1938年6月に録音された音楽

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1938年6月に録音された音楽

1938年6月は、戦時体制、労働制度、国家経済、科学技術が大きく動いた月でした。日中戦争(Second Sino-Japanese War)では、中華民国国民政府(National Government of the Republic of China)側が1938年6月9日に黄河(Yellow River)の堤防を破壊し、河南省(Henan)などで大洪水が発生しました。ドイツ国(German Reich)では1938年6月13日–18日に「反社会分子」とされた人々への大規模逮捕が行われ、ユダヤ人男性も強制収容所へ送られました。アメリカ合衆国(United States of America)ではフランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt, 1882–1945)が1938年6月25日に公正労働基準法(Fair Labor Standards Act of 1938)へ署名し、最低賃金、労働時間、児童労働規制の基盤が整いました。メキシコ合衆国(United Mexican States)では1938年6月7日にペトロレオス・メヒカノス(Petróleos Mexicanos)が設立され、石油国有化後の国家経済運営が制度化されました。アイルランド(Ireland)ではダグラス・ハイド(Douglas Hyde, 1860–1949)が1938年6月25日に初代大統領へ就任しました。科学技術ではラースロー・ビーロー(László Bíró, 1899–1985)が1938年6月15日にボールペン関連の英国特許を出願し、筆記具の実用化史に重要な一歩を刻みました。

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1938年6月の録音に関する情報のまとめ

1938年6月の録音関連資料では、レコード会社による月次新譜・販売目録、ラジオ蓄音機とレコード販売を結びつけた販促、録音用ブランク盤や業務用録音機器の紹介が並行して確認できます。アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)はアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)とブルーバード・レコード(Bluebird Records)のレコード販売をラジオ蓄音機販売と連動させ、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)とアメリカン・レコード・コーポレーション(American Record Corporation)は流行音楽、ジャズ、当時の販売分類であるレース・レコード(race records)を含む新譜供給を続けていました。録音技術面では、オーディオ・デバイシズ社(Audio Devices, Inc.)の録音用ブランク盤、マイルズ・リプロデューサー社(Miles Reproducer Co., Inc.)のフィルム式録音装置、オペラジオ製造社(Operadio Manufacturing Co.)の可搬式音響装置などが同時代業界誌に掲載されています。

アールシーエー・マニュファクチャリング社

1938年6月号の『ラジオ・トゥデイ(Radio Today)』では、アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)関係者が、1933年以来のレコード売上の増加、ヴィクター・レコード協会(Victor Record Society)による販売促進、レコードとアールシーエー・ヴィクトローラ(RCA Victrola)の連動販売を強調しています。同号の広告では、1939年型アールシーエー・ヴィクトローラ(RCA Victrola)に自動レコード交換装置、クリスタル・ピックアップ、ヴィクター・レコード(Victor Records)9ドル相当を組み合わせた販売訴求が示されました。アメリカ合衆国議会図書館(Library of Congress)の所蔵記述には、「New Victor records, June 1938」「Victor Record review vol. 1 no. 2, June 1938」「Blue Bird: The world’s finest low-priced popular records, June 1938」が確認できます。

デッカ・レコード社

アメリカ合衆国議会図書館(Library of Congress)の所蔵記述では、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)の1938年6月資料として「Decca all-star records, June 1938」と「Decca race records, June 16, 1938」が確認できます。これにより、同社が一般向け流行盤と当時の販売分類であるレース・レコード(race records)を同月に並行して販促していたことが分かります。1938年6月10日には、ルイ・アームストロング・ウィズ・ザ・ミルズ・ブラザーズ(Louis Armstrong with The Mills Brothers)がニューヨークで「The Flat Foot Floogie」をデッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)向けに録音しており、同月の同社のジャズ・ポピュラー録音活動を示す事例となっています。

アメリカン・レコード・コーポレーション

アメリカン・レコード・コーポレーション(American Record Corporation)は、1938年6月にもブランズウィック・レコード(Brunswick Records)とヴォカリオン・レコード(Vocalion Records)を通じた録音活動を継続していました。1938年6月20日には、デューク・エリントン(Duke Ellington, 1899–1974)の楽団クレジットであるデューク・エリントン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Duke Ellington and His Orchestra)がニューヨークのアメリカン・レコード・コーポレーション(American Record Corporation)スタジオでブランズウィック・レコード(Brunswick Records)向けに録音しました。1938年6月23日には、ビリー・ホリデイ(Billie Holiday, 1915–1959)がヴォカリオン・レコード(Vocalion Records)系のセッションで「Having Myself a Time」「Says My Heart」「I Wish I Had You」「I’m Gonna Lock My Heart」を録音し、同月末の1938年6月30日にはレッド・ノーヴォ(Red Norvo, 1908–1999)とミルドレッド・ベイリー(Mildred Bailey, 1907–1951)によるブランズウィック・レコード(Brunswick Records)系の録音も確認できます。

オーディオ・デバイシズ社

1938年6月号の『ラジオ・トゥデイ(Radio Today)』は、オーディオ・デバイシズ社(Audio Devices, Inc.)の録音用ブランク盤を新製品欄で紹介しています。同誌は、低い表面雑音、切削しやすさ、耐久性、劣化しにくさを特徴として挙げ、通常サイズで供給される録音用ディスクとして掲載しました。これは、家庭用・商業用のレコード再生市場だけでなく、同時代の録音媒体供給が業界誌上で独立した商品分野として扱われていたことを示しています。

マイルズ・リプロデューサー社

1938年6月号の『ラジオ・トゥデイ(Radio Today)』には、マイルズ・リプロデューサー社(Miles Reproducer Co., Inc.)のフィルモグラフ(Filmograph)装置が掲載されています。同装置は、一般事務用の録音機として、口述、電話会話、会議などの録音に使用でき、標準の8ミリまたは16ミリ映画フィルムを媒体とし、100フィートのフィルムに80分の会話を記録できると説明されています。音楽レコードとは異なる用途ですが、1938年6月時点で、録音技術が事務・通信・会議記録の分野にも商品化されていたことを示す資料です。

オペラジオ製造社

1938年6月号の『ラジオ・トゥデイ(Radio Today)』は、オペラジオ製造社(Operadio Manufacturing Co.)のモデル172可搬式音響装置を紹介しています。同装置は、110ボルト交流および6ボルト直流で作動し、単一筐体にフォノターンテーブルとピックアップを備え、ダイナミック型マイクロフォン、二基のスピーカー、遠隔音量調整とメーター監視の機能を持つと説明されています。蓄音機再生機能と拡声装置を組み合わせた業務用機器として、1938年6月の録音・再生関連機器市場に位置づけられます。

ウェブスター・エレクトリック社

1938年6月号の『ラジオ・トゥデイ(Radio Today)』には、ウェブスター・エレクトリック社(Webster Electric Co.)のクリスタル・フォノグラフ・ピックアップが掲載されています。同製品は、防湿処理されたクリスタル素子を用い、内部共振を抑える成形ゴムのハウジング、電磁・静電シールドとして機能する金属外殻、トラッキング誤差を減らすウォールナット製トーンアームを特徴として説明されています。1938年6月の蓄音機・ラジオ蓄音機市場では、レコードそのものだけでなく、再生品質を支えるピックアップ部品も業界誌上で重要な商品として扱われていました。