1950年6月に録音された音楽
この月の確認されている録音:0曲1950年6月は、司法、人種政策、金融制度、科学技術、国際文化協力、戦争と集団安全保障が大きく動いた月です。6月5日、アメリカ合衆国最高裁判所(Supreme Court of the United States)は、スウェット対ペインター事件(Sweatt v. Painter)とマクローリン対オクラホマ州高等教育評議会事件(McLaurin v. Oklahoma State Regents for Higher Education)で、人種分離を伴う高等教育制度に違憲判断を示しました。6月12日には韓国銀行(Bank of Korea)が発足し、6月17日には教育的、科学的及び文化的資材の輸入に関する協定(Agreement on the Importation of Educational, Scientific and Cultural Materials)が採択されました。6月20日、アメリカ合衆国国立標準局(National Bureau of Standards)のスタンダーズ・エレクトロニック・オートマティック・コンピューター(Standards Electronic Automatic Computer。のちのスタンダーズ・イースタン・オートマティック・コンピューター(Standards Eastern Automatic Computer))の献納式が行われました。6月22日には南アフリカ連邦(Union of South Africa)で人口登録法(Population Registration Act, 1950)が裁可されました。6月25日に朝鮮戦争(Korean War)が勃発し、同日に国際連合安全保障理事会決議第82号(United Nations Security Council Resolution 82)、6月27日に国際連合安全保障理事会決議第83号(United Nations Security Council Resolution 83)が採択されました。
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1950年6月の録音に関する情報のまとめ
1950年6月の録音関連資料では、主要企業が新しい再生方式への対応、録音芸術家の補強、アルバム企画の拡充、レーベル再編を並行して進めていたことが確認できます。コロンビア・レコード(Columbia Records)は長時間再生盤向けの再生機器を訴求し、コーラル・レコード(Coral Records)とデッカ・レコード(Decca Records)は契約芸術家と企画作品の強化を進めました。アールシーエー・ビクター(RCA Victor)は新契約演奏家のアルバム制作と45回転盤用蓄音機の販促を展開し、チェス・レコード(Chess Records)は旧レーベルからの移行を明確に打ち出しました。
コロンビア・レコード
『ザ・ビルボード(The Billboard)』1950年6月17日号では、コロンビア・レコード(Columbia Records)がコロンビア・エルピー・チェンジャー・アタッチメント モデル104(Columbia LP Changer Attachment Model 104)を訴求していたことが確認できます。長時間再生盤の普及が進む中で、同社はレコード作品だけでなく、33 1/3回転盤の再生に対応する付属機器も販売資料の中で前面に押し出していました。
コーラル・レコード
『ラジオ・アンド・テレビジョン・リテイリング(Radio & Television Retailing)』1950年6月号は、コーラル・レコード(Coral Records)が、デッカ・レコード(Decca Records)の傘下レーベルとして新規録音芸術家の契約を進めていたことを伝えています。記事では、アーティ・ウェイン(Artie Wayne, 生没年不明)を含む複数の新契約者が挙げられており、同レーベルが1950年6月時点で録音陣容の拡充を図っていたことが確認できます。
デッカ・レコード
『ラジオ・アンド・テレビジョン・リテイリング(Radio & Television Retailing)』1950年6月号によれば、デッカ・レコード(Decca Records)は、ラウリッツ・メルヒオール(Lauritz Melchior, 1890–1973)を、ジークムント・ロンバーグ(Sigmund Romberg, 1887–1951)のオペレッタ『学生王子』(The Student Prince)アルバムの主役として契約しました。同資料では、ジェーン・ウィルソン(Jane Wilson, 生没年不明)、リー・スウィートランド(Lee Sweetland, 生没年不明)、グロリア・レーン(Gloria Lane, 生没年不明)が参加し、ヴィクター・ヤング(Victor Young, 1900–1956)が合唱と管弦楽を指揮すると記されています。これは、同社が声楽・舞台音楽系のアルバム企画を継続的に強化していたことを示す当月資料です。
アールシーエー・ビクター
『アールシーエー・ピクチャー(RCA Picture)』1950年6月号は、アールシーエー・ビクター(RCA Victor)が、ジーン・クルーパ(Gene Krupa, 1909–1973)とフランキー・カール(Frankie Carle, 1903–2001)との新規録音契約後、デザインド・フォー・ダンシング(Designed for Dancing)シリーズ向けアルバム制作を進めていたことを示しています。ジーン・クルーパ(Gene Krupa, 1909–1973)はファッツ・ウォーラー(Fats Waller, 1904–1943)作品、フランキー・カール(Frankie Carle, 1903–2001)はフランク・レッサー(Frank Loesser, 1910–1969)作品のアルバムを録音したと記されています。さらに同号では、ヴィクトローラ「45」蓄音機(Victrola “45” Phonograph)に、20曲入りのアールシーエー・ビクター「45」アルバム(RCA Victor “45” Album)を組み合わせた期間限定販売が訴求されており、録音作品と再生機器を一体で売り出す販促策も確認できます。
チェス・レコード
1950年6月3日付の『ザ・ビルボード(The Billboard)』では、アリストクラット・レコード(Aristocrat Records)からチェス・レコード(Chess Records)への移行が告知されました。チェス・レコード(Chess Records)の初期発売盤としては、ジーン・アモンズ(Gene Ammons, 1925–1974)の「マイ・フーリッシュ・ハート」(My Foolish Heart)を収めたChess 1425が確認されます。1950年6月は、同レーベルが新名称のもとで本格的に出発した時期として位置づけられます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1950/Billboard%201950-06-03.pdf
- https://www.chicago.gov/content/dam/city/depts/zlup/Historic_Preservation/Publications/Chess_Records_Office_and_Studio.pdf
- https://www.chessrecords.com/timeline/1950-june/
