1949年11月に録音された音楽

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1949年11月に録音された音楽

1949年11月は、戦後世界の再編が制度面と経済社会面の双方で進んだ月でした。11月1日には中国科学院(Chinese Academy of Sciences)が発足し、中華人民共和国における科学研究体制の中核が整えられました。11月2日にはハーグ円卓会議でインドネシア主権移譲憲章(Charter of the Transfer of Sovereignty over Indonesia)が署名され、主権移譲に向けた法的枠組みが定まりました。アメリカ合衆国では、11月11日にユナイテッド・ステーツ・スチール社(United States Steel Corporation)とアメリカ鉄鋼労働者組合(United Steelworkers of America)が年金・社会保険を含む合意に達し、全国的な鉄鋼ストライキが収束しました。11月21日には国際連合総会(United Nations General Assembly)が国際連合総会決議289 A(IV)(United Nations General Assembly Resolution 289 A (IV))を採択し、リビアを統一独立国家とする方針を示しました。11月22日にはペータースベルク協定(Protocol of the Agreements Reached between the Allied High Commissioners and the Chancellor of the German Federal Republic at the Petersberg)が成立し、ドイツ連邦共和国の対外的地位回復に向けた動きが進みました。さらに11月26日、インド制憲議会(Constituent Assembly of India)はインド憲法(Constitution of India)を採択し、独立国家としての制度的基盤を確定させました。

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1949年11月の録音に関する情報のまとめ

1949年11月の録音産業では、長時間盤と45回転盤をめぐる規格競争が続くなか、主要企業が製造、販売、アーティスト獲得の各面で具体的な動きを見せました。ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター・ディヴィジョン(RCA Victor Division)は、45回転盤の普及促進と長時間盤の受託製造を並行して進めました。コロムビア・レコーディング・コーポレーション社(Columbia Recording Corporation, Inc.)では長時間盤販売の拡大が報じられ、ヴォックス・プロダクションズ社(Vox Productions, Inc.)は78回転盤から長時間盤への重点移行を明確にしました。デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)はダンス向け商品とカントリー音楽の両面で動きを示し、エムジーエム・レコード(M-G-M Records)も販売実績の伸長が業界紙で伝えられました。

アールシーエー・ヴィクター

1949年11月12日付『ザ・ビルボード(The Billboard)』は、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター・ディヴィジョン(RCA Victor Division)が、ニューヨークのカスタム盤プレス工場で複数の外部レーベル向けに長時間盤を製造していると報じました。同記事では、同工場が17台のプレスを備え、長時間盤の量産受託に対応できる体制を整えていると説明されています。さらに11月19日付同紙は、同社の45回転盤販売促進が小売段階で効果を上げ、プレーヤー、アタッチメント、レコードの販売が上向いたとする販売店調査を掲載しました。

コロムビア・レコーディング・コーポレーション

1949年11月9日付『ヴァラエティ(Variety)』は、コロムビア・レコーディング・コーポレーション社(Columbia Recording Corporation, Inc.)の第3四半期の音楽出版社向けロイヤルティ報告に基づき、長時間盤の売上が前四半期比で約20%増加したと報じました。同記事では、同社の全売上の約35%が長時間盤によって占められたとされ、1949年11月時点で同社の長時間盤事業が重要な収益源へ成長していたことが示されています。

ヴォックス・プロダクションズ

1949年11月12日付『ザ・ビルボード(The Billboard)』は、ヴォックス・プロダクションズ社(Vox Productions, Inc.)が78回転盤の扱いをやめ、長時間盤を中心とする方針を示したと報じました。クラシック音楽を主力とする独立系企業が、1949年末にかけて新しい記録媒体へ明確に軸足を移し始めていたことを示す動きです。

デッカ・レコード

1949年11月26日付『ザ・ビルボード(The Billboard)』は、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)がダンス向けレコード分野の強化に動いていると伝えました。同号はあわせて、ビル・モンロー(Bill Monroe, 1911–1996)がコロムビアからデッカへ移り、11月3日にナッシュヴィルで最初の録音が行われたと報じています。これは、同社が1949年11月にポピュラー音楽とカントリー音楽の双方で録音企画を拡充していたことを示す具体的な動きです。

エムジーエム・レコード

1949年11月16日付『ヴァラエティ(Variety)』は、エムジーエム・レコード(M-G-M Records)の第3四半期における音楽出版社向けロイヤルティ支払額が、第2四半期比で約11%増加したと報じました。同記事では、前年同時期との比較でも支払額が増加したとされ、1949年11月時点で同社のレコード販売が拡大基調にあったことが確認できます。