1950年9月に録音された音楽
1950年9月は、朝鮮戦争(Korean War)の戦局転換と冷戦体制の制度化が同時に進んだ月でした。9月8日、アメリカ合衆国で国防生産法(Defense Production Act of 1950)が成立し、戦時需要に対応する生産・価格・物資配分の統制基盤が整えられました。9月15日にはクロマイト作戦(Operation Chromite)が始まり、同月28日までにソウルは奪回されました。9月19日、国際連合総会第5回通常会期(Fifth Regular Session of the United Nations General Assembly)が開会し、同日にはヨーロッパ決済同盟設立協定(Agreement for the Establishment of a European Payments Union)が成立しました。9月23日にはアメリカ合衆国議会が1950年国内治安法(Internal Security Act of 1950)を成立させ、国内反共政策が強化されました。9月28日、インドネシア共和国(Republic of Indonesia)は国際連合(United Nations)の60番目の加盟国となりました。学術面では、9月4日–9日にチューリヒで第1回世界社会学・政治学会議(First World Congress of Sociology and Political Science)が開催され、文化面では第11回ヴェネツィア国際映画祭(11. Mostra Internazionale d’Arte Cinematografica)が8月19日–9月9日に開かれました。
この月の確認されている録音:0曲
1950年9月の録音に関する情報のまとめ
1950年9月の米国録音産業では、秋季商戦と年末需要を見据えた販促、流通網の再編、歌手契約の更新、新録音企画の前倒しが並行して進みました。アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は45回転盤を軸に大規模な販促計画を展開し、コロムビア・レコード(Columbia Records)は映画関連録音の放送向け宣伝を強めました。キャピトル・レコード(Capitol Records)はアルバム販売とテレビ露出を結びつけ、マーキュリー・レコード(Mercury Records)はエディ・ハワード(Eddy Howard, 1914–1963)の録音体制を刷新しました。デッカ・レコード(Decca Records)、コーラル・レコード(Coral Records)、ロンドン・レコード(London Records)では新録音・専属契約の動きが確認され、独立系各社やウェストミンスター・レコード(Westminster Records)、ライト・レコード社(Wright Record Corporation)では販売・物流体制の整備が進められました。
アールシーエー・ヴィクター
アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、1950年9月に同社最大級の秋季レコード販促計画を打ち出しました。施策には、ディスクジョッキー向け宣伝、ラジオ・テレビ番組との連動、2種類の新カタログ投入、レッド・シール(Red Seal)商品の重点販売、新聞・雑誌広告の拡充が含まれていました。さらに、45回転盤再生機の購入者に対し、5か月間にわたり毎月1枚の特典盤を選べるボーナス・ブック(Bonus Book)を配布する販売策も示されました。
コロムビア・レコード
コロムビア・レコード(Columbia Records)は、映画『My Blue Heaven』関連録音の宣伝として、ディスクジョッキー向けに映画の場面を再現する台本付き郵送物を送りました。放送担当者に番組内での演出を促す内容で、映画公開とレコード販促を直接結びつけた施策でした。加えて、同月の広告では、子ども向けセット盤や7インチ長時間盤を含む季節商品の訴求が確認できます。
キャピトル・レコード
キャピトル・レコード(Capitol Records)は、イマ・スマック(Yma Sumac, 1922–2008)のアルバム『Songs of Xtabay』を重点商品として扱い、東部主要市場での販促展開を進めました。また、ケイ・スター(Kay Starr, 1922–2016)がテレビ出演時に歌唱した「Wabash Cannonball」について、注文が再び伸び、同社が再プレスを行ったことも報じられています。テレビ露出が既発売盤の需要を再活性化させる事例として示されています。
マーキュリー・レコード
マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、エディ・ハワード(Eddy Howard, 1914–1963)を従来のバンド録音中心から、スタジオ・オーケストラと合唱を伴う歌手主体の録音へ切り替える方針を進めました。初回の新録音には「The Red We Want Is the Red We’ve Got in the Old Red, White and Blue」と「I’m Forever Blowing Bubbles」が組み合わされ、同社はこれらの初回盤見本をジュークボックス運営者へ無償配布し、ディスクジョッキー向けにも広く送付する計画を示しました。
デッカ・レコード
デッカ・レコード(Decca Records)では、年末商戦を見据えた季節曲「Snowy White Snow and Jingle Bells」について、アンドリューズ・シスターズ(The Andrews Sisters)による西海岸での録音が翌週に予定されていると報じられました。同曲は複数社が競って録音を準備していた作品であり、デッカ・レコード(Decca Records)もクリスマス需要を早期に見込んだ制作計画を進めていました。
ウェストミンスター・レコード
ウェストミンスター・レコード(Westminster Records)は、従来営業担当者が扱っていた3地域について販売代理店制へ移行しました。ニューヨーク市周辺、ニューヨーク州北部、ニューイングランドの流通をそれぞれ代理店へ委ねる体制が整えられ、同社のクラシック録音販売網は地域ごとの再編段階に入っていました。
コーラル・レコード
コーラル・レコード(Coral Records)は、コニー・ヘインズ(Connie Haines, 1921–2008)との専属契約を2年間更新し、あわせてデニー・ヴォーン(Denny Vaughn, 生没年不明)を新たに契約しました。コニー・ヘインズ(Connie Haines, 1921–2008)は同社初期の主要歌手の一人として継続起用され、デニー・ヴォーン(Denny Vaughn, 生没年不明)は歌唱、編曲、ピアノ、指揮を兼ねる多面的な人材として紹介されています。
アトランティック・レコード、ジュビリー・レコード、ナショナル・レコード、リーガル・レコード
アトランティック・レコード(Atlantic Records)、ジュビリー・レコード(Jubilee Records)、ナショナル・レコード(National Records)、リーガル・レコード(Regal Records)は、シカゴで共同流通体制を構築する計画を進めました。4社は商品9,000ドル相当と現金1,000ドルを拠出し、独立系レーベルによる協同販売組織の整備を図りました。大手企業とは異なる販売経路を安定化させる動きとして確認できます。
ライト・レコード社
ライト・レコード社(Wright Record Corporation)は、倉庫と営業事務所をニュージャージー州ユニオンシティへ移転しました。1950年9月時点で、同社は流通・営業機能の再配置を進めており、東部市場への対応を意識した物流拠点の見直しが行われていました。
ロンドン・レコード
ロンドン・レコード(London Records)は、歌手ロリー・レイン(Lorry Raine, 生没年不明)と1年契約を結び、さらに1年延長の選択権を付けたと報じられました。直近の2作品はユニヴァーサル・レコード(Universal Records)制作音源をロンドン・レコード(London Records)が発売していたもので、同社は外部マスターの取得と専属契約の両面から歌手ラインアップを拡充していました。
