1939年3月に録音された音楽

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1939年3月に録音された音楽

1939年3月は、ヨーロッパと東アジアで戦争前夜の緊張が一段と高まりました。3月2日、エウジェニオ・パチェッリ(Eugenio Pacelli, 1876–1958)がピウス12世(Pius XII, 1876–1958)としてローマ教皇(Pope)に選出されました。3月14日にスロバキア国(Slovak State)が独立を宣言し、3月15日にドイツ国(German Reich)がチェコ地域を占領、3月16日にボヘミア・モラヴィア保護領(Protectorate of Bohemia and Moravia)が成立しました。3月23日にはメーメル地域(Memel Territory)がリトアニア共和国(Republic of Lithuania)からドイツ国(German Reich)へ移されました。スペイン内戦(Spanish Civil War)では3月28日にマドリード(Madrid)へフランシスコ・フランコ(Francisco Franco, 1892–1975)派の部隊が入り、共和派の軍事的抵抗は終息へ向かいました。日中戦争では南昌会戦(Battle of Nanchang)で大日本帝国陸軍(Imperial Japanese Army)が3月27日に南昌(Nanchang)を占領しました。3月31日、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)はポーランド共和国(Republic of Poland)の独立を保証する声明を出しました。文化面では、ジョン・フォード(John Ford, 1894–1973)監督の映画『駅馬車(Stagecoach)』が3月3日にアメリカ合衆国(United States of America)で公開され、西部劇映画の評価を押し上げました。

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1939年3月の録音に関する情報のまとめ

1939年3月の録音関連では、既存大手の商業録音、新興ジャズ・レーベルの初回発売、黒人音楽市場を対象にした録音事業の開設、低価格盤事業の立ち上げが同時に確認できます。アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)のヴィクター(Victor)系録音、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)のビッグ・バンド録音、コロムビア・ブロードキャスティング・システム社(Columbia Broadcasting System, Inc.)傘下のアメリカン・レコード・コーポレーション(American Record Corporation)再編、ブルー・ノート・レコード(Blue Note Records)の初回発売、ブロンズ・レコーディング・スタジオ/ブロンズ・レコード・アンド・レコーディング・カンパニー(Bronze Recording Studio / Bronze Record and Recording Company)の開設、ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション(United States Record Corporation)の発足が、同月の録音産業の主要な動きです。

アールシーエー・マニュファクチャリング

アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)のヴィクター(Victor)では、1939年3月にトミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Tommy Dorsey and His Orchestra)がシカゴで録音を行い、同社のダンス・バンド録音が継続していたことが確認できます。同月の特筆すべき録音としては、3月21日にケイト・スミス(Kate Smith, 1907–1986)がニューヨーク第2スタジオでアーヴィング・バーリン(Irving Berlin, 1888–1989)作の「God Bless America」を録音し、ヴィクター26198として発売されたことが挙げられます。

デッカ・レコード

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)では、1939年3月にジミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jimmy Dorsey and His Orchestra)とボブ・クロスビー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Bob Crosby and His Orchestra)の録音が確認できます。個別曲の網羅は録音リストに譲るとして、同月の同社資料からは、ニューヨークとシカゴでのビッグ・バンド録音が継続し、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)が1939年春もダンス・バンド市場を重要な商品領域として扱っていたことが読み取れます。

アメリカン・レコード・コーポレーション

アメリカン・レコード・コーポレーション(American Record Corporation)は、コロムビア・ブロードキャスティング・システム社(Columbia Broadcasting System, Inc.)による買収後の再編過程にあり、1939年3月24日にニューヨーク州でコロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)の資産取得を目的とする法人書類を提出しました。録音面では、3月20日–21日にデューク・エリントン・アンド・ヒズ・フェイマス・オーケストラ(Duke Ellington and His Famous Orchestra)がニューヨークで録音を行い、3月21日にはビリー・ホリデイ(Billie Holiday, 1915–1959)がホット・リップス・ペイジ(Hot Lips Page, 1908–1954)らの伴奏で「Long Gone Blues」を含む録音を行いました。同月は、企業再編と重要ジャズ録音が重なった時期として位置づけられます。

ブルー・ノート

ブルー・ノート・レコード(Blue Note Records)は、1939年1月6日にニューヨークで行った初回録音をもとに、3月3日に最初のレコードを発売しました。発売されたのは、ミード・ラックス・ルイス(Meade Lux Lewis, 1905–1964)とアルバート・アモンズ(Albert Ammons, 1907–1949)のブギウギ録音で、独立レーベルが大手会社の主流商品とは異なるジャズ演奏を自社の出発点に据えた事例として重要です。アルフレッド・ライオン(Alfred Lion, 1908–1987)が始めたブルー・ノート・レコード(Blue Note Records)の初回発売は、1939年3月の録音産業における新興レーベルの動きとして特筆できます。

ブロンズ・レコーディング・スタジオ

ブロンズ・レコーディング・スタジオ/ブロンズ・レコード・アンド・レコーディング・カンパニー(Bronze Recording Studio / Bronze Record and Recording Company)は、1939年初頭にロサンゼルスで開設された黒人音楽向けの録音事業です。所在地はロサンゼルスのイースト・ヴァーノン・アベニュー623番地で、開設は3月11日に『ピッツバーグ・クーリエ(The Pittsburgh Courier)』などの黒人紙で報じられました。3月下旬には、グラディス・ベントリー(Gladys Bentley, 1907–1960)の録音が進められていたことが記録されており、初期盤のプレスはアライド・レコード・マニュファクチャリング(Allied Record Manufacturing)が担当しました。

ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション

ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション(United States Record Corporation)は、1939年3月にエリ・オーバースタイン(Eli Oberstein, 1901–1960)が独立プロデューサーとして立ち上げた低価格盤事業です。創業時の事務所はニューヨーク市ブロードウェイ1775番地で、主要商品はヴァーシティ(Varsity)とロイヤル(Royale)でした。会社は1939年5月に正式に法人化され、同年後半にはスクラントン・レコード社(Scranton Record Company)によるプレスで発売を進めました。3月段階では録音セッションよりも、新会社の発足と低価格盤市場への参入が中心的な動きでした。