1939年9月に録音された音楽

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1939年9月に録音された音楽

1939年9月は、第二次世界大戦(World War II)が欧州で開戦した月です。9月1日、アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler, 1889–1945)のドイツ国(German Reich)が第二ポーランド共和国(Second Polish Republic)へ侵攻し、9月3日にはグレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)とフランス共和国(French Republic)がドイツ国(German Reich)へ宣戦しました。同じ9月3日、客船アセニア(SS Athenia)が撃沈され、大西洋の民間航路にも戦争の影響が及びました。9月5日、フランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt, 1882–1945)のアメリカ合衆国(United States of America)は中立を宣言しました。9月16日にはノモンハン事件(Nomonhan Incident)が停戦に至り、大日本帝国(Empire of Japan)とソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)の軍事衝突はいったん収束しましたが、9月17日にはソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)が東方から第二ポーランド共和国(Second Polish Republic)へ侵攻しました。科学技術では、9月14日にイーゴリ・シコルスキー(Igor Sikorsky, 1889–1972)のヴォート=シコルスキー VS-300(Vought-Sikorsky VS-300)が係留飛行を行いました。外交面では、9月23日からパナマでブエノスアイレス及びリマの米州間協定に基づく米州諸国外相協議会(Meeting of the Foreign Ministers of the American Republics for consultation under the Inter-American agreements of Buenos Aires and Lima)が開かれ、米州諸国は欧州戦争への中立と安全保障を協議しました。

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1939年9月の録音に関する情報のまとめ

1939年9月の録音関連では、欧州で戦争が始まる一方、アメリカ合衆国(United States of America)のレコード産業では、月次発売資料、低価格盤の販売、ジャズとダンス音楽の録音、新興レーベルの準備が並行して進みました。とくに、コロムビア・レコーディング・コーポレーション社(Columbia Recording Corporation, Inc.)、アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)、ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション社(United States Record Corporation)の動きは、1939年9月の資料で直接確認できます。

コロムビア・レコーディング・コーポレーション

コロムビア・レコーディング・コーポレーション社(Columbia Recording Corporation, Inc.)は、1939年にコロムビア・ブロードキャスティング・システム社(Columbia Broadcasting System, Inc.)系のレコード会社として再編され、1939年9月には「Columbia Records, September 1939」と題する月次販売資料が確認できます。同社は、旧アメリカン・レコード・コーポレーション社(American Record Corporation)系のブランズウィック・レコード(Brunswick Records)やヴォカリオン・レコード(Vocalion Records)に依存した販売構造から、コロムビア・レコード(Columbia Records)名義を前面に出す方向へ移っていました。1939年9月は、コロムビア・レコード(Columbia Records)を標準的な大衆向けレーベルとして再強化する転換期にあたります。

アールシーエー・マニュファクチャリング

アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)は、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)系のレコード製造・販売会社として、ヴィクター・レコード(Victor Records)とブルーバード・レコード(Bluebird Records)を展開していました。1939年9月には「RCA Victor’s Bluebird popular records, September 1939」と「Victor Record Review vol. 2 no. 5, September 1939」が確認でき、同社が低価格のブルーバード・レコード(Bluebird Records)と標準的なヴィクター・レコード(Victor Records)を並行して販売していたことが分かります。ブルーバード・レコード(Bluebird Records)は、スウィング、ブルース、ヒルビリー、ポピュラー音楽を含む低価格盤市場の重要レーベルとして機能していました。

デッカ・レコード

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、1939年9月に「Decca all-star records, September 1939」と題する月次販売資料を出していました。同社は同月中もニューヨークで録音活動を続け、ウディ・ハーマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Woody Herman and His Orchestra)が9月11日と9月26日に、ボブ・クロスビー・ボブ・キャッツ(Bob Crosby’s Bob Cats)が9月18日と9月25日に、ボブ・クロスビー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Bob Crosby and His Orchestra)が9月25日に録音を行っています。これらの録音は、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)がスウィング、ダンス・バンド、ヴォーカルを含む大衆向けレコード制作を同月も継続していたことを示します。

ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション

ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション社(United States Record Corporation)は、1939年5月に設立された新興レコード会社で、ヴァーシティ(Varsity)とロイヤル(Royale)を主要レーベルとして掲げました。1939年9月には、同社の録音責任者としてハリー・スミス(Harry Smith, 生没年不明)が関与していたこと、旧ブランズウィック=アメリカン・レコード・コーポレーション系スタジオが9月下旬に取得され、10月中旬の使用開始へ向けて整備されていたことが確認できます。また、初期カタログにあたる「A Complete Catalogue of Varsity 35¢ and Royale 75¢ Records」は1939年9月頃の資料とされ、同社が同月に販売体制を整えつつあったことを示します。ヴァーシティ(Varsity)は35セントの大衆向けレーベル、ロイヤル(Royale)は75セント以上のクラシック系レーベルとして構想されていました。