1945年1月に録音された音楽
1945年1月、第二次世界大戦(World War II)は各地で終局へ向けて大きく動きました。1月9日、アメリカ合衆国軍はフィリピンのルソン島リンガエン湾へ上陸し、日本軍との本格的なルソン島戦が始まりました。1月12日、ソビエト連邦軍はヴィスワ=オーデル攻勢(Vistula–Oder Offensive)を開始し、1月17日にはワルシャワへ進出しました。1月20日、フランクリン・D・ルーズベルト(Franklin D. Roosevelt, 1882–1945)はアメリカ合衆国大統領として4期目の就任式に臨みました。1月25日にはバルジの戦い(Battle of the Bulge)が終結し、西部戦線におけるドイツ軍最後の大規模攻勢は失敗に終わりました。1月27日、ソビエト連邦軍はアウシュヴィッツ強制収容所(Auschwitz concentration camp)を解放しました。1月30日、ドイツ船ヴィルヘルム・グストロフ(MV Wilhelm Gustloff)がバルト海で沈没し、非常に多数の犠牲者を出しました。同じ1月30日、イタリアでは女性参政権拡大が閣議で審議され、1月31日付の法令へつながりました。
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1945年1月の録音に関する情報のまとめ
1945年1月のアメリカ合衆国の録音産業では、戦時下の制約を抱えながらも、主要レコード会社が新譜宣伝、流通網の再編、戦後を見据えた販売施策を進めていました。『ザ・ビルボード(The Billboard)』は1月27日付で、ディスクジョッキーによる初のレコード人気調査を掲載し、放送での露出とジュークボックスでの支持を対照させて把握する姿勢を示しました。レコード会社側では、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division)が販促と戦後広告構想を進め、デッカ・レコーズ・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)は前年売上の過去最高水準を打ち出しました。コロンビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)はジュークボックス市場を意識した商品訴求を続け、キャピトル・レコーズ・ディストリビューティング・カンパニー・インコーポレイテッド(Capitol Records Distributing Company, Inc.)は西海岸流通網の整備を進めていました。
アールシーエー・ヴィクター
ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division)は、1945年1月13日付『ザ・ビルボード(The Billboard)』で新譜広告を展開し、戦時下の需要を意識した販促を継続していました。1月27日付同紙は、同部門が録音禁止解除後初となる出版社向け印税小切手を発送したと報じています。また、同部門の国際担当者は、戦後の世界広告展開に向けて、ラジオ写真伝送による広告原稿の同時配信構想を検討していました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1945/BB-1945-01-13.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1945/BB-1945-01-27.pdf
デッカ・レコーズ
デッカ・レコーズ・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)について、1945年1月20日付『ザ・ビルボード(The Billboard)』は、1944年の純売上高が同社史上最大になる見込みだと報じました。記事では、1944年の売上高は1,350万–1,450万ドルと推計され、1943年の1,127万8,345ドルを上回るとされています。さらに、1944年11月と12月はそれぞれ同月として過去最高となり、12月単月の売上は約150万ドルに達したと記されています。戦時中でありながら、同社の市場規模が大きく拡大していたことが確認できます。
コロンビア・レコーディング社
コロンビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)は、1945年1月13日付および1月27日付『ザ・ビルボード(The Billboard)』で、ジュークボックス利用を明確に意識したレコード広告を掲載しました。1月13日付広告では、ベニー・グッドマン関連盤を中心に既発人気盤を再訴求し、1月27日付広告では、ハリー・ジェイムズ、レス・ブラウン、フランキー・カール、カウント・ベイシー、ベニー・グッドマン・クインテット、ジーン・クルーパなどの新譜をまとめて提示しました。いずれも店舗再生での集客力を強調する内容で、同社が当月、ジュークボックス市場を重要な販売先として位置づけていたことが確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1945/BB-1945-01-13.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1945/BB-1945-01-27.pdf
- https://archive.org/download/columbiarecordca00colu_13/columbiarecordca00colu_13.pdf
キャピトル・レコーズ・ディストリビューティング社
キャピトル・レコーズ・ディストリビューティング・カンパニー・インコーポレイテッド(Capitol Records Distributing Company, Inc.)について、1945年1月27日付『ザ・ビルボード(The Billboard)』は、ポール・フェザーストーン(Paul Featherstone, 生没年不明)がハリウッド支店の責任者に就任したと報じています。あわせて、同社は現地流通拠点をロサンゼルスの318 West 15th Streetへ移転し、アールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division)およびコロンビア・レコード商品の流通地点に近い場所へ集約しました。記事は、この配置によってコイン式音楽機器の運営事業者が複数レーベルの商品を実質的に一括調達しやすくなると説明しており、同社が西海岸市場で流通効率の向上を図っていたことが確認できます。
