1946年9月に録音された音楽
1946年9月は、第二次世界大戦後の政治体制と国際秩序の再編が各地で具体化した月でした。9月2日、インド臨時政府(Interim Government of India)が発足しました。9月6日、ジェームズ・F・バーンズ(James F. Byrnes, 1882–1972)はシュトゥットガルトで『ドイツ政策に関する米国方針の再表明』(Restatement of United States Policy on Germany)を行いました。9月7日、エドワード・M・ドナルドソン(Edward M. Donaldson, 1912–1992)は、国際航空連盟(Fédération Aéronautique Internationale)公認の3キロメートル速度記録を991キロメートル毎時で更新しました。ブルガリアでは9月8日の国民投票を経て、9月15日にブルガリア人民共和国(People’s Republic of Bulgaria)が宣言されました。9月19日、ウィンストン・チャーチル(Winston Churchill, 1874–1965)はチューリヒ大学(University of Zurich)で欧州統合を訴えました。9月20日、カンヌ国際映画祭(Festival de Cannes)が開幕しました。9月27日、国際通貨基金(International Monetary Fund)と国際復興開発銀行(International Bank for Reconstruction and Development)の第1回年次総会が始まりました。9月30日–10月1日、国際軍事裁判所(International Military Tribunal)はニュルンベルクで判決を言い渡しました。
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1946年9月の録音に関する情報のまとめ
1946年9月の録音関連業界では、戦後市場の拡大を背景に、各社が新譜供給、流通整備、価格政策、契約強化を進めていました。キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)はアルバム商品の全米同時発売に向けた輸送体制を取り、ミュージクラフト・レコード社(Musicraft Records, Incorporated)はデューク・エリントン(Duke Ellington, 1899–1974)とマーサー・エリントン(Mercer Ellington, 1919–1996)の契約を伝えました。デッカ・レコード社(Decca Records, Incorporated)は蓄音機・付属品部門の人事を整え、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division)ではエディ・アーノルド(Eddy Arnold, 1918–2008)の録音予定が報じられました。さらに、マーキュリー・ラジオ・アンド・テレビジョン社(Mercury Radio and Television Corporation)のマーキュリー・レコード(Mercury Records)は価格据え置きを打ち出し、マジェスティック・レコード社(Majestic Records Incorporated)は販売網の確認を進め、シグネチャー・レコーディング・コーポレーション(Signature Recording Corporation)は新作アルバムの広告展開を行っていました。
キャピトル・レコード社
『バンド・リーダーズ・アンド・レコード・レビュー』(Band Leaders & Record Review)1946年9月10日号は、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)が、ボブ・ホープ(Bob Hope, 1903–2003)のアルバム『アイ・ネヴァー・レフト・ホーム』(I Never Left Home)を米国東西で同時発売するため、ペンシルベニア州スクラントンのプレス工場からカリフォルニア州バーバンクへ3,000点を航空便で移送したと報じました。発売時期をそろえるために工場間輸送を活用した事例であり、当月の流通対応を示しています。
ミュージクラフト・レコード社
『バンド・リーダーズ・アンド・レコード・レビュー』(Band Leaders & Record Review)1946年9月10日号は、ミュージクラフト・レコード社(Musicraft Records, Incorporated)が、デューク・エリントン(Duke Ellington, 1899–1974)に加え、マーサー・エリントン(Mercer Ellington, 1919–1996)とも契約したと伝えています。資料上では、同社が著名アーティストだけでなく新たなバンド編成を伴う若手世代の獲得にも動いていたことが確認できます。
デッカ・レコード社
『ビルボード』(The Billboard)1946年9月28日号は、デッカ・レコード社(Decca Records, Incorporated)が、スタンリー・グッドマン(Stanley Goodman, 生没年不明)を蓄音機・付属品部門の商品部長に任命したと報じました。録音物の販売に加えて、再生機器と周辺商品の流通を扱う部門体制の整備が進められていたことを示しています。
アールシーエー・ヴィクター部門
『ビルボード』(The Billboard)1946年9月28日号は、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division)について、エディ・アーノルド(Eddy Arnold, 1918–2008)が翌週に録音セッションのためナッシュヴィルから来る予定だと伝えました。1946年9月末の時点で、同部門がカントリー音楽分野の録音準備を進めていたことが確認できます。
マーキュリー・レコード
『ビルボード』(The Billboard)1946年9月21日号は、マーキュリー・ラジオ・アンド・テレビジョン社(Mercury Radio and Television Corporation)のマーキュリー・レコード(Mercury Records)が、レコード価格を現行の75セントに据え置く方針を伝えたと報じました。戦後の価格変動が続く中で、同社が単盤価格の維持を打ち出していたことが確認できます。
マジェスティック・レコード社
『ビルボード』(The Billboard)1946年9月21日号は、マジェスティック・レコード社(Majestic Records Incorporated)の録音責任者ジョン・ハモンド(John Hammond, 1910–1987)が、東部各都市を巡回して同社の流通設備を調査したと報じました。録音部門幹部が販売網と供給体制の確認に動いていたことが資料上確認できます。
シグネチャー・レコーディング・コーポレーション
『バンド・リーダーズ・アンド・レコード・レビュー』(Band Leaders & Record Review)1946年9月10日号掲載の広告は、シグネチャー・レコーディング・コーポレーション(Signature Recording Corporation)が、ヘイゼル・スコット(Hazel Scott, 1920–1981)の同社でのデビュー作となるアルバムを宣伝していたことを示しています。記事ではなく広告資料ですが、当月の新規商品訴求とアーティスト展開を確認できる同時代資料です。
