1952年12月に録音された音楽

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1952年12月に録音された音楽

1952年12月は、冷戦下の政治変動、戦後社会の再編、都市環境問題、放送文化の変化が重なった月でした。1日、メキシコではアドルフォ・ルイス・コルティネス(Adolfo Ruiz Cortines, 1889–1973)が大統領に就任しました。2日にはベネズエラでマルコス・ペレス・ヒメネス(Marcos Pérez Jiménez, 1914–2001)が暫定大統領となり、同じ日、アメリカ合衆国大統領当選者ドワイト・デイヴィッド・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower, 1890–1969)が朝鮮戦争(Korean War)の戦線を視察しました。1日にはクリスティーン・ジョーゲンセン(Christine Jorgensen, 1926–1989)の性別移行が大きく報道され、医療とジェンダーをめぐる社会的関心が広がりました。5日–9日にはロンドン・スモッグ事件(Great Smog of London)が発生し、大気汚染が都市生活と公衆衛生に与える危険を示しました。科学分野では、フェリックス・ブロッホ(Felix Bloch, 1905–1983)とエドワード・ミルズ・パーセル(Edward Mills Purcell, 1912–1997)が、核磁気精密測定に関する研究で1952年のノーベル物理学賞(Nobel Prize in Physics)を受けました。25日にはエリザベス2世(Elizabeth II, 1926–2022)が即位後初のクリスマス・メッセージ(Christmas Message)をラジオで放送し、王室行事と放送メディアの結びつきを印象づけました。

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1952年12月の録音に関する情報のまとめ

1952年12月の録音関連市場では、クリスマス商戦を背景に、季節盤、ポップ・ヴォーカル、カントリー、リズム・アンド・ブルース、ジャズ、ゴスペル、ラテン系録音が同時に動いていました。キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号では、ジュークボックス順位、ディスクジョッキー報告、地域別人気欄、各社広告を通じて、主要会社と独立系レーベルの販売・宣伝活動がまとまって見えます。ビルボード(The Billboard)1952年12月下旬号でも、小売人気表や年間集計を通じて、1952年末の録音市場が大手会社だけでなく、独立系レーベルのヒット盤によって支えられていたことが分かります。

アールシーエー・ビクター

アールシーエー・ビクター(RCA Victor)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号で「RCA Victor Best Sellers」を掲げ、スパイク・ジョーンズ(Spike Jones, 1911–1965)の「I Saw Mommy Kissing Santa Claus」と「Winter」、ペリー・コモ(Perry Como, 1912–2001)の「Don’t Let the Stars Get in Your Eyes」と「Lies」、エディー・フィッシャー(Eddie Fisher, 1928–2010)とヒューゴ・ウィンターハルター・オーケストラ(Hugo Winterhalter Orchestra)による「Lady of Spain」と「Outside of Heaven」などを宣伝していました。同じ広告には、マリオ・ランツァ(Mario Lanza, 1921–1959)、ハンク・スノー(Hank Snow, 1914–1999)、ダイナ・ショア(Dinah Shore, 1916–1994)、ザウター=ファインガン・オーケストラ(Sauter-Finegan Orchestra)の盤も掲載され、同社がクリスマス商戦、ポップ、カントリー、オーケストラ録音を並行して展開していたことが分かります。カントリー欄でも、エディ・アーノルド(Eddy Arnold, 1918–2008)やハンク・スノー(Hank Snow, 1914–1999)の盤が確認できます。

コロンビア・レコード

コロンビア・レコード(Columbia Records)は、ジミー・ボイド(Jimmy Boyd, 1939–2009)の「I Saw Mommy Kissing Santa Claus」が1952年12月のクリスマス商戦を代表する録音として広く扱われました。キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号のディスクジョッキー報告では、ジョー・スタッフォード(Jo Stafford, 1917–2008)の「You Belong to Me」や「Keep It a Secret」も確認できます。ビルボード(The Billboard)1952年12月下旬号でも、同社のポップ盤は年末市場の中心的商品として扱われています。

デッカ・レコード

デッカ・レコード(Decca Records)は、ザ・ミルズ・ブラザーズ(The Mills Brothers)の「The Glow-Worm」が1952年12月のポップ市場で強い存在感を保っていました。キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号のディスクジョッキー報告では同曲が上位に見え、カントリー欄ではウェッブ・ピアース(Webb Pierce, 1921–1991)の「Back Street Affair」、レッド・フォーリー(Red Foley, 1910–1968)の「Midnight」も確認できます。デッカ・レコード(Decca Records)は、ポップ・ヴォーカルとカントリーの両分野で年末市場に盤を供給していました。

マーキュリー・レコード

マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、パティ・ペイジ(Patti Page, 1927–2013)の「I Went to Your Wedding」が1952年12月のディスクジョッキー報告で上位に入り続けていました。キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号では、ジョージア・ギブス(Georgia Gibbs, 1919–2006)の「My Favorite Song」も上位曲として確認できます。リズム・アンド・ブルース欄では、ダイナ・ワシントン(Dinah Washington, 1924–1963)の「Make Believe Dreams」、イリノイ・ジャケー(Illinois Jacquet, 1922–2004)の「Port of Rico」、ザ・レイヴンズ(The Ravens)の「Rock Me All Night Long」も見え、同社がポップだけでなくリズム・アンド・ブルース市場にも盤を持っていたことが分かります。

エムジーエム・レコード

エムジーエム・レコード(M-G-M Records)は、ジョニ・ジェームス(Joni James, 1930–2022)の「Why Don’t You Believe Me」が1952年12月のポップ市場で中心的な曲として扱われました。キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号のディスクジョッキー報告では同曲が首位に掲げられ、同じ号のカントリー関連欄では、ハンク・ウィリアムズ(Hank Williams, 1923–1953)の「Jambalaya」がエムジーエム・レコード(M-G-M Records)の盤として確認できます。さらに、同号にはアート・ムーニー(Art Mooney, 1911–1993)の「Heartbreaker」について、翌年初めまでにヒット圏に入る可能性を指摘する記述もあります。

ドット・レコード

ドット・レコード(Dot Records)は、ザ・ヒルトッパーズ(The Hilltoppers)の「Trying」がキャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号のディスクジョッキー報告で上位に入りました。独立系レーベルであるドット・レコード(Dot Records)の盤が、アールシーエー・ビクター(RCA Victor)、コロンビア・レコード(Columbia Records)、デッカ・レコード(Decca Records)、マーキュリー・レコード(Mercury Records)などの主要会社の盤と同じ上位欄で扱われている点は、1950年代初頭のアメリカ合衆国ポップ市場で独立系レーベルの存在感が増していたことを示しています。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード(Capitol Records)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号のポップ、カントリー、広告欄で複数の盤が確認できます。カントリー欄では、スキーツ・マクドナルド(Skeets McDonald, 1915–1968)の「Don’t Let the Stars Get in Your Eyes」がCapitol 2216として掲載されました。また、テックス・リッター(Tex Ritter, 1905–1974)の「High Noon」については、アメリカ合衆国とイングランドで売れ続けている旨が同号に見えます。ポップ欄では、ザ・フォー・フレッシュメン(The Four Freshmen)の「The Day Isn’t Long Enough」が注目盤として掲載されています。

コーラル・レコード

コーラル・レコード(Coral Records)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号で複数のポップ盤が確認できます。ジョニー・デズモンド(Johnny Desmond, 1919–1985)の「Trying」、パール・ベイリー(Pearl Bailey, 1918–1990)の「Takes Two to Tango」、ドン・コーネル(Don Cornell, 1919–2004)の「Heart and Soul」などが掲載され、同社がヴォーカル、ノヴェルティ、ポップ・スタンダード系の市場で動いていたことが分かります。コーラル・レコード(Coral Records)は、デッカ系の別レーベルとして、主要ポップ・レーベルの補完的な役割も果たしていました。

ロンドン・レコード

ロンドン・レコード(London Records)は、ヴェラ・リン(Vera Lynn, 1917–2020)の「Yours」がキャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号のディスクジョッキー報告に見えます。同号の注目盤欄では、マントヴァーニ・オーケストラ(Mantovani Orchestra)の「White Christmas」と「Adeste Fideles」も扱われていました。ビルボード(The Billboard)1952年12月27日号の年間小売人気表では、ヴェラ・リン(Vera Lynn, 1917–2020)の「Auf Wiederseh’n, Sweetheart」が上位に入り、英国系録音がアメリカ合衆国市場で継続的に受容されていたことを示しています。

インペリアル・レコード

インペリアル・レコード(Imperial Records)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号のカントリー欄で、スリム・ホイットマン(Slim Whitman, 1923–2013)の「Indian Love Call」と「Keep It a Secret」が確認できます。リズム・アンド・ブルース欄では、リトル・ソン・ジャクソン(Little Son Jackson, 1915–1976)の「Rockin’ and Rollin’ #2」もインペリアル・レコード(Imperial Records)の盤として見えます。カントリーとブルース系の両分野に盤を持っていた点は、同社の1952年末の市場展開を示す要素です。

ジュビリー・レコード

ジュビリー・レコード社(Jubilee Record Co., Inc.)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号に広告を出し、エドナ・マクグリフ(Edna McGriff, 1935–1980)とソニー・ティル(Sonny Til, 1928–1981)による「Good」と「Pick-a-Dilly」、ザ・レイ=オ=ヴァックス(The Ray-O-Vacs)の「Start Lovin’ Me」と「What Can I Say」、リトル・シルヴィア(Little Sylvia, 1936–2011)の「Drive Daddy Drive」、ジ・オリオールズ(The Orioles)の「You Belong to Me」と「I Don’t Want to Take a Chance」を宣伝していました。さらに、ジ・オリオールズ(The Orioles)の季節盤「What Are You Doing New Year’s Eve?」と「Lonely Christmas」も同じ広告で扱われ、年末向けリズム・アンド・ブルース商品が前面に出されています。

プレスティッジ・レコード

プレスティッジ・レコード社(Prestige Record Co.)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号に「Hot R & B Sellers」として広告を出しました。広告では、ジョー・ホリデイ(Joe Holiday, 1925–2016)の「Serenata」と「Joe Black Mambo」、ジェームズ・ムーディ(James Moody, 1925–2010)の「These Foolish Things」、アニー・ロス(Annie Ross, 1930–2020)の「Twisted」、ソニー・スティット(Sonny Stitt, 1924–1982)の「Stitt’s It」、マイルス・デイヴィス(Miles Davis, 1926–1991)の「Dig」、セロニアス・モンク(Thelonious Monk, 1917–1982)の「Bye-Ya」などが並びます。1952年12月時点で、同社がジャズ録音をリズム・アンド・ブルース市場の販売文脈でも訴求していたことが分かります。

チェスとチェッカー

チェス(Chess)とチェッカー・レコード社(Checker Record Co.)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号のリズム・アンド・ブルース欄で強い動きを示しました。ウィリー・メイボン(Willie Mabon, 1925–1985)の「I Don’t Know」はChess 1531として地域別ジュークボックス報告に繰り返し現れ、同号の広告でも前面に出されています。リトル・ウォルター(Little Walter, 1930–1968)の「Sad Hours」はChecker 764として広告され、同じ欄では「Juke」も複数地域で確認できます。チェス(Chess)とチェッカー・レコード社(Checker Record Co.)は、シカゴのリズム・アンド・ブルース市場を中心に、1952年末の全国的な注目盤を持っていました。

アトランティック・レコード

アトランティック・レコード(Atlantic Records)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号のリズム・アンド・ブルース欄で、ザ・クローヴァーズ(The Clovers)の「I Played the Fool」と「Hey, Miss Fannie」、ルース・ブラウン(Ruth Brown, 1928–2006)の「Daddy Daddy」、ジョー・ターナー(Joe Turner, 1911–1985)の「Don’t You Cry」や広告掲載の「Still in Love」と「Baby I Still Want You」などが確認できます。同号の記事では、ザ・クローヴァーズ(The Clovers)のマネージャー兼販促担当だったルー・クレフェッツ(Lou Krefetz, 生没年不明)が全国販売責任者に昇格したことも記されています。アトランティック・レコード(Atlantic Records)は、リズム・アンド・ブルースの地域別人気と販売組織の強化を同時に示していました。

サヴォイ・レコード

サヴォイ・レコード社(Savoy Record Co., Inc.)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号に広告を出し、同号のリズム・アンド・ブルース欄でもヴァレッタ・ディラード(Varetta Dillard, 1933–1993)の「Them There Eyes」や、ティー・ジェイ・ファウラー(T. J. Fowler, 1910–1982)の「Back Biter」が確認できます。広告面では、同社の所在地がニューアークであることも示され、ニュージャージー州ニューアークを拠点にリズム・アンド・ブルース市場へ盤を供給していたことが分かります。

キングとフェデラル

キング・レコード(King Records)とフェデラル・レコード(Federal Records)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号のリズム・アンド・ブルースおよびカントリー欄で確認できます。リズム・アンド・ブルース欄では、タイニー・ブラッドショー(Tiny Bradshaw, 1907–1958)の「Soft」と、ソニー・トンプソン(Sonny Thompson, 1916–1989)の「I’ll Drown in My Tears」がキング・レコード(King Records)盤として見えます。フェデラル・レコード(Federal Records)では、ザ・ロイヤルズ(The Royals)の「Moonrise」、ザ・ドミノーズ(The Dominoes)の「I’d Be Satisfied」や「I’m Lonely」が掲載されています。カントリー欄では、ヨーク・ブラザーズ(The York Brothers)の「Tennessee Tango」も確認できます。

スペシャルティ・レコード

スペシャルティ・レコード(Specialty Records)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号のリズム・アンド・ブルース欄で、ロイド・プライス(Lloyd Price, 1933–2021)の「Ooh-Ooh-Ooh」と「Restless Heart」がSpecialty 440として複数箇所に見えます。1952年のロイド・プライス(Lloyd Price, 1933–2021)は、ニューオーリンズ系リズム・アンド・ブルースの全国化を象徴する存在であり、同号の地域別ジュークボックス報告にもその動きが反映されています。

アラジン・レコード

アラジン・レコード(Aladdin Records)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号のリズム・アンド・ブルース欄で、シャーリー・アンド・リー(Shirley and Lee)の「I’m Gone」、エイモス・ミルバーン(Amos Milburn, 1927–1980)の「Greyhound」が確認できます。シャーリー・アンド・リー(Shirley and Lee)は、シャーリー・グッドマン(Shirley Goodman, 1936–2005)とレナード・リー(Leonard Lee, 1936–1976)によるデュオで、同号では地域別ジュークボックス報告の中に登場しています。

モダンとアールピーエム

モダン・レコード(Modern Records)とアールピーエム・レコード(R.P.M. Records)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号のリズム・アンド・ブルース欄で、ビー・ビー・キング(B. B. King, 1925–2015)の「You Know I Love You」、ロスコー・ゴードン(Rosco Gordon, 1928–2002)の「No More Doggin’」などが確認できます。ビー・ビー・キング(B. B. King, 1925–2015)の盤は複数地域のジュークボックス報告に現れ、アールピーエム・レコード(R.P.M. Records)が1952年末のブルース市場で重要な盤を持っていたことを示しています。

ピーコックとデューク

ピーコック・レコード(Peacock Records)とデューク・レコード(Duke Records)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号のリズム・アンド・ブルース欄で確認できます。ピーコック・レコード(Peacock Records)では、ディキシー・ハミング・バーズ(Dixie Humming Birds)の「Will He Welcome Me There」と、センセーショナル・ナイチンゲールズ(Sensational Nightingales)の「A New Smash!」が見えます。デューク・レコード(Duke Records)では、ジョニー・エイス(Johnny Ace, 1929–1954)の「My Song」、ロスコー・ゴードン(Rosco Gordon, 1928–2002)の「No More Doggin’」が確認できます。ゴスペル、ブルース、リズム・アンド・ブルースが同じ市場欄で扱われていた点も、1952年末の独立系レーベル動向として重要です。

ティコ・レコーディング

ティコ・レコーディング社(Tico Recording Co.)は、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年12月13日号に、ジョー・ロコ・アンド・トリオ(Joe Loco and Trio)による「White Christmas」と「Jingle Bells」の広告を出しました。クリスマス曲をラテン系の市場文脈で扱っている点は、同じ年末商戦の中でも、ポップ、リズム・アンド・ブルース、カントリーとは異なる販売導線を示しています。ティコ・レコーディング社(Tico Recording Co.)は、マンボやラテン系ダンス音楽のアメリカ合衆国市場での展開を確認できる当月資料上の重要なレーベルです。