1942年9月に録音された音楽
1942年9月は、第二次世界大戦(World War II)の各戦線と占領下社会の変化が重なった月です。北アフリカ戦線では8月30日–9月5日のアラム・ハルファの戦い(Battle of Alam el Halfa)で枢軸国側の進撃が止められ、太平洋戦線では9月7日にミルン湾の戦い(Battle of Milne Bay)が連合国側の勝利で終わりました。ガダルカナル島の戦い(Battle of Guadalcanal)では9月12日–14日にエドソンズ・リッジの戦い(Battle of Edson’s Ridge)が行われ、東部戦線ではスターリングラード攻防戦(Battle of Stalingrad)が市街戦へ深まりました。占領下ヨーロッパでは、ワルシャワ・ゲットー大移送(Grossaktion Warsaw)が9月21日に終結し、多数のユダヤ人がトレブリンカ絶滅収容所(Treblinka Killing Center)へ移送されました。フランス国(État français)では、労働力の利用および配置に関する1942年9月4日の法律(Loi du 4 septembre 1942 relative à l’utilisation et à l’orientation de la main-d’œuvre)が制定され、労働動員の制度化が進みました。科学技術面では9月17日にレスリー・リチャード・グローヴズ・ジュニア(Leslie Richard Groves Jr., 1896–1970)がマンハッタン技術管区(Manhattan Engineer District)の責任者となり、マンハッタン計画(Manhattan Project)が軍主導で加速しました。文化産業では、アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)の録音拒否が続き、アメリカ合衆国のレコード業界は既存原盤の発売・宣伝・流通を中心に動きました。
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1942年9月の録音に関する情報のまとめ
1942年9月のアメリカ合衆国の商業録音環境では、ジェームズ・シーザー・ペトリロ(James Caesar Petrillo, 1892–1984)率いるアメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)の録音拒否が継続していました。このため、当月の業界資料で目立つのは新規録音セッションそのものではなく、すでに録音済みの原盤、映画関連曲、戦時色の強い流行曲、ジュークボックス向け需要を意識した広告と販売促進です。1942年9月26日付のザ・ビルボード(The Billboard)では、主要レコード会社の広告、人気レコード欄、ジュークボックス関連の記事が並び、録音禁止下でもレコード商品が市場で活発に扱われていたことが確認できます。
デッカ・レコード
デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)は、1942年9月26日付のザ・ビルボード(The Billboard)に広告を掲載し、既発盤を中心とする販売促進を続けていました。同社では、1942年春以降に従来の低価格色を薄めた新しいデッカ・レコード(Decca Records)ラベルが導入されており、1942年9月時点の広告活動は、録音禁止下で既存原盤を市場に供給し続ける動きとして位置づけられます。ビング・クロスビー(Bing Crosby, 1903–1977)による「White Christmas」は1942年5月録音・同年夏発売のデッカ盤であり、9月の市場動向を考えるうえで重要な既発ヒットとして扱えますが、1942年9月の新規録音ではありません。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1942/Billboard-1942-09-26-II.pdf
- https://books.google.com/books?id=MQwEAAAAMBAJ&printsec=frontcover
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1942/Billboard%201942-09-26.pdf
コロンビア・レコーディング・コーポレーション
コロンビア・レコーディング・コーポレーション(Columbia Recording Corporation)は、1942年9月26日付のザ・ビルボード(The Billboard)のレコード関連欄で、同月の市場における主要レーベルの一つとして確認できます。同社系では、コロンビア(Columbia)およびオーケー・レコード(Okeh Records)の既発録音が流通しており、録音禁止下では新規録音よりも、既存カタログと直前期に録音された人気盤の販売が中心になりました。ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and His Orchestra)のオーケー・レコード(Okeh Records)盤「Jersey Bounce」や、コロンビア(Columbia)盤の映画・流行歌系録音は1942年の市場で重要でしたが、1942年9月の新規録音としては扱いません。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1942/Billboard-1942-09-26-II.pdf
- https://books.google.com/books?id=MQwEAAAAMBAJ&printsec=frontcover
アールシーエー・マニュファクチャリング社
アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)は、ヴィクター(Victor)およびブルーバード・レコード(Bluebird Records)を通じて、1942年9月のレコード市場で大きな存在を保っていました。1942年9月26日付のザ・ビルボード(The Billboard)では、ヴィクター(Victor)とブルーバード・レコード(Bluebird Records)の広告・人気盤関連情報が確認できます。グレン・ミラー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Glenn Miller and His Orchestra)関連のヴィクター盤や、スパイク・ジョーンズ・アンド・ヒズ・シティ・スリッカーズ(Spike Jones and His City Slickers)によるブルーバード・レコード(Bluebird Records)盤「Der Fuehrer’s Face」は、戦時下のレコード市場を象徴する商品でしたが、いずれも1942年9月に録音されたものとは限らず、当月の主な確認事項は発売・広告・流通です。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1942/Billboard-1942-09-26-II.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1942/Billboard%201942-09-26.pdf
- https://books.google.com/books?id=MQwEAAAAMBAJ&printsec=frontcover
キャピトル・レコード
キャピトル・レコード・インコーポレイテッド(Capitol Records, Inc.)は、ジョニー・マーサー(Johnny Mercer, 1909–1976)、バディ・デシルヴァ(Buddy DeSylva, 1895–1950)、グレン・ウォーリックス(Glenn Wallichs, 1910–1971)によって1942年に本格始動した西海岸発の新興レコード会社です。1942年7月1日に最初のレコードを発売しており、1942年9月には録音禁止の影響を受けながらも、発売済み原盤によって市場参入を進めていました。レディ・デイ・ウィズ・ポール・ホワイトマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Lady Day with Paul Whiteman and His Orchestra)名義の「Trav’lin’ Light」などは、同社初期の存在感を示す録音として重要ですが、1942年9月の新規録音ではなく、同年夏以前に録音された原盤の発売・流通として扱うのが適切です。
- https://exhibits.library.gsu.edu/johnny-mercer/capitol-records/
- https://www.universalmusic.com/label/capitol-music-group/
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1942/Billboard-1942-09-26-II.pdf
