1951年3月に録音された音楽
1951年3月は、冷戦下の安全保障、資源主権、文化、電子計算機の実用化が同時に進んだ月でした。3月4日–11日、インドのニューデリーで第1回アジア競技大会(First Asian Games)が開催されました。3月6日、ローゼンバーグ事件(Rosenberg case)の連邦裁判が始まり、3月29日に有罪評決が下されました。3月14日–15日、朝鮮戦争(Korean War)ではソウルが再占領されました。3月15日–20日、イランでは石油産業国有化をめぐる法的措置が議会で進みました。3月29日、第23回アカデミー賞(The 23rd Academy Awards)で『イヴの総て』(All About Eve)が作品賞を受賞しました。3月31日、アメリカ合衆国国勢調査局(United States Census Bureau)はユニバック・ワン(UNIVAC I)の契約を締結しました。
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1951年3月の録音に関する情報のまとめ
1951年3月の録音産業では、45回転盤の拡大、ジュークボックス市場への対応、舞台音楽アルバムの権利獲得、アーティスト契約の強化、販売・宣伝部門の再編が並行して進みました。『キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)では、45回転盤が全レコード売上の3分の1超を占めるまでに伸長したとの見通しが示され、音楽オペレーター向け市場の重要性も強調されています。同月資料では、デッカ・レコード(Decca Records)、アールシーエー・ヴィクター・レコード部門(RCA Victor Record Department)、キャピトル・レコード・インコーポレイテッド(Capitol Records, Inc.)、サヴォイ・レコード(Savoy Records)、マーキュリー・レコード(Mercury Records)、ルドルフ・ウーリッツァー社(The Rudolph Wurlitzer Company)の具体的な動きが確認できます。
デッカ・レコード
1951年3月10日号の『ビルボード』(The Billboard)は、デッカ・レコード(Decca Records)がブロードウェイ・ミュージカル『王様と私』(The King and I)のキャスト・アルバム権を獲得したと報じました。これは、同社が舞台音楽を重要な録音商品として位置づけていたことを示す動きです。さらに、3月24日号の『キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)では、デッカ・レコード(Decca Records)がミュージック・オペレーターズ・オブ・アメリカ(Music Operators of America)の大会に合わせ、音楽オペレーター向けの販促広告を展開していたことが確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1951/Billboard%201951-03-10.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1951/CB-1951-03-24.pdf
アールシーエー・ヴィクター
1951年3月24日号の『キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)には、アールシーエー・ヴィクター・レコード部門(RCA Victor Record Department)の見解として、45回転盤が総レコード売上の3分の1超を占め、1951年中に主要方式へ進む可能性が示されています。同記事は、45回転盤がジュークボックス市場でも重要度を増していたことを明確に示しています。また、3月31日号では、アールシーエー・ヴィクター部門(RCA Victor Division)がリズム・アンド・ブルースおよびスピリチュアル分野で5組の新規契約を進めたと報じられ、同社が新興市場と新たな演奏家層の開拓を重視していたことが確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1951/CB-1951-03-24.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1951/CB-1951-03-31.pdf
キャピトル・レコード
1951年3月31日号の『キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)は、キャピトル・レコード・インコーポレイテッド(Capitol Records, Inc.)がアーティスト・アンド・レパートリー部門の責任者交代を発表したと報じています。記事では、同社がレパートリー活動の強化を進めていたことが示されています。同じ号では、キャピトル・レコード・ディストリビューティング・カンパニー(Capitol Records Distributing Company)がニューヨーク地区のディスクジョッキー向け宣伝担当を任命したとも報じられており、制作部門と販売促進部門の双方で体制整備が進んでいたことが確認できます。
サヴォイ・レコード
1951年3月31日号の『キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)では、サヴォイ・レコード(Savoy Records)が既存の有力歌手との長期契約を更新し、あわせて新たな歌手契約を進めたと報じられています。記事は、同社がリズム・アンド・ブルース市場で主力演奏家の維持と新規人材の追加を同時に進めていたことを示しています。
マーキュリー・レコード
1951年3月31日号の『キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)では、マーキュリー・レコード(Mercury Records)が女性歌手と3年契約を結んだことが紹介されています。これは、同社が1951年春の時点でポピュラー歌手の陣容拡充を進めていたことを示す当月資料です。マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、同月の業界紙上で音楽オペレーターや販売現場に向けた存在感を強めており、契約面と市場浸透の両方で活動が確認できます。
ルドルフ・ウーリッツァー社
1951年3月24日号の『キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)には、ルドルフ・ウーリッツァー社(The Rudolph Wurlitzer Company)が48曲選択式の全回転数対応自動演奏機を前面に押し出した広告を掲載しています。広告では、複数回転数のレコードを扱えることと、約30秒のチェンジオーバーが強調されており、同社がレコード規格の多様化に対応する機器販売を重視していたことが確認できます。
