1952年3月に録音された音楽
1952年3月は、冷戦下の国際秩序、政変、災害対応、選挙政治、文化産業の動きが重なった月でした。3月3日、プエルトリコでは新憲法承認を問う住民投票が行われ、賛成多数で可決されました。3月10日、ソビエト連邦(Union of Soviet Socialist Republics)政府は、ドイツ統一と平和条約をめぐる覚書をアメリカ合衆国(United States of America)、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)、フランス共和国(French Republic)に提示しました。同日、キューバ共和国(Republic of Cuba)ではフルヘンシオ・バティスタ(Fulgencio Batista, 1901–1973)がカルロス・プリオ・ソカラス(Carlos Prío Socarrás, 1903–1977)政権を倒すクーデターを実行しました。3月17日、アメリカ合衆国気象局(United States Weather Bureau)は初の公的な竜巻予報を発表し、3月21日–22日には米国南部で大規模な竜巻被害が発生しました。3月20日、アメリカ合衆国上院(United States Senate)は日本国との平和条約(Treaty of Peace with Japan)の批准に同意しました。3月27日には、ドイツ連邦共和国(Federal Republic of Germany)首相コンラート・アデナウアー(Konrad Adenauer, 1876–1967)を標的とした爆弾事件が未遂に終わり、同日、映画『雨に唄えば』(Singin’ in the Rain)がニューヨークで公開されました。3月29日、ハリー・S・トルーマン(Harry S. Truman, 1884–1972)は同年のアメリカ合衆国大統領選挙に再出馬しない意向を表明しました。
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1952年3月の録音に関する情報のまとめ
1952年3月の録音産業では、レコード会社による市場再編、リズム・アンド・ブルース分野への大手資本の接近、価格政策、流通網の拡張、著作権料をめぐる制度的圧力が同時に確認できます。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年3月29日号は、リズム・アンド・ブルース市場で独立系レーベルが存在感を強めるなか、コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)、コーラル・レコード(Coral Records)、マーキュリー・レコード社(Mercury Record Corp.)、アールシーエー・ヴィクター・レコード部門(RCA Victor Record Department)が同分野への対応を強めていたと報じました。また、同月にはレコード製造業者がワシントンで著作権使用料改定に関する公聴会に出席し、機械的複製に対する法定使用料の引き上げ案が業界上の重要論点となっていました。ジュークボックス市場についても、ザ・ビルボード(The Billboard)1952年3月15日号がレコード供給と選曲競争を大きく扱っており、1952年3月は録音物の販売・流通・制度環境が同時に動いた月と位置づけられます。
コロムビア・レコード
コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)は、1952年3月時点で好調な前年実績を背景に事業展開を進めていました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年3月29日号は、同社の1951年売上が前年比20%増であり、同紙が示す業界全体の伸びを上回ったと報じています。また、1951年には100万枚規模の売上を記録した作品を複数抱えていたとされ、ポピュラー市場での販売力が確認できます。同号はさらに、同社がリズム・アンド・ブルース市場への対応を強めるため新たな事業体制を整えたと伝えており、1952年3月のコロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)は、既存の大衆市場での優位を保ちながら、成長分野への進出を進めていたと整理できます。
デッカ・レコード
デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、1952年3月に販売網と販促支援の強化を進めていました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年3月29日号は、同社がディーラー向け支援を重視し、販売現場との連携を図っていたことを報じています。また、同号ではリズム・アンド・ブルース部門の再活性化も伝えられており、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)がポピュラー市場全体の維持だけでなく、拡大する黒人音楽市場への対応にも力を入れていたことが確認できます。1952年3月の同社は、既存の大手流通力を背景に、販売実務と商品分野の両面で活動を強めていました。
コーラル・レコード
コーラル・レコード(Coral Records)は、1952年3月末までにシグネチャー(Signature)系マスターの取得を進め、新規発売に向けた準備を行っていました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年3月29日号によれば、同社はシグネチャー(Signature)カタログのマスター約1,000点を取得し、その一部を4月1日発売予定の初回商品として準備していました。さらに、ブランズウィック(Brunswick)系の活動カタログもコーラル・レコード(Coral Records)経由で扱われていたことが確認できます。1952年3月の同社は、旧譜資産の再編と新規市場投入を通じ、カタログ拡充を進めていたといえます。
マーキュリー・レコード
マーキュリー・レコード社(Mercury Record Corp.)は、1952年3月にリズム・アンド・ブルース部門の拡充を進めていました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年3月29日号は、同社がこの分野で新たな体制を整え、エル・シー・ウィリアムズ(L. C. Williams, 生没年不明)、テディ・レイノルズ(Teddy Reynolds, 生没年不明)、ライトニン・ホプキンス(Lightnin’ Hopkins, 1912–1982)を契約したと報じています。同紙はまた、マーキュリー・レコード社(Mercury Record Corp.)がリズム・アンド・ブルース分野で成果を挙げつつあると記しており、1952年3月は同社が黒人音楽市場への攻勢を明確にした時期として位置づけられます。
アールシーエー・ヴィクター・レコード部門
アールシーエー・ヴィクター・レコード部門(RCA Victor Record Department)は、1952年3月に価格政策と商品戦略の両面で注目されました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年3月29日号は、同部門がディーラー宛ての書簡でレコード価格を引き下げない方針を明示し、品質維持を重視する立場を示したと報じています。また、同号ではアールシーエー・ヴィクター・レコード部門(RCA Victor Record Department)がリズム・アンド・ブルース分野への対応を強めていたことも伝えられており、同月の同部門は価格競争への慎重姿勢を保ちながら、成長ジャンルへの対応を進めていました。
レコード製造業者による著作権使用料改定への対応
1952年3月、レコード製造業者は、機械的複製に対する著作権使用料の見直しをめぐる公聴会に関与していました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1952年3月29日号は、3月21日にワシントンで公聴会が開かれ、既存の1枚あたり2セントの法定使用料を3セント、4セント、5セントへ引き上げる案などが論点となったと報じています。この問題は特定企業の個別施策ではなく、レコード製造原価と商品価格に直結する産業横断的な課題でした。1952年3月の録音産業を捉えるうえで、企業競争だけでなく、著作権制度をめぐるコスト環境の変化も重要な背景となっています。
ジュークボックス市場をめぐるディスク供給競争
ザ・ビルボード(The Billboard)1952年3月15日号は、ジュークボックス事業者向けのレコード供給と選曲競争を大きく取り上げています。同号では、レコード市場の拡大が家庭向け小売だけでなく、ジュークボックス運営を支える業務用需要とも密接に結びついていたことが示されています。1952年3月の録音産業では、ヒット盤の制作だけでなく、どのレコードを機械に載せ、どの市場に流通させるかという販売設計も重要な争点となっていました。
