1950年5月に録音された音楽
1950年5月は、戦後体制の制度化と地域秩序の再編が並行して進んだ月でした。5月1日、国際連合パレスチナ難民救済事業機関(United Nations Relief and Works Agency for Palestine Refugees in the Near East)が業務を開始し、パレスチナ難民支援が本格化しました。5月5日、タイ王国ではプーミポン・アドゥンヤデート(Bhumibol Adulyadej, 1927–2016)の戴冠式が行われました。5月6日、デンマークでトールンド・マン(Tollund Man)が発見され、考古学上の重要な資料となりました。5月9日、ロベール・シューマン(Robert Schuman, 1886–1963)がシューマン宣言(Schuman Declaration)を発表し、欧州統合構想が公然化しました。5月10日、アメリカ合衆国では国立科学財団法(National Science Foundation Act of 1950)が成立し、国立科学財団(National Science Foundation)が設立されました。5月13日、シルバーストーン・サーキット(Silverstone Circuit)で1950年イギリスグランプリ(1950 British Grand Prix)が開催され、国際自動車連盟フォーミュラ1世界選手権(FIA Formula One World Championship)の初戦となりました。5月25日には三国宣言(Tripartite Declaration Regarding the Armistice Borders)が発表され、中東の休戦境界をめぐるアメリカ合衆国、イギリス、フランスの立場が示されました。
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1950年5月の録音に関する情報のまとめ
1950年5月の録音産業では、33 1/3回転ロングプレイング盤と45回転盤をめぐる規格競争が、レコード会社と再生機器メーカーの双方で継続していました。コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)は7インチ・ロングプレイング盤の広告展開を続け、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は45回転盤をめぐる議論の中心にありました。一方、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は教育用ディスク事業へ進出し、レミントン・レコード社(Remington Records, Inc.)はロングプレイング盤の大幅値下げを打ち出しました。コーラル・レコード社(Coral Records, Inc.)は制作体制を強化し、イーストリー・レコード(Eastly Records)は新規参入を表明しました。さらに、ルドルフ・ウーリッツァー社(The Rudolph Wurlitzer Company)は複数回転数への対応を前面に出した業務用再生機器を訴求しており、録音・発売・再生をめぐる市場再編が同時進行していたことが確認できます。
コロムビア・レコード
1950年5月13日号および5月20日号の『ビルボード(The Billboard)』には、コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)による7インチ・ロングプレイング盤の広告が掲載されています。同社は、33 1/3回転方式を基盤とする小型ロングプレイング盤を引き続き市場へ訴求しており、1950年5月時点でもこの販売方針を継続していたことが確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1950/Billboard%201950-05-13.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1950/Billboard%201950-05-20.pdf
アールシーエー・ヴィクター
1950年5月13日号の『ビルボード(The Billboard)』は、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のデイヴィッド・サーノフ(David Sarnoff, 1891–1971)が、45回転盤をめぐる業界論争の中でコロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)の将来的な対応に言及したと報じました。この記事は、1950年5月時点でアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)が推進する45回転方式と、コロムビア側の33 1/3回転方式との競争が、引き続き業界の主要論点であったことを示しています。
デッカ・レコード
1950年5月20日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』は、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)とアメリカン・ブック社(American Book Company)が、教育用録音教材を扱うオーディオ・エデュケーション社(Audio Education, Inc.)を共同設立したと報じました。同記事によれば、初回企画にはアメリカン・シンガー・アルバム(American Singer albums)が含まれ、学校教育とレコード制作を結びつける新事業として位置づけられていました。
コーラル・レコード
1950年5月20日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』は、コーラル・レコード社(Coral Records, Inc.)がジョージ・ケイツ(George Cates, 1911–2002)を西海岸音楽監督に任命したと報じました。記事では、ジョージ・ケイツが録音スターの伴奏制作にも関わると説明されており、同社が西海岸側の制作体制を強化していたことが確認できます。
イーストリー・レコード
1950年5月20日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』は、新興レーベルのイーストリー・レコード(Eastly Records)が、スチュアート・フォスター(Stuart Foster, 生没年未確認)の2面盤をもって参入したと報じました。同記事は、同レーベルが当該盤を直ちに発売する予定であったことを伝えており、1950年5月の新規レーベル動向として確認できます。
レミントン・レコード
1950年5月27日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』は、レミントン・レコード社(Remington Records, Inc.)がロングプレイング盤の価格を大幅に引き下げたと報じました。記事によれば、同社のポピュラー盤およびセミクラシック盤の33 1/3回転ロングプレイング盤は、従来の2.85ドルから99セントへ改定されました。さらに、クラシック盤についても10インチ盤1.49ドル、12インチ盤1.99ドルという新価格が示され、価格競争を前面に出した施策であったことが確認できます。
ルドルフ・ウーリッツァー
1950年5月27日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』に掲載された広告では、ルドルフ・ウーリッツァー社(The Rudolph Wurlitzer Company)がトゥエルブ・フィフティ・フォノグラフ(Twelve Fifty Phonograph)について、78回転盤、45回転盤、33 1/3回転盤への対応を訴求していました。同広告は、既存のウォールボックスやスピーカーを活用できる点も強調しており、複数規格に対応する業務用再生機器が販売上の重要な論点となっていたことを示しています。
