1944年5月に録音された音楽

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1944年5月に録音された音楽

1944年5月は、第二次世界大戦の戦局、戦後秩序の構想、科学技術、文化の各面で重要な動きが重なりました。5月9日、セヴァストポリはソビエト軍により奪回されました。5月18日、モンテ・カッシーノの戦い(Battle of Monte Cassino)では修道院丘が制圧され、イタリア戦線の突破が進みました。同じ5月18日には、クリミア・タタール人の強制移送(Deportation of the Crimean Tatars)が開始され、多数の住民が故郷を追われました。5月10日、国際労働機関(International Labour Organization)は国際労働機関の目的に関する宣言(Declaration concerning the aims and purposes of the International Labour Organisation)を採択し、戦後の労働と社会正義の原則を示しました。科学技術では、インターナショナル・ビジネス・マシーンズ社(International Business Machines Corporation)が製作した自動順序制御計算機(Automatic Sequence Controlled Calculator)、通称ハーバード・マークI(Harvard Mark I)が、5月にアメリカ合衆国海軍(United States Navy)向けの計算業務に用いられ始めました。文化面では、映画『我が道を往く(Going My Way)』が5月3日にニューヨークで公開されました。アジアでは、インパールとコヒマの戦い(Battles of Imphal and Kohima)が継続し、北東インドをめぐる攻防が続いていました。

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1944年5月の録音に関する情報のまとめ

1944年5月の録音関連資料では、大手レコード会社によるアルバム販売と販促、製造会社を介した資本・供給関係の変化、さらに独立系レーベルによる新規録音契約や人材確保の動きが確認できます。キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)はアルバム企画を前面に出し、コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)はアルバムと単盤の連動出荷を進めました。スクラントン・レコード社(Scranton Record Company)はキャピトル・レコード社への資本参加が報じられ、製造とレーベル運営の結びつきが注目されました。アールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division of Radio Corporation of America)は選曲カタログを用いた販売促進を継続し、サヴォイ・レコード(Savoy Records)とキーノート・レコード(Keynote Records)はジャズ系録音の拡充に向けた契約・人材探索を進めていました。

キャピトル・レコード社

1944年5月27日号『ザ・ビルボード(The Billboard)』には、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)のアルバムA-1『ブルース・イン・ザ・ナイト(Blues in the Night)』が掲載されています。同資料では、ジョニー・マーサー(Johnny Mercer, 1909–1976)、ジョー・スタッフォード(Jo Stafford, 1917–2008)、ザ・パイド・パイパーズ(The Pied Pipers)を掲げたアルバムとして示されており、同社がアルバム単位の企画販売を重視していたことが確認できます。

スクラントン・レコード社

1944年5月13日号『ザ・ビルボード(The Billboard)』は、スクラントン・レコード社(Scranton Record Company)がキャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)の株式を取得したと報じました。スクラントン・レコード社は独立系のレコード製造会社として記されており、この資本参加は、製造基盤と新興レーベルの結びつきを示す動きとして確認できます。

コロムビア・レコーディング社

1944年5月20日号『ザ・ビルボード(The Billboard)』では、コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)のアルバムC-101『ブルース・バイ・ベイシー(Blues by Basie)』が取り上げられました。同資料は、同社がこのアルバムに関連する単盤を、コイン式蓄音機事業者向けに特別出荷していたことを伝えています。アルバム販売と業務用市場向けの供給を連動させる施策が、同月の具体的な活動として確認できます。

アールシーエー・ヴィクター部門

1944年5月号『アールシーエー・ヴィクター・レコード・レビュー(RCA Victor Record Review)』には、アールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division of Radio Corporation of America)のカタログ『ザ・ミュージック・アメリカ・ラヴズ・ベスト(The Music America Loves Best)』への案内が掲載されています。同資料では、同カタログを店頭選曲や販売促進に活用する構成が確認でき、同部門が戦時下でもレコード小売向けの訴求を継続していたことが分かります。

サヴォイ・レコード

1944年5月6日号『ザ・ビルボード(The Billboard)』は、サヴォイ・レコード(Savoy Records)がホット・リップス・ペイジ(Hot Lips Page, 1908–1954)と録音契約を結び、オリジナルのブルースおよびジャンプ・ナンバーの制作を予定していると報じました。同じ記事では、レスター・ヤング・クインテット(Lester Young Quintet)とも契約したことが記されています。サヴォイ・レコードが1944年5月時点でジャズ系録音の拡充を進めていたことが確認できます。

キーノート・レコード

1944年5月20日号『ザ・ビルボード(The Billboard)』は、キーノート・レコード(Keynote Records)の録音監督であるハリー・リム(Harry Lim, 1919–1990)が、西海岸で2週間にわたり人材確保を行ったのち戻ったと伝えています。これは、同レーベルが新たな録音企画に向けて出演者の発掘と調整を進めていたことを示す当月資料上の動きです。