1942年7月に録音された音楽

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1942年7月に録音された音楽

1942年7月は、第二次世界大戦(Second World War)の軍事・社会・技術面で転換点が重なった月でした。北アフリカでは7月1日–27日の第一次エル・アラメインの戦い(First Battle of El Alamein)で枢軸国軍のエジプト進攻が止まり、太平洋では7月21日以降、ココダ道の戦い(Kokoda Trail Campaign)が始まりました。ドイツでは7月18日にメッサーシュミット・ミー262(Messerschmitt Me 262)がジェット動力で飛行し、航空技術の新段階を示しました。アムステルダムではアンネ・フランク(Anne Frank, 1929–1945)の一家が7月6日に隠れ家生活へ入り、フランスでは7月16日–17日にヴェロドローム・ディヴェール一斉検挙(Vélodrome d’Hiver Roundup)が行われました。7月22日にはワルシャワ・ゲットー(Warsaw Ghetto)からトレブリンカ殺害センター(Treblinka Killing Center)への大量移送が始まりました。ソビエト連邦(Union of Soviet Socialist Republics)ではヨシフ・スターリン(Joseph Stalin, 1878–1953)が7月28日に命令第227号(Order No. 227)を発し、アメリカ合衆国(United States of America)では7月30日にアメリカ合衆国海軍予備役婦人部(United States Naval Reserve (Women’s Reserve))が設けられました。

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1942年7月の録音に関する情報のまとめ

1942年7月のアメリカ合衆国(United States of America)の録音業界では、アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)が1942年8月1日から商業録音を停止させる方針を示していたため、主要レコード会社の7月下旬セッションは、禁止前の録音在庫を確保する意味を持ちました。会長ジェームズ・シーザー・ペトリロ(James Caesar Petrillo, 1892–1984)の方針は、レコード会社、放送、ジュークボックス、音楽家の労働条件をめぐる対立を背景としており、1942年7月の録音活動を理解するうえで中心的な出来事でした。当月資料上では、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター・レコード部門(RCA Victor Record Division)、コロンビア・レコーディング・コーポレーション(Columbia Recording Corporation)の活動が確認できます。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、1942年に創業したばかりの新興会社として、1942年7月に初期発売活動を進めました。同社の初期録音はロサンゼルスのシー・ピー・マックグレガー・スタジオ(C. P. MacGregor Studios)で行われ、ジョニー・マーサー(Johnny Mercer, 1909–1976)、ポール・ウェストン(Paul Weston, 1912–1996)、マーガレット・ホワイティング(Margaret Whiting, 1924–2011)らが関わる初期カタログ形成が始まりました。アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)の録音禁止を前に、1942年7月31日には禁止前最終期のマスターとしてCAP-76が確認できます。創業直後のキャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)にとって、1942年7月は録音・発売・在庫形成が同時に進んだ時期でした。

デッカ・レコード

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)では、1942年7月6日にニューヨークでジョー・マーサラ・アンド・ヒズ・チョーズン・セヴン(Joe Marsala and His Chosen Seven)の録音が確認できます。このセッションには「Chimes Blues」「Sweet Mama」「Walkin’ The Dog」「Lazy Daddy」が含まれ、Decca 27074およびDecca 27075に結び付く録音として整理されています。録音禁止発効前のデッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)のジャズ系録音活動として位置付けられますが、各盤の小売発売開始日が1942年7月中であったかは確認できません。

アールシーエー・ヴィクター

ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター・レコード部門(RCA Victor Record Division)では、1942年7月にヴィクター(Victor)およびブルーバード(Bluebird)系列の録音活動が続いていました。1942年7月1日–2日には、トミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Tommy Dorsey and His Orchestra)がニューヨークで録音を行い、同録音群にはフランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)が関わる曲も含まれます。7月13日にはファッツ・ウォーラー・アンド・ヒズ・リズム(Fats Waller and His Rhythm)が「By The Light Of The Silvery Moon」「Swing Out To Victory」などを録音し、7月15日にはグレン・ミラー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Glenn Miller and His Orchestra)のブルーバード(Bluebird)系録音も確認できます。これらは、1942年8月1日の録音禁止直前に集中した大手会社の録音活動として重要です。

コロンビア・レコーディング・コーポレーション

コロンビア・レコーディング・コーポレーション(Columbia Recording Corporation)では、1942年7月にハリウッドを中心とする複数の録音活動が確認できます。ハリー・ジェームズ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Harry James and His Orchestra)は7月15日、7月22日、7月31日に録音を行い、7月31日のセッションにはヘレン・フォレスト(Helen Forrest, 1917–1999)歌唱の「I’ve Heard That Song Before」が含まれます。さらに、カウント・ベイシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Count Basie and His Orchestra)は7月24日および7月27日に録音を行い、キャブ・キャロウェイ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Cab Calloway and His Orchestra)も7月27日に録音を行っています。同月のコロンビア・レコーディング・コーポレーション(Columbia Recording Corporation)は、ポピュラー音楽、スウィング、ジャズ系の主要録音を、録音禁止直前まで継続していたことが確認できます。