1950年7月に録音された音楽
1950年7月は、冷戦の緊張、戦後秩序の再編、社会制度の強化、科学技術の進展、国際的な大衆文化の拡大が重なった月でした。1950年7月7日、国際連合安全保障理事会(United Nations Security Council)は国際連合安全保障理事会決議第84号(United Nations Security Council Resolution 84 (1950))を採択し、朝鮮半島での軍事支援体制を具体化しました。イスラエル国会(Knesset)は1950年7月5日、帰還法(Law of Return, 5710–1950)を可決しました。南アフリカ連邦(Union of South Africa)では、1950年7月に集団地域法(Group Areas Act, 1950; Act No. 41 of 1950)が成立し、人種別の居住・土地利用統制が制度化されました。欧州経済協力機構(Organisation for European Economic Co-operation)は1950年7月7日、欧州決済同盟(European Payments Union)を創設する決定を公表し、域内決済の再建を進めました。ベルギーでは1950年7月22日、ベルギー国王レオポルド3世(Leopold III, 1901–1983)がブリュッセルへ戻りました。科学技術では1950年7月24日、バンパー8号(Bumper 8)がケープ・カナベラルから打ち上げられました。文化面では1950年7月16日、1950年国際サッカー連盟ワールドカップ・ブラジル大会(1950 FIFA World Cup Brazil)でウルグアイ代表がブラジル代表を2対1で下し、優勝を決めました。
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1950年7月の録音に関する情報のまとめ
1950年7月の録音産業では、45回転盤と33 1/3回転長時間盤の普及が、販売制度、在庫処理、機器開発を巻き込みながら一段と進みました。デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は45回転盤市場への参入を表明し、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ社(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division)、ロンドン・グラモフォン社(The London Gramophone Corporation)、マーキュリー・レコード社(Mercury Record Corporation)は、交換制度や購入特典を通じて販売促進を図りました。大手各社では販促・録音部門の再編も進み、独立系レーベルでは契約拡充、新譜投入、流通整備が活発化しました。自動蓄音機分野では、45回転盤専用機の提案も確認できます。
デッカ・レコード
デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、1950年7月に45回転盤市場への参入を発表しました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1950年7月22日号によると、初回発売は少なくとも50組のアルバムと多数のシングル盤で構成され、1950年8月15日の発売が予定されていました。同社は、新作シングルを45回転盤と78回転盤の双方で制作する方針を示し、既存カタログの一部も45回転盤へ移す計画を明らかにしました。
アールシーエー・ヴィクター
ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ社(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division)は、45回転盤の販売促進として、販売店が5ドル分の45回転盤を仕入れる際、1ドル分の78回転盤を返品できる交換制度を実施しました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1950年7月8日号は、この制度を、夏季需要の下支えと旧方式在庫の整理を兼ねた販売施策として報じています。
ロンドン・グラモフォン
ロンドン・グラモフォン社(The London Gramophone Corporation)が展開するロンドン・レコード(London Records)は、販売店向けの「サマー・プラン」を展開しました。販売店は3ドル分の長時間盤を購入する際、銘柄を問わず1ドル分の78回転盤を返品でき、制度は1950年8月15日まで有効とされました。また、同社は1950年7月に歌手との録音契約を進め、レーベルの陣容拡充を図っていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1950/CB-1950-07-08.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1950/CB-1950-07-29.pdf
マーキュリー・レコード
マーキュリー・レコード社(Mercury Record Corporation)は、ジュークボックス運営者向けの購入特典制度を大規模に打ち出しました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1950年7月22日号によると、1950年7月15日–8月15日の期間、1,000枚購入で250枚、500枚購入で100枚、100枚購入で10枚の追加レコードを受け取れる制度が案内されていました。45回転盤や長時間盤の普及が進む中で、同社は運営者向け需要の取り込みを積極化していました。
キャピトル・レコード
キャピトル・レコード社(Capitol Records Inc.)は、1950年7月に販売促進体制を強化しました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1950年7月22日号によると、同社は総合販促マネージャーの人事を行い、ポピュラー、フォーク・アンド・ウェスタン、リズム・アンド・ブルース、児童向けの各部門を横断して販促活動を統括する体制を整えました。
エムジーエム・レコード
エムジーエム・レコード社(M-G-M Records, Inc.)は、販売店向け資料の整備を進めていました。『ザ・ビルボード(The Billboard)』1950年7月15日号は、同社が初の番号順カタログを準備しており、販売店への配布を予定していたと伝えています。これは、増加する商品数を整理し、流通・販売の現場で扱いやすくするための基盤整備と位置づけられます。
オリオール・レコード
オリオール・レコード社(Oriole Records Corporation)は、ジュークボックス運営者を中心に組織された新興レーベルとして動きを強めました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1950年7月22日号は、同社の初回発売盤について、1週間未満で10,000枚超を販売したとの報告を紹介しています。さらに追加盤の投入が進められ、他地域への流通拡大に向けて販売網の整備も進行していました。
リスタウクラット
リスタウクラット社(Ristaucrat, Inc.)は、45回転盤専用の自動蓄音機を市場に提示しました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1950年7月8日号によると、この機器は45回転盤のみを扱う小型機として紹介され、運営者向け価格は約165ドル、重量は約30ポンド、寸法は12×12×16インチとされていました。レコード方式の多様化が、再生機器側の商品設計にも直接影響していたことが確認できます。
コロムビア・レコード
コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)は、1950年7月に西海岸のアーティスト・アンド・レパートリー部門(Artists & Repertoire)の責任者人事を発表しました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1950年7月29日号によると、新任者はハリウッド録音拠点での選曲と録音制作を担い、1950年8月15日に就任予定とされました。これにより、同社は西海岸での制作体制を再編する姿勢を示しました。
スペシャルティ・レコード
スペシャルティ・レコード社(Specialty Records, Inc.)は、1950年7月にキング・ペリー・アンド・ヒズ・ピードパイパーズ・オブ・スウィングダム(King Perry and His Piedpipers of Swingdom)との専属録音契約を発表しました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1950年7月29日号は、契約直後に新録音が行われ、短期間で全国流通に乗せられたことを伝えています。独立系レーベルが地域色の強い演奏団体を迅速に商品化する動きが確認できます。
キング・レコード
キング・レコード社(King Records, Inc.)は、1950年7月に新作楽曲の募集と審査体制を強化しました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1950年7月29日号によると、同社は未出版のオリジナル楽曲を対象に、プロ・アマを問わずオーディション録音による応募を受け付ける方針を示しました。採用された楽曲については、出版決定後6か月以内の録音を保証すると説明されていました。
