1948年6月に録音された音楽

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1948年6月に録音された音楽

1948年6月は、戦後秩序の再編が政治・経済・科学技術・社会の各分野で同時に進んだ月でした。6月11日には、国際連合安全保障理事会決議第50号(United Nations Security Council Resolution 50)に基づくパレスチナ停戦が始まりました。ドイツ西側占領地域では6月20日にドイツ・マルク(Deutsche Mark)が導入され、6月24日にはベルリン封鎖(Berlin Blockade)が始まり、6月26日にはベルリン空輸(Berlin Airlift)が開始されました。イギリスでは6月22日にエイチ・エム・ティー・エンパイア・ウィンドラッシュ号(HMT Empire Windrush)の乗客がティルベリーで下船しました。アメリカ合衆国では、ハリー・エス・トルーマン(Harry S. Truman, 1884–1972)が6月25日に1948年避難民法(Displaced Persons Act of 1948)へ署名しました。科学技術では、ヴィクトリア大学マンチェスター校(Victoria University of Manchester)の小規模実験機(Small Scale Experimental Machine)が6月21日に初のプログラム実行に成功し、ベル電話研究所(Bell Telephone Laboratories, Incorporated)は6月30日にトランジスタを公表しました。

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1948年6月の録音に関する情報のまとめ

1948年6月の録音関連市場では、コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)による長時間盤の発表が最大の転換点となり、その影響は家庭用再生機器、ジュークボックス、販売会社の販促、既存レコード会社のカタログ政策にまで及びました。同月の業界紙には、フィルコ社(Philco Corporation)による長時間盤対応機器、ジェイ・ピー・シーバーグ社(J. P. Seeburg Corporation)の新規格への関心、アールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division, Radio Corporation of America)のクラシック盤販売施策が報じられています。さらに、独立系レコード企業のマスター権利移動や、コイン式音楽機器市場と結び付いたレコード会社の宣伝活動も確認され、1948年6月は録音商品の形式、流通、再生装置、販促方法が同時に動いた月でした。

コロムビア・レコード

1948年6月、コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)は、マイクログルーヴ方式の長時間盤を報道関係者に示し、同月の業界紙で詳細が報じられました。『ザ・ビルボード(The Billboard)』1948年6月26日号は、初期構成が10インチ盤と12インチ盤を合わせて101枚・325曲で準備されていたと伝えています。長時間盤は、従来盤より長い演奏時間を持つ新形式として示され、録音商品の単位そのものを変える動きとして受け止められました。

フィルコ

フィルコ社(Philco Corporation)は、コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)の長時間盤に対応する再生用アタッチメントの設計主体として業界紙に登場しました。『ザ・ビルボード(The Billboard)』1948年6月26日号は、この装置が既存のラジオまたはラジオ蓄音機へ追加して用いる構成であると説明しています。長時間盤の登場が、盤の発売だけでなく家庭用再生機器の改良を同時に促したことが分かります。

ジェイ・ピー・シーバーグ

ジェイ・ピー・シーバーグ社(J. P. Seeburg Corporation)は、長時間盤の登場に強い関心を示した機器メーカーとして報じられました。『ザ・ビルボード(The Billboard)』1948年6月26日号は、同社が100枚のレコードの両面を扱える新しいジュークボックス兼家庭用機器を直近に送り出しており、その機構へ長時間盤をどのように適用できるか検討していると伝えています。新規格が業務用機器の設計にも波及し始めていたことを示す事例です。

アールシーエー・ヴィクター

アールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division, Radio Corporation of America)は、1948年6月にクラシック盤販売の底上げを狙う基本カタログ販促策を小売業者へ示しました。『ザ・ビルボード(The Billboard)』1948年6月26日号によると、同部門は約6か月の調査を踏まえ、アルバム盤と単品盤を含む400点のクラシック商品を、販売実績の安定した基本在庫として提示しました。これは、新形式発表とは別に、既存カタログ商品の販売強化を進めた動きです。

キング・レコード

キング・レコード社(King Records, Inc.)は、1948年6月にセンセーション・レコード(Sensation Records)との取引を通じ、トッド・ローズ(Todd Rhodes, 1899–1965)のマスター4点の権利を取得したと報じられました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1948年6月19日号は、これらがヴィタコースティック・レコード社(Vitacoustic Record Co.)を経たのちセンセーション・レコード(Sensation Records)へ戻り、そこからキング・レコード社(King Records, Inc.)へ移った経緯を記しています。同記事は、さらに60点のマスターも同時に取得されたと伝えています。

ハーモニア・レコード

ハーモニア・レコード(Harmonia Records)は、1948年6月にアムーク・レコード社(Amuke Records Company)の国際盤およびウクライナ系ポルカのカタログ取得を発表したと報じられました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1948年6月19日号は、アムーク・レコード社(Amuke Records Company)の所有者であるミルトン・オレクソン(Milton Olekson, 生没年不明)とジョン・オレクソン(John Olekson, 生没年不明)との長期契約に基づき、現金支払いと販売ロイヤルティが設定されたと説明しています。これは、民族音楽・地域市場向けカタログの再編を示す具体例です。

オートマティック・ミュージカル・インストゥルメント

オートマティック・ミュージカル・インストゥルメント社(Automatic Musical Instrument Company)は、新型Model “B” フォノグラフをめぐる販促局面で確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1948年6月12日号は、同機種の正式な披露がシカゴで行われ、業務用音楽機器業界の関係者を集めた展示機会となったことを報じました。新機種発表が、録音物の流通と密接なコイン式音楽機器市場で重視されていたことが分かります。

オートマティック・フォノグラフ・ディストリビューティング

オートマティック・フォノグラフ・ディストリビューティング社(Automatic Phonograph Distributing Company)は、1948年6月の業界紙で、新事務所・ショールーム開設とModel “B” フォノグラフ展示を同時に実施した販売会社として紹介されました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1948年6月12日号によると、同社は5月23日–24日の2日間に200人を超える音楽機器事業者を迎え、工場関係者や録音芸術家も参加しました。録音商品と再生機器の販売現場が一体化していた状況を示す資料です。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、業務用フォノグラフ市場に向けた販促参加で確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1948年6月12日号は、同社所属歌手ハル・ダーウィン(Hal Derwin, 1914–1998)が、オートマティック・ミュージカル・インストゥルメント社(Automatic Musical Instrument Company)のModel “B” 展示に来場し、自身の録音を同機で聴き、最新盤の署名入り複製を配布したと伝えています。レコード会社の宣伝活動が、コイン式音楽機器の販売現場と結び付いていたことが分かります。