1940年5月に録音された音楽

この記事は約7分で読めます。
スポンサーリンク

1940年5月に録音された音楽

1940年5月は、第二次世界大戦(Second World War)が西ヨーロッパへ急拡大した月です。5月10日、ドイツ国(German Reich)はオランダ王国(Kingdom of the Netherlands)、ベルギー王国(Kingdom of Belgium)、ルクセンブルク大公国(Grand Duchy of Luxembourg)、フランス共和国(French Republic)へ侵攻し、同日、ウィンストン・チャーチル(Winston Churchill, 1874–1965)がグレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)の首相に就任しました。5月26日にはダイナモ作戦(Operation Dynamo)が始まり、ダンケルク周辺から連合国軍の撤退が進みました。技術面では、5月13日にヴォート=シコルスキー・ブイエス・スリー・ハンドレッド(Vought-Sikorsky VS-300)が初の非係留飛行を行いました。社会・経済面では、5月15日にイー・アイ・デュポン・ドゥ・ヌムール社(E. I. du Pont de Nemours and Company)のナイロン・ストッキングがアメリカ合衆国(United States of America)で全国発売されました。文化面では、ジョン・スタインベック(John Steinbeck, 1902–1968)の『怒りの葡萄(The Grapes of Wrath)』がピューリッツァー賞(The Pulitzer Prizes)小説部門を受賞しました。

この月の確認されている録音:0曲

1940年5月の録音に関する情報のまとめ

1940年5月の録音関連資料では、アメリカ合衆国(United States of America)の大手レコード会社と独立系ジャズ・レーベルの活動が複数確認できます。ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ビクター部門(RCA Victor Division)では、デューク・エリントン・アンド・ヒズ・フェイマス・オーケストラ(Duke Ellington and His Famous Orchestra)の重要録音が残されました。デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)では、ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・オーケストラ(Louis Armstrong and His Orchestra)、エラ・フィッツジェラルド・アンド・ハー・フェイマス・オーケストラ(Ella Fitzgerald and Her Famous Orchestra)、ベニー・カーター・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Carter and His Orchestra)などの録音活動が確認できます。コロムビア・レコーディング・コーポレーション(Columbia Recording Corporation)はコロムビア(Columbia)とオーケー(Okeh)の整理・運用を進め、コモドア・レコード・カンパニー(Commodore Record Company)は小編成ジャズの録音を継続していました。

アールシーエー・ビクター

ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ビクター部門(RCA Victor Division)では、1940年5月にデューク・エリントン・アンド・ヒズ・フェイマス・オーケストラ(Duke Ellington and His Famous Orchestra)のビクター(Victor)用録音が行われました。この時期の同録音クレジットは、ジミー・ブラントン(Jimmy Blanton, 1918–1942)やベン・ウェブスター(Ben Webster, 1909–1973)を含む編成による1940年代初頭の代表的な録音群に位置づけられます。1940年5月4日の録音には「Cotton Tail」などの重要作が含まれ、5月28日にも同録音クレジットによる録音活動が確認できます。

デッカ

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)では、1940年5月にジャズ、ポピュラー、ダンス・バンド系の録音活動が複数確認できます。ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・オーケストラ(Louis Armstrong and His Orchestra)は、同月初めにデッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)で録音を行い、5月下旬にも同録音クレジットで、シドニー・ベシェ(Sidney Bechet, 1897–1959)らを含む編成による録音が行われました。エラ・フィッツジェラルド・アンド・ハー・フェイマス・オーケストラ(Ella Fitzgerald and Her Famous Orchestra)、カーサ・ロマ・オーケストラ(Casa Loma Orchestra)、ベニー・カーター・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Carter and His Orchestra)の当月録音も確認でき、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)が1940年5月に幅広い大衆音楽録音を継続していたことを示しています。

コロムビア/オーケー

コロムビア・レコーディング・コーポレーション(Columbia Recording Corporation)では、1940年5月にジーン・クルーパ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Gene Krupa and His Orchestra)のコロムビア(Columbia)用録音が確認できます。1940年の同社は、コロムビア(Columbia)を主要レーベルとして運用しながら、オーケー(Okeh)の再編・復活を進めていた時期にあたります。ブランズウィック(Brunswick)やヴォカリオン(Vocalion)からの整理を含むレーベル運用の変化は、1940年のアメリカ合衆国(United States of America)の大衆音楽レコード市場を考えるうえで重要です。

コモドア

コモドア・レコード・カンパニー(Commodore Record Company)は、1940年5月にニューヨーク(New York)で小編成ジャズの録音を行っていました。ジョー・ブシュキン(Joe Bushkin, 1916–2004)のピアノ録音や、コールマン・ホーキンス・アンド・ザ・チョコレート・ダンディーズ(Coleman Hawkins and The Chocolate Dandies)の録音が確認できます。大手レコード会社がビッグバンドや大衆向け歌唱録音を中心に展開する一方で、同社はジャズ専門性の高い小編成録音を残しており、1940年5月の録音文化の幅を示す存在です。

ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション/ヴァーシティ

ユナイテッド・ステーツ・レコード・コーポレーション(United States Record Corporation)のヴァーシティ(Varsity)は、1940年5月時点で販売・宣伝活動を継続していたことが確認できます。1940年5月号の『インターナショナル・ミュージシャン(International Musician)』にはヴァーシティ(Varsity)の広告が掲載され、ニューヨーク(New York)の1770 Broadwayを拠点とするレコード・レーベルとして新譜宣伝を行っていました。また、同社のヴァーシティ(Varsity)とロイヤル(Royale)については、1940年4月23日と5月7日に商標関連の動きが確認できます。この項目は録音日ではなく、1940年5月に確認できる録音関連企業の販売・広告・商標活動として扱います。