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1951年5月に録音された音楽

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1951年5月に録音された音楽

1951年5月は、冷戦下の軍事・外交上の緊張と、戦後社会の再建を象徴する文化事業が同時に進んだ月でした。朝鮮戦争(Korean War)では、5月15日–16日に中部戦線で大規模な攻勢が再拡大し、戦局は再び緊迫しました。国際連合総会(United Nations General Assembly)は5月18日、国際連合総会決議第500号(V)(United Nations General Assembly Resolution 500 (V))を採択し、朝鮮半島をめぐる紛争への追加措置として戦略物資の禁輸を勧告しました。ボリビアでは5月6日の総選挙後、5月16日に大統領が辞任し、軍事評議会へ政権が移りました。5月23日には、中央人民政府とチベット地方政府によるチベット平和解放措置に関する協定(Agreement of the Central People’s Government and the Local Government of Tibet on Measures for the Peaceful Liberation of Tibet)が署名されました。科学技術面では、アメリカ合衆国がエニウェトク環礁でグリーンハウス作戦(Operation GREENHOUSE)を継続し、5月9日にジョージ(GEORGE)、5月25日にアイテム(ITEM)の核実験を実施しました。文化面では、5月3日にフェスティバル・オブ・ブリテン(Festival of Britain)が開幕し、ロイヤル・フェスティバル・ホール(Royal Festival Hall)も同日に正式開館しました。

この月の確認されている録音:0曲

1951年5月の録音に関する情報のまとめ

1951年5月の録音関連資料では、長時間盤をめぐる新規参入、既存レーベル間の発売協定、リズム・アンド・ブルース分野の拡張、携帯型再生機と45回転盤を軸にした販促強化、さらに78回転盤・45回転盤・33⅓回転盤の併売が同時に確認できます。『ザ・ビルボード(The Billboard)』1951年5月19日号は、レコード会社が単に新譜を出すだけでなく、配給網、プレス体制、広告媒体、映像連動企画まで含めて市場戦略を再編していた時期であったことを具体的に伝えています。

ハイペリオン

ハイペリオン(Hyperion)は、クラシック長時間盤を扱う独立系レーベルとして新たに市場へ加わりました。同社は初録音を重視し、年4作の12インチ盤を発売する方針を掲げ、全国配給をミュザート(Musart)が担うと報じられました。最初の12インチ盤には、ピアノ作品を中心とするクラシック録音が組まれています。

ロンドン・レコード

ロンドン・レコード(London Records)は、1年以上ぶりとなる78回転盤アルバムの出荷を予定し、長時間盤だけでなく従来型商品も継続して扱っていました。また、同社はコロムビア・レコード(Columbia Records)とのアーティスト交換協定に基づき、ヨーロッパで録音済みだった12インチ長時間盤を発売しました。さらに、同号では同社の新規発売群として、オペレッタ全曲盤、管弦楽作品、交響曲、ピアノ作品がまとめて示されています。

アールシーエー・ビクター

アールシーエー・ビクター(RCA Victor)は、携帯ラジオと携帯型45回転盤再生機を対象に、大規模な販売促進策を始めました。雑誌、ラジオ、テレビを組み合わせた広告計画を立て、販売店向けには店頭掲示物、車内広告、ラジオ用原稿、広告素材を供給していました。録音制作面では、同社のカントリー部門がアトランタで11組の所属アーティストの録音を進めており、営業と制作の両面で地域市場を強化していたことが確認できます。

マーキュリー・レコード

マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、リズム・アンド・ブルース分野の拡充を進め、南部および西海岸で新たなアーティストと録音素材を探していました。同社幹部が南部各地を回り、販売担当者も現地で情報収集を進めていたことが報じられています。加えて、同社は《My Truly, Truly Fair》の発売予定を前倒しし、他社との発売時期をめぐる競争が表面化していました。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード(Capitol Records)は、スクリーン・ジェムズ(Screen Gems)およびコロンビア・ピクチャーズ(Columbia Pictures)と連携し、レコードと同期する短編映像企画を進めていました。報道では、通常の実写映画とは異なる形式の映像商品が構想されていたとされ、録音商品と映像媒体を結びつける試みが1951年5月時点ですでに具体化していたことが確認できます。

モダン・レコード

モダン・レコード(Modern Records)は、東部地域のプレス拠点と販売促進体制を同時に見直しました。同社は東部プレスをニュージャージー州のケイ・レコード(Kay Records)から、ブルックリンのクラフト・レコード(Craft Records)へ移し、これを製品品質の向上につながる変更として説明しています。あわせて、東部担当者の再編も行われました。

スペシャルティ・レコード

スペシャルティ・レコード(Specialty Records)は、東海岸における販売と宣伝を担当するフィールド代表を新たに起用しました。1951年5月時点で、同社が地域密着型の営業・販促網を拡充していたことが同時代資料から確認できます。

ウェストミンスター・レコード

ウェストミンスター・レコード(Westminster Records)は、配給体制の拡張を進めていました。同社は西海岸、ブリティッシュコロンビア、アルバータ、アラスカ、テキサス、ニューメキシコ、カロライナ地域に新たな配給網を整え、クラシック系独立レーベルとして販売基盤を広げていたことが報じられています。

コロムビア・レコード

コロムビア・レコード(Columbia Records)は、同号広告で新譜を78回転盤、33⅓回転盤、45回転盤の3仕様で並記しました。掲載例では、Columbia 39367、Columbia 3-39367、Columbia 4-39367が同時に示されており、1951年5月の米国市場で複数フォーマットの併売が明確に進んでいたことが確認できます。

デッカ・レコード

デッカ・レコード(Decca Records)は、英国録音を前面に出した広告を掲載し、同一商品を78回転盤と45回転盤で展開していました。広告では、Decca 40213とDecca 9-40213が併記され、録音地の英国性を販売上の訴求点として用いていたことが読み取れます。

コーラル・レコード

コーラル・レコード(Coral Records)は、同号広告でCoral 60452とCoral 9-60452を併記し、78回転盤と45回転盤の同時展開を示しました。また、広告内では同レーベルがデッカ・レコード(Decca Records)の系列であること、カナダでの取扱窓口としてロジャース・マジェスティック・ラジオ・コーポレーション(Rogers Majestic Radio Corporation Ltd.)が示されており、北米市場における販売体制も確認できます。