1947年6月に録音された音楽
1947年6月は、戦後世界の制度設計と冷戦初期の国際秩序形成が同時に進んだ月でした。6月2日–4日には、アメリカ合衆国ニューヨーク州でシェルター・アイランド会議(Shelter Island Conference)が開かれ、戦後の理論物理学、とくに量子電磁力学の再構築に向けた重要な討議が行われました。6月3日、英国庶民院(House of Commons of the United Kingdom)では英領インド(British India)への権力移譲方針が示され、インドとパキスタンの分離独立へ向かう政治過程が公に示されました。6月5日には、ジョージ・キャトレット・マーシャル(George Catlett Marshall, 1880–1959)がハーバード大学(Harvard University)で欧州復興支援構想を表明しました。6月9日–25日には、国際連合人権委員会起草委員会(Drafting Committee of the Commission on Human Rights)第1会期が開かれ、国際人権章典の起草作業が進められました。6月23日、アメリカ合衆国では1947年労使関係法(Labor Management Relations Act, 1947)が成立しました。6月25日には、アンネ・フランク(Anne Frank, 1929–1945)の日記『Het Achterhuis』がオランダで刊行されました。
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1947年6月の録音に関する情報のまとめ
1947年6月のアメリカ合衆国の録音業界では、商品企画の拡充と業界制度をめぐる緊張が並行して確認できます。『ザ・ビルボード』(The Billboard)と『ザ・キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)は、アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)が録音・トランスクリプション契約の満了後にディスク・カッティング停止へ進む可能性を示唆したと報じており、年末以降の制作環境が大きな関心事となっていました。その一方で、各社は旧録音の再活用、廉価シリーズの投入、アルバム訴求、放送関係者との接点強化などを進めていました。
コロムビア・レコード・インコーポレイテッド
1947年6月9日付『ザ・キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)は、コロムビア・レコード・インコーポレイテッド(Columbia Records, Inc.)が、アメリカ合衆国下院司法委員会小委員会で審議されたH.R. 1270に反対する立場を示したと報じました。さらに、6月23日付同紙は、同社が過去のジャズ録音を再び市場へ供給する旧ジャズ録音シリーズの発売を業界向けに告知したと伝えています。1947年6月の同社は、著作権・業界制度への対応と、既存録音資産の再商品化を同時に進めていたことが確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/40s/47/CB-1947-06-09.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/40s/47/CB-1947-06-23.pdf
デッカ・レコード・インコーポレイテッド
1947年6月9日付『ザ・キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)は、デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)が、H.R. 1270に関する公聴会で録音企業側の立場を示したと報じました。続く6月28日付『ザ・ビルボード』(The Billboard)は、同社が新しいブルー・レーベル・シリーズを小売50セントで展開する方針を支社管理者と販売員へ通知したと伝えています。これにより、同社が1947年6月に制度問題への対応と価格帯を意識した新商品編成を並行して進めていたことが確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/40s/47/CB-1947-06-09.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1947/BB-1947-06-28.pdf
アールシーエー・ヴィクター
1947年6月7日付『ザ・ビルボード』(The Billboard)は、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)のアルバム『Kreisler Favorites』を取り上げています。同記事は、同作が8曲構成のアルバムとして展開されていたことを伝えており、同社が1947年6月時点でクラシック分野のアルバム商品を積極的に訴求していたことが確認できます。
レインボー・レコード・インコーポレイテッド
1947年6月23日付『ザ・キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)は、レインボー・レコード・インコーポレイテッド(Rainbow Records, Inc.)に対し、同社のアルバム販売をめぐって差止め、会計、損害賠償を求める訴えが提起されたと報じました。1947年6月の同社については、録音商品そのものの売れ行きだけでなく、アルバム表示と販売手法をめぐる法的問題が業界紙で大きく扱われていたことが確認できます。
マジェスティック・レコード
1947年6月7日付『ザ・ビルボード』(The Billboard)は、マジェスティック・レコード(Majestic Records)が、自社レコードを扱うディスクジョッキー関係者のためのクラブを発足させたと報じました。1947年6月の同社は、放送を介した宣伝・流通上の接点を意識し、ラジオ関係者との結び付きを組織的に強める施策を進めていたことが資料上確認できます。
