1941年10月に録音された音楽

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1941年10月に録音された音楽

1941年10月は、第二次世界大戦(World War II)の戦線、外交、国内政治、社会統制、文化が同時に動いた月です。1日、第1回モスクワ会議(First Moscow Conference)の第一議定書により、アメリカ合衆国(United States of America)とイギリス(United Kingdom)はソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)への軍需供給を取り決めました。2日以降、モスクワの戦い(Battle of Moscow)は、ドイツ国(German Reich)のタイフーン作戦(Operation Typhoon)によって重大局面に入りました。7日にはジョン・カーティン(John Curtin, 1885–1945)がオーストラリア連邦(Commonwealth of Australia)首相に就任し、18日には日本で東條英機(1884–1948)内閣が成立しました。23日にはドイツ国(German Reich)がユダヤ人の出国を最終的に禁じ、同月下旬にはオデーサ虐殺(Odesa massacre)で多数のユダヤ人が殺害されました。23日にはウォルト・ディズニー・プロダクションズ(Walt Disney Productions)の映画『ダンボ』(Dumbo)が公開され、31日にはアメリカ海軍駆逐艦リューベン・ジェームズ(USS Reuben James (DD-245))が撃沈されました。

この月の確認されている録音:0曲

1941年10月の録音に関する情報のまとめ

1941年10月の録音関連資料では、アメリカ合衆国(United States of America)の大手レコード会社による商業録音と、ラジオ・フォノグラフ、家庭録音機、録音用ディスク、針、録音補助用品をめぐる販売活動が並行して確認できます。レコード会社では、アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)系のブルーバード・レコード(Bluebird Records)、コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation, Inc.)、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)によるジャズ、ダンス・バンド、ポピュラー音楽録音が継続していました。一方、同月の業界誌には、戦時下の国防生産や物資制約に触れながらも、家庭内でのレコード再生・自家録音を拡張する商品が多数掲載されており、録音文化が商業レコード制作と家庭用機器市場の双方で展開していたことがわかります。

アールシーエー・マニュファクチャリング

ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)系のアールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)は、1941年10月の『Radio and Television Retailing』で、アールシーエー・ヴィクトローラ(RCA Victrola)Model V-225を掲載しました。同広告では、マジック・ブレイン(Magic Brain)とタンデム・トーンアーム(Tandem Tone Arm)によって、レコードを裏返さずに両面を連続再生できる機構が強調され、15枚の10インチ盤または12枚の12インチ盤を用いた約2時間の連続再生が販売上の訴求点とされました。録音面では、ブルーバード・レコード(Bluebird Records)系で、ファッツ・ウォーラー・アンド・ヒズ・リズム(Fats Waller and His Rhythm)の1941年10月1日ニューヨーク録音が確認できます。

コロムビア・レコーディング

コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation, Inc.)関連では、1941年10月にベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and His Orchestra)およびベニー・グッドマン・セクステット(Benny Goodman Sextet)の録音活動が確認できます。10月2日には『I Got It Bad And That Ain’t Good』と『My Old Flame』、10月8日には『How Deep Is The Ocean?』と『Shady Lady Bird』、10月23日には『Clarinet A La King』、10月28日には『If I Had You』と『Limehouse Blues』が録音されました。これらはコロムビア(Columbia)およびオーケー・レコード(Okeh Records)系の発売につながる録音であり、同社が1941年10月もスウィング系録音を継続していたことを示します。

デッカ・レコード

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)では、1941年10月6日にエラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald, 1917–1996)の『Jim』と『This Love Of Mine』がニューヨークで録音されました。10月28日には『Somebody Nobody Loves』と『You Don’t Know What Love Is』も同じくニューヨークで録音されています。さらに10月29日にはジョー・マーサラ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Joe Marsala and His Orchestra)の『Thou Swell』と『Moanin’ Low』の録音が確認できますが、この2曲は未発売録音として扱われています。デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、1941年10月時点でもジャズ、ヴォーカル、ポピュラー音楽の録音を継続していました。

ジェネラル・レコード

ジェネラル・レコード社(General Records Co.)は、1941年10月の『Radio and Television Retailing』に広告を掲載し、ニューヨーク市ブロードウェイ1600番地を所在地として、専門アルバム商品を販売していました。広告では『Deep Sea Chanteys』『Sod-Buster Ballads』『Naughty But Nice』『Mood Music for the Home』などの英語題アルバムが示され、同社が小売店・ジョバー向けに特殊企画アルバムの販売活動を行っていたことが確認できます。この資料から、1941年10月に同社が新規録音を実施したことまでは確認できません。

ウィルコックス=ゲイ

ウィルコックス=ゲイ社(Wilcox-Gay Corporation)は、1941年10月の『Radio and Television Retailing』で、Recordioブランドの録音・ラジオ・フォノグラフ一体機を宣伝していました。同広告では、同社が家庭録音機器と録音ディスクの主要メーカーであることを打ち出し、Recordioを「Recorder-Radio-Phonograph Combination」として販売しています。1941年10月の同社活動は、商業レコード制作ではなく、家庭内で録音・再生を行う機器と録音用ディスクの販売活動として位置づけられます。

ソノラ・ラジオ・アンド・テレビジョン

ソノラ・ラジオ・アンド・テレビジョン社(Sonora Radio & Telev. Corp.)は、1941年10月の『Radio and Television Retailing』で、フォノ・ラジオ・レコーダー(Phono-Radio-Recorder)を掲載しました。同製品は9球式で、自動レコードチェンジャーを備え、10インチ盤12枚または12インチ盤10枚を再生できる機器として紹介されています。キャビネットにはレコード・アルバム、録音用ディスク、マイクロフォンの収納スペースがあり、同社がレコード再生だけでなく家庭録音を含む家庭用音響機器市場で商品展開していたことが確認できます。

フィルコ・ラジオ・アンド・テレビジョン

フィルコ・ラジオ・アンド・テレビジョン社(Philco Radio & Telev. Corp.)は、1941年10月の『Radio and Television Retailing』で、Philco 1012 Radio Phonographを掲載しました。同広告では、Beam of Light、Philco Automatic Record Changer、Stroboscope Pitch and Tempo Control、1942年型Tilt-Front Cabinet、Philco FM Systemが訴求され、ラジオ販売店にとってフォノグラフが新しい収益源になると説明されています。さらに同号の商品紹介欄では、同社の自動レコードチェンジャーが10インチ盤12枚または12インチ盤10枚を再生できる機構として紹介されました。

ゼネラル・エレクトリック

ゼネラル・エレクトリック社(General Electric Co.)は、1941年10月の『Radio and Television Retailing』で、FM受信と自動レコードチェンジャーを組み合わせた家庭用ラジオ・フォノグラフを掲載しました。広告では、Model LC-758、Model LC-619、Model LFC-1128、Model LFC-1118などが示され、自動レコードチェンジャー、軽量トーンアーム、Armstrong SystemによるFM受信機能が強調されています。録音会社ではありませんが、同社は1941年10月の家庭用再生機器市場で、レコード再生とFMラジオを組み合わせる方向を明確に打ち出していました。

エマーソン・ラジオ・アンド・フォノグラフ・マニュファクチャリング

エマーソン・ラジオ・アンド・フォノグラフ・マニュファクチャリング社(Emerson Radio & Phono. Mfg. Co.)は、1941年10月の『Radio and Television Retailing』の商品紹介欄で、Model 452のポータブル型フォノ・ラジオを掲載されました。同機は標準放送を受信する5球式スーパーへテロダイン方式の機器で、軽量トーンアームを備え、蓋を閉じた状態で12インチ盤を再生できる構成として紹介されています。商業録音ではなく、ポータブル再生機器の当月販売活動として確認できます。

ファンズワース・テレビジョン・アンド・ラジオ

ファンズワース・テレビジョン・アンド・ラジオ社(Farnsworth Television & Radio Corp.)は、1941年10月の『Radio and Television Retailing』の商品紹介欄で、自動レコードチェンジャーを備えるラジオ・フォノグラフ機器を掲載されました。同機は標準放送と短波を受信する7球式スーパーへテロダイン方式で、プッシュボタン、アルバム収納スペース、自動レコードチェンジャーを備えると説明されています。1941年10月時点で、同社も家庭用ラジオとレコード再生機能を組み合わせた商品を市場に出していたことが確認できます。

エレクトロヴォックス

エレクトロヴォックス社(Electrovox Company, Inc.)は、1941年10月の『Radio and Television Retailing』で、Walcoブランドのサファイア再生針とカッティング・スタイラスを宣伝していました。広告では、Walco Sapphire Playback Needles、Cutting Styli、Jewel Point Pickupsが示され、レコード再生と家庭録音・自家カッティングの双方に関係する用品として販売されていたことがわかります。録音済みレコードを制作する会社ではありませんが、1941年10月の録音・再生用品市場を示す企業活動として確認できます。

レコーディット

レコーディット社(Recordit Company)は、1941年10月の『Radio and Television Retailing』の商品紹介欄で、Recordit Brush-Offという録音補助用品を掲載されました。同製品は録音針の周辺から削りくずを遠ざけ、録音中の針飛びを防ぐための回転式レコード・ブラシとして紹介されています。これはレコード再生用品ではなく、録音中のカッティング作業に直接関係する製品であり、同月の家庭録音・自家録音市場の周辺技術を示します。

デュオトーン

デュオトーン社(Duotone Co., Inc.)は、1941年10月の『Radio and Television Retailing』で、レコード愛好家と録音者向けの用品ラインを広告しました。同広告は「record lover and every recordist」を対象にした商品群を掲げており、カード包装や箱入り商品の販売を訴求しています。個別製品の詳細は同広告だけでは限定できませんが、同社が1941年10月にレコード再生・録音周辺用品の販売活動を行っていたことは確認できます。

レコーディスク

レコーディスク社(RecorDisc Corp.)は、1941年10月の『Radio and Television Retailing』の商品紹介欄で、家庭録音用ブランク・ディスクを展示するための店頭用ディスプレイ什器を掲載されました。同什器は3種類の家庭録音用ブランクと消費者向け資料を保持できるものとして紹介されています。録音済みレコードの制作ではなく、家庭録音用ブランク・ディスクの小売販売を支える販売促進活動として確認できます。