1940年6月に録音された音楽
1940年6月は、第二次世界大戦(Second World War)の戦局がヨーロッパで急変した月です。6月4日、ダイナモ作戦(Operation Dynamo)によるダンケルクからの撤退が終結し、6月10日にはイタリア王国(Kingdom of Italy)がドイツ国(German Reich)側で参戦しました。6月14日にはドイツ軍がパリに入り、6月18日にはシャルル・ド・ゴール(Charles de Gaulle, 1890–1970)が英国放送協会(British Broadcasting Corporation)を通じて抗戦継続を呼びかけました。6月22日には独仏休戦協定(Franco-German Armistice)が調印され、フランス第三共和政(French Third Republic)は軍事的・政治的に大きく後退しました。東欧では、ソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)がバルト三国への支配を強め、ルーマニア王国(Kingdom of Romania)はベッサラビアと北ブコヴィナを失いました。アメリカ合衆国(United States of America)では、フランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt, 1882–1945)が6月27日に国防研究委員会(National Defense Research Committee)の設置を承認し、6月28日には外国人登録法(Alien Registration Act, 1940)が成立しました。
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1940年6月の録音に関する情報のまとめ
1940年6月の録音関連資料では、アメリカ合衆国(United States of America)の主要レコード企業が、国際情勢の緊迫化のなかでも商業録音、低価格レーベルの運用、販売網の整備を継続していたことが確認できます。アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)のヴィクター部門(Victor Division)は、ヴィクター(Victor)とブルーバード(Bluebird)の両系統でジャズ、ブルース、スイング系録音を続けました。デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)はシカゴでニューオーリンズ系ジャズの録音を行い、同時に配給拠点の拡張も進めました。コロンビア・レコーディング・コーポレーション(Columbia Recording Corporation)は、ヴォカリオン(Vocalion)からオーケー・レコード(Okeh Records)への低価格系列再編を進め、新録音の投入によって同系列を再稼働させていました。
アールシーエー・ヴィクター
アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)のヴィクター部門(Victor Division)は、1940年6月にヴィクター(Victor)とブルーバード(Bluebird)の両系統で録音活動を続けていました。6月4日には、シドニー・ベシェ・アンド・ヒズ・ニューオーリンズ・フィートウォーマーズ(Sidney Bechet and His New Orleans Feetwarmers)がニューヨークで録音を行い、同月の同社系録音にニューオーリンズ・ジャズの系譜が含まれていたことを示しています。6月10日には、アースキン・ホーキンス・アンド・ヒズ・オーケストラ(Erskine Hawkins and His Orchestra)がニューヨークで「After Hours」を録音しました。同作はブルーバード(Bluebird)で発売され、1940年の同社系ブルース/ジャズ録音の代表例として位置づけられます。6月13日と6月27日には、トミー・ドーシー・アンド・ヒズ・センチメンタリスツ(Tommy Dorsey and His Sentimentalists)の録音も確認でき、同月のアールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)は、スイング、ジャズ、ブルースを並行して扱う商業録音体制を維持していました。
- https://www.fellers.se/Music/Interesting_music_files/SidneyBechet-Discography.pdf
- https://blues.org/blues_hof_inductee/after-hours-erskine-hawkins-and-his-orchestra-bluebird-1940/
- https://www.colorado.edu/amrc/sites/default/files/attached-files/tommy_dorsey_1940_0.pdf
デッカ
デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)では、1940年6月5日にシカゴでニューオーリンズ系ジャズの録音が確認できます。この日の録音には、ジミー・ヌーン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jimmie Noone and His Orchestra)とジョニー・ドッズ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Johnny Dodds and His Orchestra)が含まれ、1920年代から活動していたニューオーリンズ系演奏家の録音が、1940年にもデッカ(Decca)の商業盤として継続していたことが分かります。さらに、1940年6月8日付のビルボード(Billboard)は、デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)がオクラホマシティに同年5番目の配給支店を設けたと報じており、同社が録音制作と並行して中西部・南西部方面の販売網を強化していたことを示しています。
- https://jazznorthwest.co.uk/bldisco.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1940/Billboard-1940-06-08.pdf
コロンビア
コロンビア・レコーディング・コーポレーション(Columbia Recording Corporation)は、1940年にオーケー・レコード(Okeh Records)を低価格系列として再活用し、ヴォカリオン(Vocalion)からの切り替えを進めていました。オーケー・レコード(Okeh Records)は1935年以来休眠していましたが、1940年4月に35セント盤として復活し、1940年6月には旧録音の再発だけでなく、新録音の投入も確認できます。6月21日にはアル・ドナヒュー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Al Donahue and His Orchestra)がニューヨークでオーケー・レコード(Okeh Records)向けの録音を行い、6月27日にはキャブ・キャロウェイ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Cab Calloway and His Orchestra)のシカゴ録音も同系列で確認できます。この月のコロンビア・レコーディング・コーポレーション(Columbia Recording Corporation)は、低価格レーベルの再編を、現役ダンス・バンドやスイング・バンドの新録音と結びつけて進めていました。
- https://www.78discography.com/OK5600.htm
- https://www.78discography.com/OK6000.htm
- https://mainspringpress.org/2025/06/16/new-free-download-american-record-companies-and-producers-1888-1950-second-edition-allan-sutton-mainspring-press/
