音しました。7月24日には、アーティ・ショウ(Artie Shaw, 1910–2004)率いるアーティ・ショウ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Artie Shaw and His Orchestra)が、ブルーバード(Bluebird)用に「Begin the Beguine」を録音し、同日のセッションではビリー・ホリデイ(Billie Holiday, 1915–1959)の歌唱を伴う「Any Old Time」も録音されました。

デッカ・レコード

デッカ・レコード(Decca Records, Inc.)では、1938年7月にダンス・バンドおよびジャズ系の商業録音が複数確認できます。7月7日には、ラス・モーガン(Russ Morgan, 1904–1969)率いるラス・モーガン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Russ Morgan and His Orchestra)が「Small Fry」を録音しました。7月29日には、ジミー・ドーシー(Jimmy Dorsey, 1904–1957)率いるジミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jimmy Dorsey and His Orchestra)が「Change Partners」を録音しました。これらは、1938年夏のデッカ・レコード(Decca Records, Inc.)が、映画音楽・ポピュラー歌曲・ダンス音楽を商業録音へ結びつけていたことを示す当月の具体例です。

アメリカン・レコード・コーポレーション

1938年7月30日付の業界紙『ビルボード(The Billboard)』では、コロムビア・ブロードキャスティング・システム社(Columbia Broadcasting System, Inc.)がアメリカン・レコード・コーポレーション(American Record Corporation)に関する買収交渉を進めていることが報じられました。アメリカン・レコード・コーポレーション(American Record Corporation)は、ブランズウィック(Brunswick)、ヴォカリオン(Vocalion)、コロムビア(Columbia)など複数レーベルを扱っていたため、この動きは1938年後半のアメリカ合衆国(United States of America)の録音産業再編につながる重要な会社動向です。