1942年6月に録音された音楽
1942年6月は、第二次世界大戦(World War II)の戦局と戦時体制が大きく動いた月です。6月3日–4日にはダッチハーバー爆撃(Dutch Harbor Bombing)が行われ、アリューシャン列島作戦(Aleutian Islands Campaign)が北太平洋に拡大しました。6月4日–7日のミッドウェー海戦(Battle of Midway)では、アメリカ合衆国海軍(United States Navy)が大日本帝国海軍(Imperial Japanese Navy)の主力空母4隻を沈め、太平洋戦線の主導権を大きく変えました。6月10日には、ラインハルト・ハイドリヒ(Reinhard Heydrich, 1904–1942)暗殺への報復としてリディツェ虐殺(Lidice massacre)が起こりました。6月11日、アメリカ合衆国(United States of America)とソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)は相互援助協定を締結しました。6月12日にはアンネ・フランク(Anne Frank, 1929–1945)が日記帳を受け取りました。6月18日にはアメリカ合衆国陸軍工兵隊マンハッタン管区(United States Army Corps of Engineers Manhattan District)の設置が記録され、戦時科学技術開発の体制が整えられました。6月21日にはトブルク(Tobruk)が枢軸軍に降伏し、6月28日にはドイツ軍が東部戦線南部で夏季攻勢を開始しました。
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1942年6月の録音に関する情報のまとめ
1942年6月のアメリカ合衆国(United States of America)の録音産業では、翌月末から始まるアメリカ合衆国・カナダ音楽家連盟(American Federation of Musicians of the United States and Canada)の録音禁止を前に、主要レコード会社が録音在庫の確保と既発盤販売を並行して進めていました。デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)、コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)、アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)のビクター(Victor)およびブルーバード(Bluebird)系列では、当月の録音活動が確認できます。また、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は正式改称直後の新興会社として初期録音を進め、クラシック・レコード社(Classic Record Company)はヒット・レーベル(Hit label)を導入しました。
キャピトル・レコード
キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、1942年4月8日にリバティ・レコード(Liberty Records)として法人化され、1942年6月4日にキャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)へ正式改称されました。ジョニー・マーサー(Johnny Mercer, 1909–1976)、バディ・デシルヴァ(Buddy DeSylva, 1895–1950)、グレン・ウォリックス(Glenn E. Wallichs, 1910–1971)によって始められた同社は、ロサンゼルスのシー・ピー・マクレガー・スタジオ(C. P. MacGregor Studios)で初期録音を進めました。6月12日のポール・ホワイトマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Paul Whiteman and His Orchestra)による《Trav’lin’ Light》は、レディ・デイ(Lady Day)名義でビリー・ホリデイ(Billie Holiday, 1915–1959)が参加した録音として重要です。6月のキャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、発売開始直前の会社体制整備と初期録音制作を同時に進めていた段階です。
- https://mainspringpress.org/2025/06/16/new-free-download-american-record-companies-and-producers-1888-1950-second-edition-allan-sutton-mainspring-press/
- https://mainspringpress.org/wp-content/uploads/2026/01/RUST_JRR-6.pdf
- https://exhibits.library.gsu.edu/johnny-mercer/capitol-records/
デッカ・レコード
デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)では、1942年6月にニューヨークとロサンゼルスで録音活動が確認できます。特に、ジミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jimmy Dorsey and His Orchestra)による《I’ve Got a Gal in Kalamazoo》は、同年の映画音楽・ダンス音楽の流行と結びつく重要録音です。『ビルボード(Billboard)』1942年6月13日号でも、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)はジミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラを販売面で大きく扱っており、当月の同社が録音制作と市場訴求を並行していたことが確認できます。
- https://mainspringpress.org/wp-content/uploads/2026/01/RUST_JRR-6.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1942/Billboard%201942-06-13.pdf
コロムビア
コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)は、1942年6月にも主要ダンス・バンドの録音と販売を継続しました。ハリー・ジェームズ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Harry James and His Orchestra)とベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and His Orchestra)の当月録音が確認でき、同社が戦時下でも大衆音楽市場の中心的な楽団を継続して扱っていたことが分かります。『ビルボード(Billboard)』1942年6月の号にも、コロムビア(Columbia)盤の販売情報が掲載されています。
- https://mainspringpress.org/wp-content/uploads/2026/01/RUST_JRR-6.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1942/Billboard%201942-06-20.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1942/Billboard%201942-06-27.pdf
アールシーエー・ビクター
アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)は、1942年6月にビクター(Victor)とブルーバード(Bluebird)の両系列で録音活動を続けました。ビクター(Victor)系列では、トミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Tommy Dorsey and His Orchestra)がフランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)の歌唱を含む録音を行い、ポピュラー音楽市場での同社の主力を支えました。ブルーバード(Bluebird)系列では、6月26日にデューク・エリントン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Duke Ellington and His Orchestra)が《Main Stem》《Johnny Come Lately》を録音しており、ジャズ史上も重要なセッションとして位置づけられます。
- https://mainspringpress.org/wp-content/uploads/2026/01/RUST_JRR-6.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1942/Billboard%201942-06-20.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1942/Billboard%201942-06-27.pdf
クラシック・レコード
クラシック・レコード社(Classic Record Company)では、1942年6月にイーライ・オーバースタイン(Eli Oberstein, 1902–1960)がアルバート・イー・ミドルマン(Albert E. Middleman, 生没年不明)と組み、ヒット・レーベル(Hit label)を導入しました。初期盤はエリート・レコード・マニュファクチャリング(Elite Record Manufacturing)名義でも扱われ、ヒット・レーベル(Hit label)は既存大手とは異なる独立系低価格盤の動きとして現れました。クラシック・レコード社(Classic Record Company)は翌月に法人化されるため、1942年6月は同社のレーベル展開が具体化した時期にあたります。
- https://mainspringpress.org/2025/06/16/new-free-download-american-record-companies-and-producers-1888-1950-second-edition-allan-sutton-mainspring-press/
- https://mainspringpress.org/mainspring-press-free-online-discographies/
