1945年10月に録音された音楽

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1945年10月に録音された音楽

1945年10月は、戦後秩序の制度化と各国政治の再編が同時に進んだ月でした。10月3日、世界労働組合連盟(World Federation of Trade Unions)がパリで創設されました。10月16日、国際連合食糧農業機関(Food and Agriculture Organization of the United Nations)がケベックで発足しました。10月17日、アルゼンチンではフアン・ドミンゴ・ペロン(Juan Domingo Perón, 1895–1974)の釈放を求める大規模動員が起こり、同氏は解放されました。10月18日、国際軍事裁判所(International Military Tribunal)は主要戦争犯罪人24人に対する起訴状を公表しました。10月21日、フランスでは制憲議会選挙と新憲法制定の可否を問う国民投票が行われました。10月24日、国際連合憲章(Charter of the United Nations)が発効しました。同月、アーサー・C・クラーク(Arthur C. Clarke, 1917–2008)は英国誌『ワイヤレス・ワールド(Wireless World)』で静止軌道通信衛星による世界通信構想を示しました。10月29日、ブラジルではジェトゥリオ・ドルネレス・ヴァルガス(Getúlio Dornelles Vargas, 1882–1954)が軍部の圧力で退陣し、エスタド・ノヴォ体制(Estado Novo)は終結しました。

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1945年10月の録音に関する情報のまとめ

1945年10月の米国録音産業では、戦時期から戦後市場への移行を見据えた生産力拡張、海外市場の再編、録音企画の拡充、出版・販促との結びつきが同時に進みました。ニューヨークではエレベーター運転員ストライキが一部の録音日程に影響し、デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)では録音予定の一部取消が報じられました。一方、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ社(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division)やコロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)は大きな支障を受けず、各社は新製品、海外提携、販促施策、専属契約、プレス能力拡大を進めていました。

アールシーエー・ヴィクター

ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ社(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division)は、音楽出版事業への本格参入を視野に、ニューヨークで既存出版社への出資または買収をめぐる協議を進めていました。1945年10月3日号では、同部門がアールシーエー・ヴィクター・レッド・シール・デラックス・ノンブレイカブル・レコード(RCA Victor Red Seal De Luxe Non-Breakable Record)を大きく訴求していたことも確認できます。また、同社はザビア・クガート(Xavier Cugat, 1900–1990)の録音盤をめぐり、コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)を提訴したと報じられました。さらに10月中旬には、ジョニー・デズモンド(Johnny Desmond, 1919–1985)との録音契約が軍務終了後に締結される見通しも伝えられました。加えて、10月上旬には同部門の西海岸工場でディスク・プレスが始まったと報じられています。

コロムビア・レコーディング

コロムビア・レコーディング社(Columbia Recording Corporation)は、欧州市場の再編を見据えた動きを進めていました。テッド・ウォーラースタイン(Ted Wallerstein, 1891–1965)は1945年10月初旬に欧州へ向かい、英国、フランス、ベルギー、オランダなどの録音企業との間で、マスター音源の相互交換を柱とする取引構想を探っていたと報じられました。国内では、同社所属アーティストの録音を流す15分番組を各地のローカル放送局で展開する計画が示され、1946年1月から44局で開始する構想が伝えられています。また、ワイルドルート・ヘア・トニック(Wildroot Hair Tonic)との共同販促により、同社契約者であるウッディ・ハーマン(Woody Herman, 1913–1987)とコロムビア録音商品の双方を店頭で訴求する施策も報じられました。

デッカ・レコード

デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)は、録音企画と生産体制の両面で動きを見せました。1945年10月3日号は、ボブ・エバリー(Bob Eberly, 1916–1981)が同社向けのソロ録音を開始予定であり、伴奏をヴィク・ショーン(Vic Schoen, 1916–2000)と18人編成オーケストラが担う見通しだと伝えています。10月10日号では、同社のハリウッド工場で西海岸初のディスク・プレスが実施され、2基のプレス機が稼働を始めたと報じられました。また、同社系列のサン・ミュージック(Sun Music)は、映画『ギルダ(Gilda)』関連楽曲の録音展開を進めており、デッカ盤としての発売を映画公開前から宣伝に活用する構想が示されています。さらに10月17日号では、複数曲を片面に収める企画盤をめぐって、作曲家側とロイヤルティー処理の緊張が生じていたことも伝えられました。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、西海岸市場向けの供給体制強化を進めていました。1945年10月10日号は、スクラントン・レコード社(Scranton Record Co.)が、キャピトル・レコード社専用の製造・プレス工場を西海岸地区に建設する契約をまとめたと報じています。新工場は西部市場向けに限定して使用され、年産1,000万枚の能力が見込まれ、1946年1月の稼働が期待されていました。これは、戦後の需要拡大を見据えたキャピトル・レコード社の供給網整備として位置づけられます。

マジェスティック・レコード

マジェスティック・レコード社(Majestic Records Company)は、1945年10月に生産拡大と契約強化を同時に進めていました。10月10日号は、ニュージャージー工場が3交替・24時間体制で稼働し、ハリウッド工場ではテスト・プレスを始めていると報じています。同月初旬には、ジョージ・オルセン(George Olsen, 1893–1971)が同社と期間契約を結び、新契約下での第1弾レコード流通が控えていると伝えられました。さらに、アル・スミス記念アルバム(Al Smith Memorial Album)の最終部分が10月10日に録音予定とされ、10月中旬にはルイ・プリマ(Louis Prima, 1910–1978)が同社と新たな長期契約を結んだことも報じられています。

クレストウッド・ミュージック

クレストウッド・ミュージック(Crestwood Music)は、自社楽曲の宣伝と活用を目的に録音子会社を立ち上げ、ミュージック・フォー・ソサエティ(Music for Society)レーベルを展開する計画を進めていました。1945年10月10日号では、同レーベルの最初の2枚を10月15日に出す予定であり、独立系ラジオ局のディスクジョッキーによる放送を通じて楽曲を広める狙いがあると報じられています。音楽出版事業者が録音分野へ直接踏み込む動きとして注目されます。

ヴォーグ・レコード

ヴォーグ・レコード社(Vogue Records, Inc.)は、1945年10月初旬にシカゴで新しい非破損型レコードを披露した新興企業として報じられました。同社はデトロイト発の録音会社で、ジャッキー・ヘラー(Jackie Heller, 生没年不明)の試作盤が紹介され、盤面下に写真や図案を配した視覚的特徴と、破損しにくい構造が強調されています。記事では、アルミニウム芯とビニライト系素材を用いた盤の構造、新方式のプレス機械、色彩を使い分ける商品展開構想も説明されており、戦後レコード市場における新素材・新意匠競争の一端が確認できます。