1948年7月に録音された音楽
1948年7月は、戦後世界の制度再編が政治・社会・経済・科学技術・文化の各領域で具体化した月でした。アメリカ合衆国では7月3日に1948年農業法(Agricultural Act of 1948)が成立し、農産物価格支持政策の継続が示されました。イギリスでは7月5日に国民保健サービス(National Health Service)が発足し、包括的な公的医療制度が始動しました。国際連合安全保障理事会決議第54号(United Nations Security Council Resolution 54)は7月15日に採択され、パレスチナにおける停戦が求められました。7月16日には旅客機ヴィッカース・ヴィスカウント(Vickers Viscount)の試作機が初飛行し、航空技術の新段階を示しました。大韓民国では7月17日に大韓民国憲法(Constitution of the Republic of Korea)が公布され、7月20日に初代大統領が選出されました。ニューファンドランド自治領(Dominion of Newfoundland)では7月22日に第2回住民投票が実施され、カナダ連邦加入支持が多数となりました。7月26日にはアメリカ合衆国大統領令第9981号(Executive Order 9981)が発出され、軍における人種差別撤廃の方針が示されました。7月29日には第14回オリンピック競技大会ロンドン大会(Games of the XIV Olympiad, London 1948)が開幕しました。
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1948年7月の録音に関する情報のまとめ
1948年7月のアメリカ合衆国の録音業界では、アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)による録音禁止が続くなかで、各社が流通政策、国外録音、既存マスターの確保、新媒体の販売促進を並行して進めていました。デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)のジャック・キャップ(Jack Kapp, 1901–1949)はインスティテュート・オブ・ミュージック・イン・アメリカ(Institute of Music in America)構想を示しましたが、ジェームズ・シーザー・ペトリロ(James Caesar Petrillo, 1892–1984)はこれを受け入れませんでした。同時期には、コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)が長時間再生盤の市場浸透を進め、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)が販売組織を再編し、キング・レコード社(King Records Inc.)が返品制度とマスター獲得を通じて販路拡大を図りました。さらに、スタンダード・トランスクリプションズ(Standard Transcriptions)はメキシコ録音計画を進め、ヴァーシティ・レコード(Varsity Records)は低価格盤で新規参入を打ち出しました。
コロムビア・レコード
コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)は、1948年7月時点で長時間再生盤の普及を本格化させていました。ザ・ビルボード(The Billboard)1948年7月24日号には、コロムビアの長時間再生盤のみで構成された放送番組への言及が見られ、新方式を家庭用商品としてだけでなく、放送を通じた認知拡大にも結びつけていたことが確認できます。1948年6月の発表に続き、7月は実際の販促段階へ移った月と位置づけられます。
キャピトル・レコード
キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、販売網の再編を進めました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1948年7月24日号は、同社が複数の地域販売会社を統合し、1948年8月31日付でキャピトル・レコード・ディストリビューティング社(Capitol Records Distributing Corp.)へ再編する計画を報じています。この新組織は30の直営支店を統括し、独立系販売業者との流通調整も担うものとされました。録音禁止下で新規制作が制約されるなか、キャピトル・レコード社は販売体制の集約によって市場支配力を高めようとしていました。
デッカ・レコード/ブランズウィック・レコード
デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、1948年7月に録音禁止をめぐる業界交渉と販売網拡張の両面で動きを見せました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1948年7月10日号は、ジャック・キャップ(Jack Kapp, 1901–1949)がインスティテュート・オブ・ミュージック・イン・アメリカ(Institute of Music in America)構想を示したことを報じています。一方、ブロードキャスティング(Broadcasting)1948年7月26日号は、デッカ・レコード社の完全子会社としてブランズウィック・レコード社(Brunswick Record Corporation)が設立され、独立系販売業者を通じて蓄音機用レコードを扱う方針であったと伝えています。デッカ・レコード社は、制作環境が不安定な時期に、制度交渉と流通再編を同時に進めていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/40s/48/CB-1948-07-10.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-BC/Broadcasting-Magazine/BC-1948/1948-07-26-BC.pdf
マーキュリー・レコード
マーキュリー・レコード社(Mercury Record Corporation)は、所属歌手の拡充を進めていました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1948年7月17日号は、ヴィヴィアン・グリーン(Viviane Greene, 生没年不明)が同社と専属契約を結んだと報じています。同誌は、この契約をマーキュリー・レコード社のカタログ強化と結びつけて扱っており、録音禁止下でも同社が将来の発売展開を見据えたアーティスト確保を進めていたことが確認できます。
ヴァーシティ・レコード
ヴァーシティ・レコード(Varsity Records)は、低価格路線を掲げる新規レーベルとして1948年7月に業界紙で紹介されました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1948年7月17日号によれば、同レーベルは音楽機械運営者と販売店を主対象に、39セント定価の盤を打ち出し、販売条件面でも価格優位を前面に押し出していました。長時間再生盤や大手各社の流通再編とは異なる方向から、価格競争を軸に市場へ参入した動きでした。
キング・レコード
キング・レコード社(King Records Inc.)は、1948年7月に販売政策とマスター取得の両面で積極的な動きを示しました。ザ・ビルボード(The Billboard)1948年7月17日号は、音楽機械運営者向けに5%の返品特典を認める方針を報じています。さらにザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1948年7月24日号は、この制度が1948年7月1日–12月31日の期間に適用されると伝えるとともに、ザ・レイヴンズ(The Ravens)の6面分のマスターと、既録音マスター16面を取得したことを報じています。録音禁止が続くなか、キング・レコード社は既存音源の確保と販売刺激策を組み合わせて動いていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1948/Billboard%201948-07-17.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/40s/48/CB-1948-07-24.pdf
スタンダード・トランスクリプションズ
スタンダード・トランスクリプションズ(Standard Transcriptions)は、1948年7月に国外録音計画を進めていました。ザ・ビルボード(The Billboard)1948年7月3日号は、同社がメキシコで大規模な録音シリーズを計画していると報じています。アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)による録音禁止が続くなかで、国内外の制作環境を使い分ける動きが具体化していたことを示す事例です。
アポロ・レコード
アポロ・レコード社(Apollo Records Inc.)は、1948年7月に販売網の再配置を進めました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1948年7月24日号は、同社がイリノイ州とインディアナ州の専属販売をコード・ディストリビューターズ(Chord Distributors)へ委ね、従来の販売体制を切り替えたと報じています。同号では、アポロ・レコード社が新事務所への移転を完了したことにも触れられており、販売・管理体制の整備を同時に進めていたことが確認できます。
ミラクル・レコード
ミラクル・レコード(Miracle Records)は、1948年7月に偽造盤をめぐる問題で業界紙に取り上げられました。ザ・ビルボード(The Billboard)1948年7月17日号は、同レーベル側の主張を含む偽造盤問題を報じています。資料上で確認できるのは、録音市場の拡大に伴い、権利処理や不正流通が業界上の争点として顕在化していたことです。
