1939年12月に録音された音楽
1939年12月は、第二次世界大戦(Second World War)の拡大と、民間社会・文化の動きが同時に進んだ月でした。ソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)によるフィンランド共和国(Republic of Finland)侵攻を受け、国際連盟(League of Nations)は12月14日にソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)を除名しました。南大西洋では12月13日にラプラタ沖海戦(Battle of the River Plate)が起こり、ドイツ国(German Reich)の装甲艦アドミラル・グラーフ・シュペー(Admiral Graf Spee)は12月17日に自沈しました。アメリカ合衆国(United States of America)では12月2日にニューヨーク市営空港(New York Municipal Airport)が商業運航を開始し、都市航空の基盤整備が進みました。映画『風と共に去りぬ』(Gone with the Wind)は12月15日にアメリカ合衆国ジョージア州アトランタ(Atlanta, Georgia, United States of America)で初公開されました。トルコ共和国(Republic of Turkey)では協定世界時12月26日、現地日付12月27日に1939年エルジンジャン地震(1939 Erzincan Earthquake)が発生し、甚大な被害を出しました。ブルース歌手マ・レイニー(Ma Rainey, 1886–1939)は12月22日に死去し、初期録音時代のアフリカ系アメリカ人音楽を代表する人物の一人が世を去りました。
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1939年12月の録音に関する情報のまとめ
1939年12月の録音関連資料では、大手レコード会社がスウィング、ポピュラー歌曲、映画音楽由来のレパートリー、ハワイアン、ブルース、ジャズを継続的に扱い、独立系レーベルも専門性の高いジャズ録音を進めていました。アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)、コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)の主要3社に加え、コモドア・ミュージック・ショップ(Commodore Music Shop)、ブルー・ノート・レコード(Blue Note Records)、ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション(United States Record Corporation)、ジェネラル・レコード社(General Records Company)に、月内の録音またはレーベル活動が確認できます。
アールシーエー・ヴィクター
アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)のヴィクター(Victor)とブルーバード(Bluebird)系列では、1939年12月もスウィング・オーケストラ、ポピュラー歌手、ジャズ系小編成の録音が継続しました。グレン・ミラー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Glenn Miller and His Orchestra)、チャーリー・バーネット・アンド・ヒズ・オーケストラ(Charlie Barnet and His Orchestra)、ライオネル・ハンプトン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Lionel Hampton and His Orchestra)などの月内録音が確認でき、同社系列が大衆向けダンス音楽とジャズ性の強い録音の双方を扱っていたことが分かります。
コロムビア・レコーディング
コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)では、コロムビア(Columbia)系列とヴォカリオン(Vocalion)系列を通じて、ダンス・バンド、スウィング、映画音楽関連曲、ヴォーカル録音が継続しました。テディ・ウィルソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Teddy Wilson and His Orchestra)、ベニー・グッドマン・セクステット(Benny Goodman Sextet)、ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and His Orchestra)、ビリー・ホリデイ・アンド・ハー・オーケストラ(Billie Holiday and Her Orchestra)などの月内録音が確認でき、同社が大手ポピュラー市場とジャズ市場を並行して扱っていたことがうかがえます。
デッカ・レコード
デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)では、1939年12月もポピュラー、ダンス・バンド、ジャズ、ハワイアン系録音を幅広く扱いました。ボブ・クロスビー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Bob Crosby and His Orchestra)、ウディ・ハーマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Woody Herman and His Orchestra)、ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・オーケストラ(Louis Armstrong and His Orchestra)、ポール・ホワイトマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Paul Whiteman and His Orchestra)、ガイ・ロンバード・アンド・ヒズ・ロイヤル・カナディアンズ(Guy Lombardo and His Royal Canadians)などの月内録音が確認でき、同社のカタログが大衆的な娯楽音楽を中心に広い市場を対象としていたことが分かります。
コモドア
コモドア・ミュージック・ショップ(Commodore Music Shop)のコモドア(Commodore)は、1939年末にも独立系ジャズ・レーベルとしての録音活動を継続しました。スタッフ・スミス・アンド・ヒズ・オーケストラ(Stuff Smith and His Orchestra)の月内録音が確認でき、大手会社の大量生産的なポピュラー録音とは異なる、演奏家中心の専門的なジャズ録音を担っていたことが分かります。
ブルー・ノート・レコード
ブルー・ノート・レコード(Blue Note Records)は、1939年12月にもブギウギとジャズ・ピアノを中心とする録音を行いました。ピート・ジョンソン・ブルース・トリオ(Pete Johnson Blues Trio)の月内録音が確認でき、1939年創設の新興レーベルであったブルー・ノート・レコード(Blue Note Records)が、初期段階からジャズの特定分野に焦点を当てていたことが分かります。
- https://www.jazzdisco.org/blue-note-records/discography-1939-1944/
- https://www.jazzdisco.org/blue-note-records/catalog-78-rpm-series/
- https://www.78discography.com/BlueNote.htm
ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション
ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション(United States Record Corporation)は、1939年にエリ・オーバースタイン(Eli Oberstein, 生没年不明)が中心となって立ち上げた会社で、ヴァーシティ(Varsity)とロイヤル(Royale)を主要レーベルとして展開しました。1939年12月にはヴァーシティ(Varsity)系列でジャズ系小編成の録音が確認でき、同社が再発盤だけでなく自社原盤の制作にも取り組んでいたことが分かります。
- https://www.78discography.com/Vars8000.htm
- https://www.jazzdisco.org/varsity-seven/discography/
- https://mainspringpress.org/wp-content/uploads/2026/01/AMERICAN-RECORD-CO_ed2-v3.pdf
ジェネラル・レコード
ジェネラル・レコード社(General Records Company)は、1939年にリーヴス・サウンド・スタジオ(Reeves Sound Studios)のハザード・E・リーヴス(Hazard E. Reeves, 1906–1986)と結びついて活動した独立系レーベルです。1939年12月にはジェリー・ロール・モートン(Jelly Roll Morton, 1890–1941)の晩年録音が行われ、同社が歴史的ジャズ演奏家を対象とする専門性の高い録音活動を進めていたことが分かります。
- https://www.jazzdiscography.com/Artists/Commodore/CommodoreCDr.html
- https://archive.org/stream/rust_jazz-records_free-edition-6/rust_jazz-records_free-edition-6_djvu.txt
- https://mainspringpress.org/wp-content/uploads/2026/01/AMERICAN-RECORD-CO_ed2-v3.pdf
