1952年11月に録音された音楽

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1952年11月に録音された音楽

1952年11月は、冷戦、戦争、自然災害、文化産業の節目が重なった月でした。11月1日、アメリカ合衆国はエニウェトク環礁(Enewetak Atoll)でアイヴィー作戦のマイク実験(Operation Ivy, Mike test)を実施し、熱核兵器時代を開きました。11月4日にはアメリカ合衆国大統領選挙(United States presidential election of 1952)でドワイト・デイヴィッド・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower, 1890–1969)がアドレー・ユーイング・スティーヴンソン二世(Adlai Ewing Stevenson II, 1900–1965)を破りました。同じ時期、1952年カムチャツカ地震(1952 Kamchatka earthquake)が発生し、津波が千島列島や太平洋沿岸に被害を及ぼしました。朝鮮戦争(Korean War)ではトライアングル・ヒルの戦い(Battle of Triangle Hill / Operation Showdown)が10月14日–11月25日まで続き、消耗戦の激しさを示しました。11月14日にはニュー・ミュージカル・エクスプレス(New Musical Express)が英国初のレコード売上チャートを公表し、アル・マルティーノ(Al Martino, 1927–2009)の「Here in My Heart」が首位となりました。11月19日–20日にはスカンジナビアン航空システム(Scandinavian Airlines System)がロサンゼルス–コペンハーゲン間の北極圏経由飛行を実施し、長距離民間航空の新段階を示しました。11月25日にはアガサ・クリスティ(Agatha Christie, 1890–1976)の戯曲『ねずみとり(The Mousetrap)』がロンドンのアンバサダーズ劇場(Ambassadors Theatre)で開幕しました。

この月の確認されている録音:0曲

1952年11月の録音に関する情報のまとめ

1952年11月の録音関連資料では、78回転盤と45回転盤が併存する米国市場で、レコード会社、ジュークボックス業界、ラジオ番組、販売店の動きが強く結びついていたことが確認できます。業界紙『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』は、当月のヒット曲、地域別のジュークボックス使用状況、レコード店の販売状況を継続的に掲載していました。英国ではニュー・ミュージカル・エクスプレス(New Musical Express)が1952年11月14日にレコード売上チャートを開始し、米国録音の英国市場での受容も可視化されました。当月資料からは、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)、コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)、マーキュリー・レコード社(Mercury Record Corporation)、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)、エムジーエム・レコード(M-G-M Records)、ドット・レコード(Dot Records)、アトランティック・レコード(Atlantic Records)、スペシャルティ・レコード(Specialty Records)、英国デッカ・レコード(Decca Records)、ロンドン・レコード(London Records)、ザ・ルドルフ・ウーリッツァー社(The Rudolph Wurlitzer Company)の活動が確認できます。

アールシーエー・ヴィクター

ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、1952年11月の米国ポピュラー市場でエディ・フィッシャー(Eddie Fisher, 1928–2010)の録音を中心に強い露出を示していました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1952年11月1日号では「Wish You Were Here」と「Lady of Spain」が上位曲として扱われ、同月15日号でも「Lady of Spain」がアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)盤として確認できます。これらは、同社が1952年秋の米国ポピュラー録音市場で男性歌手のバラード録音を軸に大きな販売・放送実績を持っていたことを示します。

コロムビア・レコード

コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)は、ジョー・スタッフォード(Jo Stafford, 1917–2008)の「You Belong to Me」と「Jambalaya」によって、1952年11月の米国・英国双方の市場で確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1952年11月1日号では「Jambalaya」がコロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)盤として上位曲に含まれていました。また、1952年11月14日にニュー・ミュージカル・エクスプレス(New Musical Express)が公表した英国初のレコード売上チャートでは、「You Belong to Me」が第2位として掲載されました。これにより、同社の録音が米国市場だけでなく、英国のレコード売上チャート形成期にも入っていたことが確認できます。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、1952年11月の米国チャート資料で、レス・ポール・アンド・メアリー・フォード(Les Paul and Mary Ford)の「Meet Mr. Callaghan」、ナット・キング・コール(Nat King Cole, 1919–1965)の「Somewhere Along the Way」、アル・マルティーノ(Al Martino, 1927–2009)の「Here in My Heart」によって確認できます。ニュー・ミュージカル・エクスプレス(New Musical Express)が1952年11月14日に公表した英国初のレコード売上チャートでは、「Here in My Heart」が第1位、「Somewhere Along the Way」が第3位に入りました。キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は当月、米国のポピュラー録音だけでなく、英国のレコード売上チャート初期にも複数の録音を送り込んだ主要レーベルでした。

マーキュリー・レコード

マーキュリー・レコード社(Mercury Record Corporation)は、パティ・ペイジ(Patti Page, 1927–2013)の「I Went to Your Wedding」と、ジョージア・ギブス(Georgia Gibbs, 1919–2006)の「My Favorite Song」によって1952年11月の資料上で確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1952年11月1日号では「I Went to Your Wedding」が複数の地域別報告に現れ、同月15日号でも「My Favorite Song」がマーキュリー・レコード社(Mercury Record Corporation)盤として確認できます。同社は女性ポップ歌手の録音を中心に、当月の販売店、ラジオ、ジュークボックス市場で継続的な存在感を示していました。

デッカ・レコード

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、ミルズ・ブラザーズ(The Mills Brothers)の「The Glow-Worm」によって1952年11月の米国ポピュラー市場で確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1952年11月15日号では「The Glow-Worm」がデッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)盤として上位曲に含まれ、当月の米国市場で広く流通・使用されていたことが分かります。同曲は、戦後ポピュラー・コーラス録音の商業的な強さを示す例として位置づけられます。

エムジーエム・レコード

エムジーエム・レコード(M-G-M Records)は、ジョニ・ジェイムス(Joni James, 1930–2022)の「Why Don’t You Believe Me?」によって1952年11月の米国市場で確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1952年11月8日号では、ジョニ・ジェイムス(Joni James, 1930–2022)と同曲が当月の注目録音として扱われており、同社が新人女性歌手のヒット形成に関与していたことが分かります。エムジーエム・レコード(M-G-M Records)は映画会社系レーベルとしての背景を持ちながら、1952年時点では独自のポピュラー歌手録音でも市場に存在感を示していました。

ドット・レコード

ドット・レコード(Dot Records)は、ヒルトッパーズ(The Hilltoppers)の「Trying」によって1952年11月の米国市場で確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1952年11月1日号では同曲が上位曲として扱われ、販売店・ラジオ・ジュークボックス関連の報告にも現れます。大手レーベルに比べて新興性の強いドット・レコード(Dot Records)は、この録音を通じて全国市場に入っており、1950年代前半の独立系レーベルの拡大を示す事例となります。

アトランティック・レコード

アトランティック・レコード(Atlantic Records)は、クローヴァーズ(The Clovers)の「Hey, Miss Fannie」によって1952年11月のリズム・アンド・ブルース市場で確認できます。同曲は1952年秋のリズム・アンド・ブルース系ヒットとして扱われ、『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1952年11月号群の地域別動向にも現れます。アトランティック・レコード(Atlantic Records)は、1950年代初頭の独立系リズム・アンド・ブルース・レーベルとして、ポップ大手とは異なる市場回路を通じて録音を流通させていました。

スペシャルティ・レコード

スペシャルティ・レコード(Specialty Records)は、ロイド・プライス(Lloyd Price, 1933–2021)の「Lawdy Miss Clawdy」によって、1952年のリズム・アンド・ブルース市場で重要な位置を占めていました。同曲は1952年春から秋にかけて長期的に売れた録音であり、1952年11月時点でも同年のリズム・アンド・ブルース録音を代表する作品として扱うことができます。スペシャルティ・レコード(Specialty Records)は、ニューオーリンズ系の演奏様式を全国的なレコード市場へ押し出した独立系レーベルの一つでした。

英国デッカ・レコードとロンドン・レコード

英国デッカ・レコード(Decca Records)とロンドン・レコード(London Records)は、ヴェラ・リン(Vera Lynn, 1917–2020)の「Auf Wiederseh’n Sweetheart」を通じて1952年11月の米英市場に関係していました。1952年11月14日にニュー・ミュージカル・エクスプレス(New Musical Express)が公表した英国初のレコード売上チャートでは、ヴェラ・リン(Vera Lynn, 1917–2020)の録音が上位に入りました。米国側ではロンドン・レコード(London Records)盤として同曲の市場露出が確認でき、英国の録音が米国市場でも流通していたことを示します。

ザ・ルドルフ・ウーリッツァー社

ザ・ルドルフ・ウーリッツァー社(The Rudolph Wurlitzer Company)は、レコード制作会社ではありませんが、1952年11月の録音流通・再生環境を示す主要企業として確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1952年11月1日号の広告では、ウーリッツァー1500(Wurlitzer 1500)が78回転盤と45回転盤を混在させて運用できる機能を打ち出していました。これは、1952年時点の米国ジュークボックス市場で旧来の78回転盤と新しい45回転盤が併存し、再生機器側が両フォーマットへの対応を販売上の利点としていたことを示します。