1943年10月に録音された音楽

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1943年10月に録音された音楽

1943年10月は、第二次世界大戦(World War II)の戦局と戦後秩序の構想が同時に動いた月でした。イタリア王国(Kingdom of Italy)のピエトロ・バドリオ(Pietro Badoglio, 1871–1956)政権は10月13日にドイツ国(German Reich)へ宣戦し、連合国(Allied Powers)側の共同交戦国となりました。10月18日–11月1日のモスクワ三国外相会議(Tripartite Conference in Moscow)では、アメリカ合衆国(United States of America)、イギリス(United Kingdom)、ソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)を中心に、戦後安全保障と戦争犯罪責任をめぐる宣言がまとめられました。10月14日にはソビボル殺害センター(Sobibor killing center)でユダヤ人囚人の蜂起が起こり、同日、日本占領下のマニラで第二フィリピン共和国(Second Philippine Republic)が発足しました。10月21日にはスバス・チャンドラ・ボース(Subhas Chandra Bose, 1897–1945)がシンガポールで自由インド仮政府(Provisional Government of Free India)を宣言しました。10月にはビルマ=タイ鉄道(Burma–Thailand Railway)が完成し、捕虜とアジア人労務者の強制労働被害が深刻化しました。経済面では、アメリカ合衆国第三次戦時公債募集(Third War Loan Drive)が10月2日に終了し、総額189億ドルを集めました。外交面では、ポルトガル共和国(Portuguese Republic)が中立を保ちながら、10月8日からアゾレス諸島(Azores)の施設使用をイギリス(United Kingdom)に認めました。科学分野では、ラトガーズ大学(Rutgers University)のアルバート・シャッツ(Albert Schatz, 1920–2005)が10月19日にストレプトマイシン(streptomycin)を確認したとされ、結核治療史に大きな転機をもたらしました。

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1943年10月の録音に関する情報のまとめ

1943年10月のアメリカ合衆国(United States of America)の録音業界では、1942年8月から続いていたアメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)の商業録音禁止をめぐり、会社ごとの差がはっきり表面化しました。デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)と子会社のワールド・ブロードキャスティング・システム社(World Broadcasting System, Inc.)は9月下旬の契約を受けて録音再開側に回り、キャピトル・レコード(Capitol Records, Inc.)も10月上旬に同様の条件を受け入れました。10月下旬には、独立トランスクリプション会社4社も契約に署名し、放送局向け録音資料の供給再開へ進みました。一方、コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター部門(RCA-Victor Division of RCA)、ナショナル・ブロードキャスティング社(National Broadcasting Company)のラジオ録音部門(NBC Radio-Recording Division)は、当月時点では交渉・介入申立ての側に残っていました。さらに、ヴィー・ディスク(V-Disc)計画では、商業販売を目的としない軍用録音が別枠で進み、戦時下の録音メディアは民間市場と軍需で異なる制度のもとに動きました。

デッカ・レコード

デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)は、1943年9月にアメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)と契約し、自社と子会社ワールド・ブロードキャスティング・システム社(World Broadcasting System, Inc.)について録音再開の条件を受け入れました。ブロードキャスティング(Broadcasting)1943年10月25日号は、ナショナル戦時労働委員会(National War Labor Board)のパネルが9月29日にこの契約を通知されたと報じています。この契約は、録音使用に応じた支払いをアメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)の雇用基金へ行う方式を軸にしており、10月の他社交渉の基準になりました。ビング・クロスビー・ウィズ・ジョン・スコット・トロッター・アンド・ヒズ・オーケストラ(Bing Crosby with John Scott Trotter and His Orchestra)による「Poinciana (Song of the Tree)」の1943年10月1日録音は、デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)の録音再開期を示す代表例として扱えます。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード(Capitol Records, Inc.)は、1942年7月に最初のレコード発売を始めた直後、アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)の録音禁止に直面しました。1943年10月上旬、同社はデッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)と同系統の条件を受け入れ、録音活動を再開しました。アラン・サットン(Allan Sutton)は同社の合意日を1943年10月9日とし、他資料では10月11日とする整理もありますが、当月上旬に録音再開へ進んだ点は一致しています。ジョニー・マーサー・アンド・ザ・パイド・パイパーズ・ウィズ・ポール・ウェストン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Johnny Mercer and The Pied Pipers with Paul Weston and His Orchestra)やジョー・スタッフォード(Jo Stafford, 1917–2008)の録音再開は、キャピトル・レコード(Capitol Records, Inc.)が戦時下の新興レーベルとして市場上の不利を補う重要な動きでした。

ワールド・ブロードキャスティング・システム社

ワールド・ブロードキャスティング・システム社(World Broadcasting System, Inc.)は、1943年7月にデッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)の支配下に入った後、同社とともにアメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)との契約対象になりました。ブロードキャスティング(Broadcasting)1943年10月25日号では、デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)とワールド・ブロードキャスティング・システム社(World Broadcasting System, Inc.)の契約が、後続の独立トランスクリプション会社4社の交渉に先行する基準として扱われています。この動きは、市販レコードだけでなく、放送局が使用するライブラリー・トランスクリプションの制作再開にも関わるものでした。

独立トランスクリプション各社

1943年10月下旬、スタンダード・ラジオ(Standard Radio)、ラング=ワース・フィーチャー・プログラムズ(Lang-Worth Feature Programs)、アソシエイテッド・ミュージック・パブリッシャーズ(Associated Music Publishers)、シー・ピー・マグレガー(C. P. MacGregor)の4社は、アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)と契約し、14か月に及ぶ録音停止状態から再開へ進みました。ブロードキャスティング(Broadcasting)1943年10月25日号は、4社がデッカ=ワールド型契約を土台に、2年間の賃金表固定、雇用基金運営への公的助言、管理費上限、ライブラリー・トランスクリプション制作に関するストライキ禁止条項を含む契約を結んだと報じました。これは、戦時中の放送番組供給網にとって重要な録音再開でした。

エンパイア・ブロードキャスティング社

エンパイア・ブロードキャスティング社(Empire Broadcasting Corp.)は、ブロードキャスティング(Broadcasting)1943年10月25日号で、ワールド・ブロードキャスティング・システム社(World Broadcasting System, Inc.)、スタンダード・ラジオ(Standard Radio)、ラング=ワース・フィーチャー・プログラムズ(Lang-Worth Feature Programs)、アソシエイテッド・ミュージック・パブリッシャーズ(Associated Music Publishers)、シー・ピー・マグレガー(C. P. MacGregor)、ナショナル・ブロードキャスティング社(National Broadcasting Company)のラジオ録音部門(NBC Radio-Recording Division)と並ぶ当初の関係企業として挙げられています。同記事では、デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)とワールド・ブロードキャスティング・システム社(World Broadcasting System, Inc.)の契約後、エンパイア・ブロードキャスティング社(Empire Broadcasting Corp.)も同じ契約に署名したとされています。

ナショナル・ブロードキャスティング社

ナショナル・ブロードキャスティング社(National Broadcasting Company)のラジオ録音部門(NBC Radio-Recording Division)は、当初、トランスクリプション会社側の交渉に含まれていましたが、1943年10月下旬の4社契約からは離脱しました。ただし、ブロードキャスティング(Broadcasting)1943年10月25日号は、同部門が事件そのものから撤退したのではなく、ナショナル戦時労働委員会(National War Labor Board)のパネルに管轄維持を求めたと報じています。同時に、ナショナル・ブロードキャスティング社(National Broadcasting Company)のラジオ録音部門(NBC Radio-Recording Division)、コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター部門(RCA-Victor Division of RCA)とアメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)の交渉が継続していることも確認できます。

コロムビア・レコーディング社とアールシーエー・ヴィクター部門

コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)とラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター部門(RCA-Victor Division of RCA)は、1943年10月時点では録音再開企業ではなく、ナショナル戦時労働委員会(National War Labor Board)の審理に介入を申し立てた会社として確認できます。ブロードキャスティング(Broadcasting)1943年10月25日号は、両社の申立てが審理中であり、アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)との任意合意へ向けた別個の交渉が始まっていると報じました。デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)とキャピトル・レコード(Capitol Records, Inc.)が録音再開側に移ったことで、両社は新録音供給の面で競争上の不利を抱える立場になりました。

ナショナル・アソシエーション・オブ・ブロードキャスターズ

ナショナル・アソシエーション・オブ・ブロードキャスターズ(National Association of Broadcasters)は、1943年10月下旬のトランスクリプション会社契約に対し、アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)への直接支払い方式を強く批判しました。ブロードキャスティング(Broadcasting)1943年10月25日号は、同団体の運営委員会が、この支払い原則を経済的・社会的に不健全なものとして批判したと報じています。この反応は、録音禁止解除が単なる制作再開ではなく、放送業界全体の費用負担と権利関係をめぐる対立を伴っていたことを示しています。

V-Disc計画

ヴィー・ディスク(V-Disc)計画では、1943年10月1日に初回分がカムデンから出荷されたとされ、10月27日にはアメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)が軍用録音を商業録音禁止の例外として認めました。ヴィー・ディスク(V-Disc)は一般販売用ではなく、アメリカ合衆国陸軍(United States Army)などの軍関係者へ配布する慰問用録音として制度化されました。このため、民間市場で録音禁止が残る会社があった一方で、軍用配布を目的とする録音・複製は別枠で継続できるようになりました。1943年10月は、商業録音の再開と軍用録音の制度化が並行した月として位置づけられます。