1939年11月に録音された音楽

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1939年11月に録音された音楽

1939年11月は、第二次世界大戦の拡大と各国社会の統制強化が進んだ月です。11月4日、アメリカ合衆国(United States of America)ではフランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt, 1882–1945)が1939年中立法(Neutrality Act of 1939)に署名し、交戦国への武器禁輸を改めました。11月6日、ドイツ国(German Reich)占領下のクラクフでクラクフ特別行動(Sonderaktion Krakau)が行われ、ヤギェウォ大学(Jagiellonian University)などの大学関係者が拘束されました。11月8日にはゲオルク・エルザー(Georg Elser, 1903–1945)がミュンヘンのビュルガーブロイケラー(Bürgerbräukeller)でアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler, 1889–1945)暗殺を試みましたが失敗しました。11月17日にはベーメン・メーレン保護領(Protectorate of Bohemia and Moravia)で学生弾圧が行われ、チェコ系大学が閉鎖されました。アメリカ合衆国(United States of America)では感謝祭(Thanksgiving Day)の前倒しが小売・興行の年末商戦に影響を与え、11月30日にはソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)がフィンランド共和国(Republic of Finland)へ侵攻し、冬戦争(Winter War)が始まりました。

この月の確認されている録音:0曲

1939年11月の録音に関する情報のまとめ

1939年11月の録音関連資料では、アメリカ合衆国(United States of America)を中心に、大手会社のスウィング録音、専門店系・独立系レーベルのジャズ録音、戦時下の販売資料が並行して確認できます。大手会社では、ブルーバード・レコード(Bluebird Records)、ヴィクター・レコード(Victor Records)、コロムビア・レコード(Columbia Records)、ヴォカリオン・レコード(Vocalion Records)、デッカ・レコード(Decca Records)に結び付く録音が続き、独立系ではブルー・ノート・レコード(Blue Note Records)、コモドア・レコード(Commodore Records)、ヴァーシティ・レコード(Varsity Records)、リバティ・ミュージック・ショップス(Liberty Music Shops)の動きが見られます。

アールシーエー・マニュファクチャリング

アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)系では、ブルーバード・レコード(Bluebird Records)とヴィクター・レコード(Victor Records)に結び付く1939年11月録音が複数確認できます。アーティー・ショウ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Artie Shaw and His Orchestra)は11月3日、11月9日、11月11日、11月28日にニューヨークで録音し、11月9日の「Shadows」「I Didn’t Know What Time It Was」などはブルーバード・レコード(Bluebird Records)番号に結び付いています。バニー・ベリガン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Bunny Berigan and His Orchestra)も11月28日に「Peg O’ My Heart」「Night Song」「Ain’t She Sweet?」「Ay, Ay, Ay」をニューヨークで録音し、ヴィクター・レコード(Victor Records)番号で整理されています。マグシー・スパニア・アンド・ヒズ・ラグタイム・バンド(Muggsy Spanier and His Ragtime Band)は11月10日と11月22日にニューヨークで録音し、ブルーバード・レコード(Bluebird Records)およびヴィクター・レコード(Victor Records)に結び付く重要な復古的ジャズ録音を残しました。

コロムビア・レコーディング・コーポレーション

コロムビア・レコーディング・コーポレーション(Columbia Recording Corporation, Inc.)系では、コロムビア・レコード(Columbia Records)、ヴォカリオン・レコード(Vocalion Records)、オーケー・レコード(Okeh Records)に関係する録音が確認できます。ベニー・グッドマン・セクステット(Benny Goodman Sextet)は11月22日にニューヨークで「Memories of You」「Soft Winds」「Seven Come Eleven」を録音し、同日にはベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and His Orchestra)名義の録音も行われました。カウント・ベイシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Count Basie and His Orchestra)は11月7日に「Between The Devil And The Deep Blue Sea」「Ham ’n’ Eggs」「Hollywood Jump」「Someday, Sweetheart」を録音しました。ミルドレッド・ベイリー(Mildred Bailey, 1907–1951)は11月3日と11月30日にニューヨークで録音し、ヴォカリオン・レコード(Vocalion Records)およびコロムビア・レコード(Columbia Records)番号に結び付く記録を残しました。

デッカ・レコード社

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)では、1939年11月に複数のスウィング系録音と販売資料が確認できます。ボブ・クロスビー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Bob Crosby and His Orchestra)は11月6日にニューヨークで「It’s A Whole New Thing」「Angry」「Complainin’」を録音しました。ジミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jimmy Dorsey and His Orchestra)は11月3日と11月27日にニューヨークで録音し、11月27日の「Cherokee」などはデッカ・レコード(Decca Records)番号に結び付いています。アメリカ議会図書館(Library of Congress)のジョン・ディー・リード文書(John D. Reid Papers)には「Decca all-star records, November 1939」と「Complete popular record catalog Decca, 1939」が含まれており、同月の販売資料の存在も確認できます。

ブルー・ノート・レコード

ブルー・ノート・レコード(Blue Note Records)は、1939年11月にも初期カタログを支えるブギウギ録音を行いました。ミード・ラックス・ルイス(Meade Lux Lewis, 1905–1964)は11月6日にニューヨークで「The Blues」Part 1–4を録音し、Blue Note 8およびBlue Note 9に結び付いています。同社は1939年創業直後から、アルバート・アモンズ(Albert Ammons, 1907–1949)、ミード・ラックス・ルイス(Meade Lux Lewis, 1905–1964)、シドニー・ベシェ(Sidney Bechet, 1897–1959)らを通じて、商業的大手会社とは異なるジャズ専門性を打ち出していました。

コモドア・レコード

コモドア・レコード(Commodore Records)では、1939年11月30日にエディ・コンドン・アンド・ヒズ・バンド(Eddie Condon and His Band)がニューヨークで録音しました。このセッションでは「I Ain’t Gonna Give Nobody None Of My Jelly-Roll」「Strut Miss Lizzie」「It’s Right Here For You」「Ballin’ The Jack」が記録され、Commodore 530およびCommodore 531に結び付いています。ビリー・ホリデイ(Billie Holiday, 1915–1959)の「Strange Fruit」で知られる同レーベルは、1939年の時点で専門店系の独立ジャズ録音を継続していました。

ユナイテッド・ステーツ・レコード社

ユナイテッド・ステーツ・レコード社(United States Record Corporation)系では、ヴァーシティ・レコード(Varsity Records)に結び付く1939年11月録音が確認できます。ハイチアン・オーケストラ(Haitian Orchestra)は11月22日にニューヨークで「Mayotte」「Magic Islands」「Rose Rhumba」「Sous les palmiers」を録音し、Varsity 8399およびVarsity 8405に結び付いています。ジェス・ステイシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jess Stacy and His Orchestra)は11月30日にニューヨークで「Breeze」「I Can’t Believe That You’re In Love With Me」「A Good Man Is Hard To Find」を録音し、ヴァーシティ・レコード(Varsity Records)やコモドア・レコード(Commodore Records)番号に結び付く記録が残っています。

リバティ・ミュージック・ショップス

リバティ・ミュージック・ショップス(Liberty Music Shops)は、専門店系の制作主体として1939年11月の同時代報道に登場します。『ヴァラエティ(Variety)』1939年11月1日号は、リー・ワイリー(Lee Wiley, 1908–1975)とオールスター編成のバンドが、ジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin, 1898–1937)の楽曲を収める8枚組アルバムをリバティ・ミュージック・ショップス(Liberty Music Shops)向けに録音する予定であると報じました。これは、大手会社以外の小規模・専門店系企画が、1939年時点で作家別アルバムやジャズ系伴奏を組み合わせた制作に踏み込んでいたことを示す動きです。