1940年7月に録音された音楽

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1940年7月に録音された音楽

1940年7月は、第二次世界大戦(Second World War)の軍事・外交・経済体制が大きく動いた月です。7月3日、イギリス海軍(Royal Navy)はメルス・エル・ケビール攻撃(Attack on Mers-el-Kébir)で、オラン近郊のフランス艦隊に攻撃を加えました。7月10日にはバトル・オブ・ブリテン(Battle of Britain)が始まり、王立空軍(Royal Air Force)とドイツ空軍(Luftwaffe)の航空戦が本格化しました。7月19日、フランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt, 1882–1945)は民主党全国大会(Democratic National Convention)で異例の3期目指名を受諾しました。7月21日–30日にはアメリカ諸共和国外務大臣第2回会合(Second Meeting of the Foreign Ministers of the American Republics)がハバナで開かれ、西半球防衛と欧州植民地の扱いが協議されました。日本では7月22日に第2次近衛文麿内閣が成立し、戦時体制再編が進みました。7月23日、アメリカ合衆国国務省(United States Department of State)はウェルズ宣言(Welles Declaration)でバルト三国のソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)への編入を承認しない方針を示しました。7月26日にはアメリカ合衆国(United States of America)が大統領告示第2417号(Proclamation No. 2417)により、石油製品、テトラエチル鉛、鉄鋼くずの輸出規制を強化しました。文化面では7月27日、ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ(Warner Bros. Pictures, Inc.)系の短編アニメーション映画『ア・ワイルド・ヘア』(A Wild Hare)が公開され、バッグス・バニー(Bugs Bunny)の定着した姿が登場しました。

この月の確認されている録音:0曲

1940年7月の録音に関する情報のまとめ

1940年7月の録音産業では、アメリカ合衆国の主要レコード会社が、戦時下の国際情勢を背景にしながら、映画歌曲、ダンスバンド、低価格系列レーベル、再発・転用盤を並行して展開していました。ビルボード誌(The Billboard)は1940年7月27日付で全米小売ベストセラーレコード表を開始し、ヴィクター(Victor)盤のトミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Tommy Dorsey and His Orchestra)による『I’ll Never Smile Again』を首位に置きました。この録音にはフランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)とザ・パイド・パイパーズ(The Pied Pipers)が参加していましたが、録音日は1940年5月であり、1940年7月の事項としては、レコード小売売上を全国規模で順位化する業界指標が始まった点が重要です。

アールシーエー・マニュファクチャリング社

アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)のブルーバード(Bluebird)系列では、1940年7月10日にニューヨークでラリー・クリントンズ・ブルーバード・オーケストラ(Larry Clinton’s Bluebird Orchestra)の録音が確認できます。同日の録音として、『I May Be Wrong, But I Think You’re Wonderful』『Love Lies』『Half-Way Down the Street』『Dig Me, Honey』が記録され、Bluebird B-10801、Bluebird B-10820、Bluebird B-10868に結び付いています。これは、同社が1940年7月時点でもブルーバード(Bluebird)を通じて、ダンスバンド系の新録音を継続していたことを示します。

デッカ・レコード社

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)では、1940年7月にロサンゼルスとニューヨークで複数の録音が確認できます。7月3日にはロサンゼルスでビング・クロスビー(Bing Crosby, 1903–1977)の『Only Forever』と『When the Moon Comes Over Madison Square』が録音され、Decca 3300に結び付けられました。7月10日には同じくビング・クロスビー(Bing Crosby, 1903–1977)による映画『リズム・オン・ザ・リバー』(Rhythm on the River)関連の『Rhythm on the River』『That’s for Me』が録音されています。また、7月17日にはジミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jimmy Dorsey and His Orchestra)の録音も確認でき、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)が映画歌曲とダンスバンドの双方を当月の制作対象としていたことが分かります。

コロムビア・レコーディング・コーポレーション

コロムビア・レコーディング・コーポレーション(Columbia Recording Corporation)は、1940年にコロムビア(Columbia)を主力レーベルとして再建する一方、低価格系列の整理も進めていました。同社は1940年にヴォカリオン(Vocalion)を縮小・終了させ、休眠していたオーケー(Okeh)を低価格系列として復活させました。1940年7月の録音としては、7月3日にロサンゼルスでベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and His Orchestra)が『I Can’t Resist You』『Dreaming Out Loud』『Li’l Boy Love』を録音しており、Columbia 35574、Columbia 35594などに結び付いています。これにより、同社が低価格レーベルの再編と並行して、主力コロムビア(Columbia)で著名ダンスバンドの新録音を継続していたことが確認できます。

ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション

ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション(United States Record Corporation)は、ヴァーシティ(Varsity)とロワイヤル(Royale)系列を通じて、1940年7月ごろの録音活動を続けていました。『The Varsity–Royale Discography』では、Varsity 8367としてジョン・ライアン(John Ryan, 生没年不明)名義の『Have You Heard What Happened to Susie?』と『The Hope Song』がニューヨークで1940年7月ごろに録音されたと記載されています。また、Varsity 8369に関連して、アンソニー・アントーン(Anthony Antone [Antonelli], 生没年不明)による『Technical Fantasy』もニューヨークで1940年7月ごろの録音として記録されています。いずれも日単位の録音日は資料上確認できず、1940年7月ごろの活動として扱う必要があります。