1950年4月に録音された音楽
1950年4月は、戦後秩序の再編が政治・社会・公衆衛生の各分野で進んだ月でした。4月1日、アメリカ合衆国では1950年アメリカ合衆国国勢調査(1950 United States Census)が実施されました。4月7日には、世界保健機関(World Health Organization)が定めた世界保健デー(World Health Day)が初めて実施されました。4月8日、インドとパキスタンはインド政府およびパキスタン政府間の少数者の安全と権利に関する協定(Agreement Between the Governments of India and Pakistan Regarding Security and Rights of Minorities)に署名しました。4月13日、中華人民共和国では中華人民共和国婚姻法(Marriage Law of the People’s Republic of China)が採択され、同日、カイロではアラブ連盟諸国間の共同防衛および経済協力条約(Treaty of Joint Defense and Economic Cooperation between the States of the Arab League)が作成されました。4月14日、アメリカ合衆国では国家安全保障会議文書第六十八号「アメリカ合衆国の国家安全保障目的と計画」(National Security Council Paper NSC-68, “United States Objectives and Programs for National Security”)が示されました。4月24日には、ヨルダン・ハシミテ王国(Hashemite Kingdom of Jordan)で、ヨルダン川東岸と西岸の統一が議会決議によって承認されました。
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1950年4月の録音に関する情報のまとめ
1950年4月の録音産業では、アメリカ合衆国市場を中心に、七インチ長時間盤、四十五回転盤、三十三と三分の一回転盤をめぐる競争が引き続き大きな焦点となっていました。コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)は七インチ長時間盤の販促を継続し、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は三十三と三分の一回転盤分野への本格参入を打ち出しました。マーキュリー・レコード・コーポレーション(Mercury Record Corporation)は四十五回転盤を訴求し、ロウズ・インコーポレイテッド(Loew’s Incorporated)のエムジーエム・レコード(M-G-M Records)は番組・映画宣伝と連動した販促を展開しました。さらに、ザ・ルドルフ・ワーリッツァー・カンパニー(The Rudolph Wurlitzer Company)では新しい回転数規格への対応需要が確認され、キング・レコード社(King Records, Inc.)は複数ジャンルで出演者契約を拡充していました。
コロムビア・レコード
1950年4月、コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)は、七インチ長時間盤の販売訴求を継続していました。1950年4月8日付『ザ・ビルボード』(The Billboard)では、同社の七インチ長時間盤広告が確認でき、長時間盤を家庭向けの新しいレコード形態として定着させようとする販売姿勢が読み取れます。四十五回転盤を押し出す競合各社との対抗関係の中で、コロムビア・レコード社は長時間盤の利便性を前面に据えた販促を続けていました。
アールシーエー・ヴィクター
1950年4月22日付『ザ・ビルボード』(The Billboard)は、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)が、三十三と三分の一回転盤分野への本格参入を打ち出したと報じました。これは、従来強く推進していた四十五回転盤に加え、長時間盤市場にも明確に対応する方針を示した動きでした。1950年4月の資料上では、アールシーエー・ヴィクターが新しい複数規格の並立を前提に市場戦略を組み替えていたことが確認できます。
マーキュリー・レコード
1950年4月8日付『ザ・ビルボード』(The Billboard)では、マーキュリー・レコード・コーポレーション(Mercury Record Corporation)の四十五回転盤広告が確認できます。同社が1950年4月時点で四十五回転盤を積極的に商業訴求していたことは資料上明らかです。長時間盤と四十五回転盤が併存しながら市場競争を強めるなか、マーキュリー・レコード・コーポレーションも新規格対応を前面に出していました。
エムジーエム・レコード
1950年4月15日付『ザ・キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)は、ロウズ・インコーポレイテッド(Loew’s Incorporated)のエムジーエム・レコード(M-G-M Records)が、映画公開と連動したアルバム宣伝を進めていた事例を掲載しました。記事では、放送関係者への直接的なプロモーション活動が紹介されており、同社がレコード販売を映画宣伝と結び付けて展開していたことが確認できます。また、同時期の資料では、エムジーエム・レコード契約の機会を含むタレント発掘企画も報じられており、録音商品の販促と出演者発掘を並行して進めていたことがうかがえます。
ザ・ルドルフ・ワーリッツァー・カンパニー
1950年4月15日付『ザ・キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)は、ザ・ルドルフ・ワーリッツァー・カンパニー(The Rudolph Wurlitzer Company)の新型ジュークボックスについて、四十五回転盤および三十三と三分の一回転盤への対応需要が高まっていたと報じました。記事では、既存機器の変換用キットに対する注文が集まり、同社がバックオーダー対応と追加出荷を進めていたことが記録されています。新しいレコード規格の普及は、レコード会社だけでなく再生機器メーカーの営業活動にも直接影響を及ぼしていました。
キング・レコード
1950年4月15日付『ザ・キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)は、キング・レコード社(King Records, Inc.)が、ヒルビリー/ウェスタン部門およびブルース/リズム部門で新たな出演者契約を進めていたと報じました。1950年4月の資料上では、同社が特定の一部門に偏らず、複数ジャンルのレパートリー拡充を同時に図っていたことが確認できます。これは、戦後の大衆音楽市場の多層化に対応する動きとして位置づけられます。
