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1944年2月に録音された音楽

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1944年2月に録音された音楽

1944年2月は、第二次世界大戦(World War II)の戦局、植民地政策、科学技術が大きく動いた月です。1月30日–2月8日に開かれたブラザヴィル会議(Brazzaville Conference)では、フランス植民地帝国の戦後再編をめぐる方針が示されました。2月1日には、インターナショナル・ビジネス・マシーンズ社(International Business Machines Corporation)が製作したIBM自動逐次制御計算機(IBM Automatic Sequence Controlled Calculator)がハーバード大学(Harvard University)へ搬入されました。イタリア戦線では、2月15日にモンテ・カッシーノ修道院(Abbey of Monte Cassino)が連合国軍の爆撃で破壊され、2月16日にはドイツ軍がアンツィオ橋頭堡に対するフィッシュファング作戦(Operation Fischfang)を開始しました。太平洋では、2月17日–18日にアメリカ合衆国軍がトラック諸島を攻撃するヘイルストーン作戦(Operation Hailstone)を実施しました。欧州上空では、2月20日–25日にアーギュメント作戦(Operation Argument)が展開され、ドイツ航空戦力と航空機生産拠点への攻撃が集中しました。さらに、ソビエト連邦(Union of Soviet Socialist Republics)は2月23日、チェチェン人とイングーシ人の中央アジアへの強制移送を開始しました。

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1944年2月の録音に関する情報のまとめ

1944年2月のアメリカ合衆国の録音産業は、アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)による商業録音禁止の影響がなお続くなかで動いていました。デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)とキャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は1943年にアメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)と和解していたため、録音・発売活動を継続できました。一方、アールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division)とコロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)は1944年2月時点で和解に至っておらず、新規の楽器伴奏付き商業録音には制約が残っていました。この状況のもと、当月はデッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)の主力ポピュラー録音、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)の販売展開、ソノラ・レコード(Sonora Records)の事業拡張、さらにアポロ・レコード社(Apollo Records, Inc.)、ミュージックラフト・レコード社(Musicraft Records, Inc.)、コモドア・レコード社(Commodore Record Co., Inc.)による独立系録音活動が確認できます。

デッカ

デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)では、1944年2月7日にロサンゼルスでビング・クロスビー(Bing Crosby, 1903–1977)の録音が行われました。アメリカ歴史的録音ディスコグラフィー(Discography of American Historical Recordings)の当日一覧では、「Swinging on a Star」「The Day After Forever」などが確認できます。「Swinging on a Star」は映画『我が道を往く(Going My Way)』と結びつく1944年の代表的なポピュラー録音となり、デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)が録音禁止期の市場で強い存在感を維持していたことを示しています。

キャピトル

キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、1944年2月も新譜の販売活動を継続していました。『ザ・ビルボード(The Billboard)』1944年2月19日号には、同社が新譜広告を展開していることが確認でき、アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)との和解後に、商業レコード市場で継続的な供給体制を維持していたことが読み取れます。1944年2月のキャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、録音活動そのものよりも、すでに確保した音源を市場へ供給する販売面での存在感が資料上明確です。

ソノラ

ソノラ・ラジオ・アンド・テレビジョン社(Sonora Radio and Television Corporation)系のソノラ・レコード(Sonora Records)は、1944年2月に録音事業の拡張を進めていました。『ザ・ビルボード(The Billboard)』1944年2月19日号は、ソノラ・レコード(Sonora Records)がスタンダード曲の自社録音に進む方針を報じています。さらに、同年2月には音楽事業の体制整備も進められており、ソノラ・レコード(Sonora Records)がレコード市場への本格参入を強めていた時期として位置づけられます。

アポロ

アポロ・レコード社(Apollo Records, Inc.)では、1944年2月にコールマン・ホーキンス(Coleman Hawkins, 1904–1969)を中心とする録音が行われました。このセッションには、ディジー・ガレスピー(Dizzy Gillespie, 1917–1993)、オスカー・ペティフォード(Oscar Pettiford, 1922–1960)、マックス・ローチ(Max Roach, 1924–2007)らが参加し、のちに初期ビバップの重要録音として評価される音源につながりました。録音日は資料間で2月16日、2月17日、2月22日と整理に差が見られるため、1944年2月中旬のアポロ・レコード社(Apollo Records, Inc.)による録音活動として扱うのが適切です。

ミュージックラフト

ミュージックラフト・レコード社(Musicraft Records, Inc.)では、1944年2月17日にニューヨークでレッド・ベリー(Lead Belly, 1888–1949)の録音が行われたことが複数のディスコグラフィーで確認できます。このセッションには「Where Did You Sleep Last Night?」を含む録音が整理されており、同社がフォーク、ブルース、民衆歌謡の領域で独自の録音活動を継続していたことを示しています。大手企業が録音禁止の影響を受けていた時期に、ミュージックラフト・レコード社(Musicraft Records, Inc.)が特色あるレパートリーを蓄積していた点は重要です。

コモドア

コモドア・レコード社(Commodore Record Co., Inc.)では、1944年2月26日にニューヨークでエディ・ヘイウッド(Eddie Heywood, 1915–1989)を中心とする録音が行われました。コモドア録音一覧では、この日のセッションとして「I Can’t Believe That You’re in Love With Me」「Love Me or Leave Me」「Begin the Beguine」などが整理されています。1944年2月の独立系ジャズ録音として、コモドア・レコード社(Commodore Record Co., Inc.)の活動は、録音禁止下でも小規模レーベルが特色ある制作を続けていたことを示す事例です。