1939年6月に録音された音楽
1939年6月は、第二次世界大戦(Second World War)開戦前夜の緊張が各地で表面化した月でした。セントルイス号(MS St. Louis)はユダヤ系難民を乗せたままキューバ共和国(Republic of Cuba)、アメリカ合衆国(United States of America)、カナダ自治領(Dominion of Canada)への上陸を果たせず、ヨーロッパへ戻りました。天津事件(Tientsin Incident)では、天津のイギリス租界(British Concession)とフランス租界(French Concession)が日本側の封鎖を受け、イギリス帝国(British Empire)と大日本帝国(Empire of Japan)の緊張が高まりました。シャム(Siam)は六月下旬にタイ(Thailand)へ国号を変更しました。技術面では、ハインケル He 176(Heinkel He 176)が液体燃料ロケット推進機として初飛行し、航空史上の重要な実験となりました。文化・社会面では、ニューヨーク州クーパーズタウンで国立野球殿堂博物館(National Baseball Hall of Fame and Museum)が開館し、パン・アメリカン航空(Pan American Airways)のディキシー・クリッパー(Dixie Clipper)が大西洋横断の有料旅客飛行を開始しました。
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1939年6月の録音に関する情報のまとめ
1939年6月のアメリカ合衆国(United States of America)の録音関連産業では、アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)、コロムビア・レコーディング・コーポレーション(Columbia Recording Corporation)、ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション(United States Record Corporation)が、それぞれ新譜販売、業界広告、スタジオ録音、新レーベル告知を通じて動きを見せました。ジュークボックス向け需要の拡大を背景に、主要各社は月次新譜と人気楽団の録音を組み合わせ、家庭向け販売だけでなく業務用市場にも訴求していました。六月の録音活動では、アーティー・ショウ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Artie Shaw and His Orchestra)、ジミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jimmy Dorsey and His Orchestra)、ミルドレッド・ベイリー・アンド・ハー・オーケストラ(Mildred Bailey and Her Orchestra)、カウント・ベイシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Count Basie and His Orchestra)など、スウィング期の主要録音クレジットが各社のカタログを支えていました。
アールシーエー・マニュファクチャリング社
アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)は、1939年6月にヴィクター・レコード(Victor Records)とブルーバード・レコード(Bluebird Records)の新譜販売を進めました。ジョン・D・リード文書(John D. Reid papers)には「New Victor Records, June 1939」「Victor Record Review, June 1939」「RCA Victor’s Bluebird popular records, June 1939」が含まれており、同社が六月単位で新譜資料を展開していたことが分かります。業界誌『ビルボード(The Billboard)』1939年6月3日号でも、ヴィクター・レコード(Victor Records)とブルーバード・レコード(Bluebird Records)は音楽機械向けの広告・紹介欄に現れ、ジュークボックス市場に向けた販売促進の一部となっていました。録音面では、アーティー・ショウ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Artie Shaw and His Orchestra)が1939年6月22日にハリウッドでブルーバード・レコード(Bluebird Records)およびヴィクター・レコード(Victor Records)系の録音を行い、同社のスウィング系カタログを補強しました。
- https://findingaids.loc.gov/repositories/11/resources/869
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/30s/1939/Billboard-1939-06-03.pdf
- https://www.78discography.com/
デッカ・レコード社
デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、1939年6月に「Decca all-star records」の月次資料を出し、同月の新譜販売を進めました。『ビルボード(The Billboard)』1939年6月3日号では、デッカ・レコード(Decca Records)が音楽機械向けの有力レコードとして扱われ、ジュークボックスや自動蓄音機を意識した市場展開が読み取れます。録音面では、ジミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jimmy Dorsey and His Orchestra)が1939年6月6日、6月16日、6月23日にニューヨークでデッカ・レコード(Decca Records)向けの録音を行い、六月の同社カタログにおけるダンス・バンド録音の継続を示しました。
- https://findingaids.loc.gov/repositories/11/resources/869
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/30s/1939/Billboard-1939-06-03.pdf
- https://www.78discography.com/
コロムビア・レコーディング・コーポレーション
コロムビア・レコーディング・コーポレーション(Columbia Recording Corporation)は、1939年6月にヴォカリオン・レコード(Vocalion Records)の月次資料を展開していました。ジョン・D・リード文書(John D. Reid papers)には「Vocalion Records, June 1939」が含まれ、同ブランドが六月単位で販売資料を出していたことが分かります。録音面では、ミルドレッド・ベイリー・アンド・ハー・オーケストラ(Mildred Bailey and Her Orchestra)が1939年6月14日と6月27日にニューヨークでヴォカリオン・レコード(Vocalion Records)向けの録音を行いました。また、カウント・ベイシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Count Basie and His Orchestra)は1939年6月24日にシカゴで録音を行い、同社系レーベルのスウィング・ジャズ録音が六月も継続していました。
- https://findingaids.loc.gov/repositories/11/resources/869
- https://www.78discography.com/
- https://mainspringpress.org/2025/11/08/free-download-brian-rusts-jazz-and-ragtime-records-1897-1942-sixth-edition/
ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション
ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション(United States Record Corporation)は、1939年6月にヴァーシティ・レコード(Varsity Records)とロイヤル・レコード(Royale Records)の市場投入を準備しました。1939年6月29日付の業界向け資料では、ヴァーシティ・レコード(Varsity Records)とロイヤル・レコード(Royale Records)の予告カタログが示され、同社が低価格盤市場への参入を進めていたことが分かります。六月時点の同社活動は、既存原盤の再利用を含むレーベル立ち上げ・販売準備として位置づけられ、オリジナル録音活動としては扱いません。録音企業史上では、同社の動きは大恐慌後期の低価格盤市場と、既存録音資産を再編して販売するビジネスの一例です。
- https://www.78discography.com/USRC.htm
- https://www.78discography.com/Varsity.htm
- https://www.78discography.com/Royale.htm
