1943年9月に録音された音楽
1943年9月は、第二次世界大戦(Second World War)の戦局が大きく動いた月です。イタリア王国(Kingdom of Italy)では9月3日にカッシビレ休戦(Armistice of Cassibile)が署名され、9月8日の発表後、9月9日に連合国軍(Allied forces)がアヴァランチ作戦(Operation Avalanche)としてサレルノ(Salerno)へ上陸しました。9月12日にはドイツ国(German Reich)の部隊がベニート・ムッソリーニ(Benito Mussolini, 1883–1945)を救出し、イタリア半島の政治情勢はさらに複雑化しました。東部戦線ではソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)の労農赤軍(Workers’ and Peasants’ Red Army)が9月25日にスモレンスク(Smolensk)を奪回しました。太平洋戦線では連合国軍(Allied forces)がニューギニア島(New Guinea)で9月16日にラエ(Lae)を攻略し、9月22日にフィンシュハーフェン(Finschhafen)へ上陸しました。アメリカ合衆国(United States of America)では第三次戦時公債運動(Third War Loan Drive)が9月9日–10月2日に実施され、総額189億ドルを集めました。デンマーク王国(Kingdom of Denmark)では9月後半からユダヤ人市民のスウェーデン王国(Kingdom of Sweden)への脱出支援が広がり、約7,200人の救出につながりました。
この月の確認されている録音:0曲
1943年9月の録音に関する情報のまとめ
1943年9月の録音産業では、アメリカン・フェデレーション・オブ・ミュージシャンズ(American Federation of Musicians)による商業録音停止がなお中心問題でした。1942年8月から続いたこの録音停止のなかで、9月18日にデッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)とワールド・ブロードキャスティング・システム・インコーポレイテッド(World Broadcasting System, Inc.)が同組合と合意し、録音再開が可能になりました。9月末には関連する契約署名が進み、一般市販レコード、放送用トランスクリプション、録音製造業務がそれぞれ異なる形で再開へ向かいました。ただし、同月の資料で個別セッション、曲名、演奏者まで確認できる範囲は限られます。
デッカ・レコード
デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)は、1943年9月18日にアメリカン・フェデレーション・オブ・ミュージシャンズ(American Federation of Musicians)と合意し、同時代業界紙で録音再開が報じられました。この合意は、ジャック・カップ(Jack Kapp, 1901–1949)とジェームズ・シーザー・ペトリロ(James Caesar Petrillo, 1892–1984)の交渉によってまとまり、9月末に契約書面化へ進みました。これにより、長く停止していた同社の音楽家参加録音は再開可能になりましたが、9月中に録音された個別曲名や演奏者の全体像は、当月の業界資料だけでは確定できません。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/DownBeat/40s/43/Down-Beat-1943-10-01-10-19.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-BC/Broadcasting-Magazine/BC-1943/1943-10-04-BC.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/International-Musician/40s/International-Musician-1943-10.pdf
ワールド・ブロードキャスティング・システム
ワールド・ブロードキャスティング・システム・インコーポレイテッド(World Broadcasting System, Inc.)は、1943年9月18日にデッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)と同じ流れで、アメリカン・フェデレーション・オブ・ミュージシャンズ(American Federation of Musicians)と合意しました。同社の対象は一般市販レコードではなく、放送局向けトランスクリプション事業でした。同時代資料では、使用回数のあるトランスクリプション盤について、収入の一定割合を組合側へ支払う条件が示されています。したがって、同月の同社の動きは、放送用録音・トランスクリプション制作の再開に関わるものとして整理できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/DownBeat/40s/43/Down-Beat-1943-10-01-10-19.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-BC/Broadcasting-Magazine/BC-1943/1943-10-04-BC.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-NAB-Publications/NAB-Reports/NAB-Reports-1943-Q3.pdf
WORレコーディング・スタジオ
WORレコーディング・スタジオ(WOR recording studios)は、1943年9月末、ワールド・ブロードキャスティング・システム・インコーポレイテッド(World Broadcasting System, Inc.)と同種の条件を受け入れる形で、録音・製造業務の再開に関わる会社として同時代資料に現れます。同社は一般市販レコード会社ではなく、放送用トランスクリプションの録音・製造側として扱う必要があります。資料上では、配布ではなく製造をただちに開始できる立場として記録されていますが、1943年9月中の個別録音内容は確認できません。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-BC/Broadcasting-Magazine/BC-1943/1943-10-04-BC.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-NAB-Publications/NAB-Reports/NAB-Reports-1943-Q3.pdf
エンパイア・ブロードキャスティング
エンパイア・ブロードキャスティング社(Empire Broadcasting Corp.)は、1943年9月30日にアメリカン・フェデレーション・オブ・ミュージシャンズ(American Federation of Musicians)との契約に加わった会社として確認できます。同社は、デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)およびワールド・ブロードキャスティング・システム・インコーポレイテッド(World Broadcasting System, Inc.)と並んで、録音停止下で組合側との合意に到達した企業として扱われています。ただし、同月資料からは同社の個別録音、曲名、演奏者までは確認できません。
- https://archive.org/stream/bub_gb_cBoEAAAAMBAJ/bub_gb_cBoEAAAAMBAJ_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-BC/Broadcasting-Magazine/BC-1943/1943-10-25-BC.pdf
