1949年8月に録音された音楽
1949年8月は、戦後秩序の制度化と冷戦構造の緊張が同時に進んだ月です。8月12日には1949年8月12日のジュネーヴ諸条約(The Geneva Conventions of 12 August 1949)が採択され、戦時における傷病者、捕虜、文民保護の国際的枠組みが大きく整備されました。8月14日にはドイツ連邦共和国(Federal Republic of Germany)で1949年ドイツ連邦議会選挙が実施され、新国家の議会政治が始動しました。8月23日にはハーグ円卓会議(Round Table Conference at The Hague)が開幕し、オランダ王国(Kingdom of the Netherlands)とインドネシア共和国(Republic of Indonesia)をめぐる主権移譲交渉が本格化しました。8月24日には北大西洋条約(North Atlantic Treaty)が発効し、北大西洋地域の集団防衛体制が法的に始まりました。さらに8月29日、ソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)は初の核実験を実施し、核兵器をめぐる国際環境は新段階に入りました。文化面では、第10回ヴェネツィア国際映画祭(10. Mostra Internazionale d’Arte Cinematografica)が開催され、『マノン(Manon)』がサン・マルコ獅子賞・第1回国際大賞(Leone di San Marco, 1° Gran Premio Internazionale)を受賞しました。
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1949年8月の録音に関する情報のまとめ
1949年8月の録音産業では、33 1/3回転長時間盤、45回転盤、78回転盤の価格政策が同時に動き、媒体規格と販売戦略の再編が一段と進みました。デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)、エムジーエム・レコード(M-G-M Records)、マーキュリー・レコード社(Mercury Record Corporation)は、長時間盤対応をめぐる動きを強めました。アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は45回転盤の秋季販促を大規模化し、コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)を含む大手各社は78回転盤の値下げ圧力にも対応していました。さらに、ロンドン・レコード(London Records)は長時間盤の受注拡大を示し、アトランティック・レコード(Atlantic Records)は商品分野の拡張を進めました。1949年8月は、録音内容そのものだけでなく、レコード規格、再生機器、流通、販売促進が一体で再編されていた時期として位置づけられます。
デッカ・レコード社
1949年8月27日号のザ・ビルボード(The Billboard)は、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)が33 1/3回転長時間盤へ本格参入すると報じました。記事では、既存のミュージカル・アルバム、歌手別編集盤、器楽作品などを長時間盤化する方針が示され、同社が従来の78回転盤中心の販売構成から新規格市場へ踏み出したことが確認できます。1949年8月の同社は、既存カタログを新しい再生規格へ移し替えることで、アルバム市場への対応を加速させていました。
キャピトル・レコード社
1949年8月6日号のザ・ビルボード(The Billboard)は、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)が9月5日にテレフンケン(Telefunken)系クラシック・カタログの33 1/3回転長時間盤を発売する計画を報じました。初回分は21枚とされ、10インチ盤と12インチ盤を組み合わせた構成でした。さらに8月27日号では、同社がクラシックだけでなく、過去のポップ・アルバムも33 1/3回転長時間盤として展開する見通しが伝えられました。キャピトル・レコード社は、クラシックとポップの両面で長時間盤対応を広げ、複数規格併存を前提に商品戦略を整えていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1949/Billboard%201949-08-06.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1949/Billboard%201949-08-27.pdf
アールシーエー・ヴィクター
1949年8月20日号のザ・ビルボード(The Billboard)は、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)が45回転盤の秋季販促計画を進めていると報じました。計画には、新聞広告、店頭展示、ラジオ広告を組み合わせた広域的な販促が含まれ、低価格の再生機器と45回転盤を結びつけて普及を狙う姿勢が示されました。さらに8月27日付の報道では、秋季施策の開始時期が9月20日とされ、モデル9JYプレーヤーの価格を24.95ドルから12.95ドルへ引き下げる方針も報じられました。アールシーエー・ヴィクターは、45回転盤を専用機器と一体で市場へ浸透させる戦略を明確化していました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1949/Billboard%201949-08-20.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1949/Billboard%201949-09-03.pdf
コロムビア・レコード社
1949年8月13日号のザ・ビルボード(The Billboard)は、78回転盤の全国的な値下げ傾向を扱い、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)が始めた50%引き販売に、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)とコロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)が追随したと報じました。これにより、1949年8月のコロムビア・レコード社は、33 1/3回転長時間盤の先行企業であると同時に、従来規格である78回転盤の価格競争にも対応していたことが確認できます。新規格拡大と旧規格在庫処理が同時進行していた点は、この時期の市場環境を示す重要な要素です。
ロンドン・レコード
1949年8月13日号のザ・ビルボード(The Billboard)は、ロンドン・レコード(London Records)の初回長時間盤受注が、小売価格換算で約100万ドルに近づいたと報じました。受注は大都市だけでなく各地へ広がり、同社の長時間盤が全米的な関心を集めていたことが示されています。さらに8月27日付の報道では、需要に対応するため、英国から34,000枚の長時間盤を航空輸送する計画が伝えられました。ロンドン・レコードは、長時間盤市場の拡大を輸入盤供給と物流対応の両面から支えていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1949/Billboard%201949-08-13.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1949/Billboard%201949-09-03.pdf
マーキュリー・レコード社
1949年8月27日号のザ・ビルボード(The Billboard)は、マーキュリー・レコード社(Mercury Record Corporation)が33 1/3回転長時間盤の競争に加わっていると報じました。続く8月27日付の業界報道では、同社の長時間盤販売が伸び、今後3か月の発売点数を従来より大きく増やす方針が示されています。報道では、初期3か月で60,000枚のマイクログルーヴ盤を販売したこと、さらに各月15点規模の長時間盤投入を予定していることが記されました。マーキュリー・レコード社は、長時間盤を補助的商品ではなく、拡張対象の主力分野として扱い始めていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1949/Billboard%201949-08-27.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/40s/1949/Billboard%201949-09-03.pdf
エムジーエム・レコード
1949年8月27日号のザ・ビルボード(The Billboard)は、エムジーエム・レコード(M-G-M Records)が近い時期に33 1/3回転長時間盤市場へ参入する見通しを伝えました。記事では、映画音楽のサウンドトラック素材や既存カタログのパッケージ商品を、マイクログルーヴ盤として展開する可能性が示されています。映画会社系レーベルである同社にとって、映像作品と結びついた音源資産を長時間盤市場へ展開する動きは、1949年8月の重要な事業判断として確認できます。
アトランティック・レコード
1949年8月27日付のザ・ビルボード(The Billboard)は、アトランティック・レコード(Atlantic Records)が初のカントリー系商品を発売し、同分野の専属アーティスト契約にも踏み出したと報じました。従来の主力領域とは異なる分野へ商品展開を広げた点で、同社の事業拡張を示す動きです。1949年8月のアトランティック・レコードは、特定ジャンルにとどまらず、より広い市場へ進出する姿勢を明確にしていました。
タワー・レコード
1949年8月27日付のザ・ビルボード(The Billboard)は、タワー・レコード(Tower Records)が本社機能をシカゴからハリウッドへ移す方針を報じました。記事では、今後の録音活動と販売活動を西海岸側へ集中させる見通しが示されており、同社の事業運営体制が再編段階に入っていたことが分かります。これは規格競争とは別の側面から、1949年8月の録音産業で企業配置の見直しが進んでいたことを示す事例です。
