1941年8月に録音された音楽

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1941年8月に録音された音楽

1941年8月は、第二次世界大戦の外交・軍事・社会体制が大きく動いた月です。8月1日、アメリカ合衆国(United States of America)は日本を含む「侵略国」向け石油輸出禁止を発表し、太平洋地域の緊張が一段と高まりました。8月9日–12日にはフランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt, 1882–1945)とウィンストン・チャーチル(Winston Churchill, 1874–1965)がニューファンドランド沖で会談し、8月14日にアトランティック憲章(Atlantic Charter)が公表されました。ドイツ占領下フランスでは8月20日にドランシー収容所(Drancy internment and transit camp)が開設され、8月下旬にはカーメネツ=ポドリスキー虐殺(Massacre at Kamenets-Podolsk)が起きました。8月25日にはイギリス(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)とソビエト連邦(Union of Soviet Socialist Republics)がイラン帝国(Imperial State of Iran)へ侵攻し、石油資源と連合国補給路をめぐる戦時体制が中東へ拡大しました。文化面では、アメリカ合衆国議会図書館(Library of Congress)とフィスク大学(Fisk University)によるミシシッピ・デルタ現地録音調査が始まり、南部黒人音楽の記録保存に重要な資料を残しました。

この月の確認されている録音:0曲

1941年8月の録音に関する情報のまとめ

1941年8月の録音関連資料では、アメリカ合衆国(United States of America)の大手レコード会社によるビッグバンド、ポピュラー歌曲、ジャズ系録音が継続して確認できます。アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)系では、ブルーバード・レコード(Bluebird Records)を中心に、グレン・ミラー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Glenn Miller and His Orchestra)などの録音が確認できます。コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation, Inc.)のコロムビア・レコード(Columbia Records)では、ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and His Orchestra)やハリー・ジェイムズ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Harry James and His Orchestra)などの録音が確認できます。デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)では、ジミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jimmy Dorsey and His Orchestra)の販売面での強さに加え、ウディ・ハーマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Woody Herman and His Orchestra)などの録音活動も確認できます。非商業録音では、アメリカ合衆国議会図書館(Library of Congress)とフィスク大学(Fisk University)の共同調査が8月下旬に始まり、商業レコードとは別の系統で、ブルースと民俗音楽の歴史に重要な録音群を残しました。

アールシーエー・マニュファクチャリング社

アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)系のブルーバード・レコード(Bluebird Records)では、1941年8月にビッグバンド系の録音活動が継続していました。特に8月11日に録音されたグレン・ミラー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Glenn Miller and His Orchestra)の「Elmer’s Tune」は、同年の大衆音楽市場で広く流通した重要な録音です。同月にはチャーリー・バーネット・アンド・ヒズ・オーケストラ(Charlie Barnet and His Orchestra)などの録音も確認できますが、個別録音として特筆すべき中心は、グレン・ミラー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Glenn Miller and His Orchestra)の同セッションです。

コロムビア・レコーディング社

コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation, Inc.)のコロムビア・レコード(Columbia Records)では、1941年8月にベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and His Orchestra)を中心とする録音が確認できます。8月15日に録音された「Elmer’s Tune」は、同月の他社録音とも重なる流行曲として重要です。8月4日にはハリー・ジェイムズ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Harry James and His Orchestra)の録音も確認でき、同社はスウィング時代の主要バンドを継続的に録音していました。クロード・ソーンヒル・アンド・ヒズ・オーケストラ(Claude Thornhill and His Orchestra)などの録音も同月に確認できますが、H3本文では同社の8月活動を示す補助的な情報にとどめます。

デッカ・レコード・インコーポレイテッド

デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)は、1941年8月の小売市場で大きな存在感を示しました。ジミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jimmy Dorsey and His Orchestra)の「Green Eyes」「Maria Elena」「Blue Champagne」は、いずれも同月の業界紙チャート上で強く動いており、同社の流通力を示す代表例です。録音活動としては、8月21日のウディ・ハーマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Woody Herman and His Orchestra)、8月26日のジミー・ランスフォード・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jimmie Lunceford and His Orchestra)などが確認できますが、H3本文では同社の8月市場動向を示す範囲に絞ります。

アメリカ合衆国議会図書館・フィスク大学

アメリカ合衆国議会図書館(Library of Congress)とフィスク大学(Fisk University)は、1941年8月下旬からミシシッピ・デルタ地域の現地録音調査を開始しました。アラン・ローマックス(Alan Lomax, 1915–2002)らは8月25日にナッシュヴィルへ到着し、8月26日–9月3日にかけてアメリカ合衆国議会図書館(Library of Congress)のプレスト・モデルYディスク録音機(Presto Model Y disc recorder)で25枚の16インチ・ディスクを録音しました。この調査は、マディ・ウォーターズ(Muddy Waters, 1913–1983)の初期録音を含むミシシッピ・デルタのブルース、宗教歌、労働歌、口述資料を記録したもので、商業レコード会社の8月録音とは性格を異にしながら、1941年8月の録音史における重要な出来事です。