1953年1月に録音された音楽

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1953年1月に録音された音楽

1953年1月は、冷戦下の政権交代、社会不安、文化産業の拡大が重なった月です。1月13日、ユーゴスラビア連邦人民共和国(Federal People’s Republic of Yugoslavia)ではヨシップ・ブロズ・チトー(Josip Broz Tito, 1892–1980)が連邦議会議長に選出され、1月14日に大統領としての任期が始まりました。1月20日、アメリカ合衆国(United States of America)ではドワイト・デイヴィッド・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower, 1890–1969)が大統領に就任しました。文化面では、1月22日にアーサー・アッシャー・ミラー(Arthur Asher Miller, 1915–2005)の戯曲『るつぼ(The Crucible)』がブロードウェイ(Broadway)で開幕しました。産業面では、1月17日にゼネラルモーターズ・モトラマ(General Motors Motorama)でシボレー・コルベット(Chevrolet Corvette)が初公開されました。音楽界では、ハンク・ウィリアムズ(Hank Williams, 1923–1953)が1月1日未明にウェストバージニア州オークヒルで死亡確認されました。1月28日にはデレク・ウィリアム・ベントリー(Derek William Bentley, 1933–1953)がロンドンのワンズワース刑務所で処刑され、死刑制度をめぐる議論を強めました。1月31日から2月1日にかけては北海洪水(North Sea Flood of 1953)が発生し、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)、オランダ王国(Kingdom of the Netherlands)、ベルギー王国(Kingdom of Belgium)の沿岸部に甚大な被害をもたらしました。

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1953年1月の録音に関する情報のまとめ

1953年1月の同時代業界誌では、メジャー各社のポピュラー、カントリー、フォーク・アンド・ウェスタン、リズム・アンド・ブルース系の新譜・広告・チャート動向に加え、独立系レーベルの存在感が強く確認できます。『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、ジュークボックスの演奏状況、ディスクジョッキー集計、新譜レビュー、広告、販売会社・フォノグラフ機器会社の動きが同じ誌面で扱われており、1953年初頭の録音産業がレコード会社、音楽出版社、販売網、コイン式フォノグラフ業界を含む複合的な市場として動いていたことが分かります。

アールシーエー・ヴィクター

1953年1月3日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)のエディ・フィッシャー(Eddie Fisher, 1928–2010)盤「If It Were Up to Me / Even Now」が「Disk of the Week」として扱われ、トニー・マーティン(Tony Martin, 1913–2012)、バディ・モロー・オーケストラ(Buddy Morrow Orchestra)、エディ・アーノルド(Eddy Arnold, 1918–2008)などの盤も確認できます。同号には、同社が1953年1月1日以後にポピュラー・レコードの販売促進を始める旨の記載もあり、年初の重点的な新譜展開が確認できます。

コロムビア・レコード

1953年1月3日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、コロムビア・レコード(Columbia Records)のジミー・ボイド(Jimmy Boyd, 1939–2009)による「I Saw Mommy Kissing Santa Claus」、ジョー・スタッフォード(Jo Stafford, 1917–2008)による「Keep It a Secret」と「You Belong to Me」、マーティ・ロビンズ(Marty Robbins, 1925–1982)による「I’ll Go On Alone」が、ディスクジョッキー集計やフォーク・アンド・ウェスタン欄で確認できます。同号にはコロムビア・レコード(Columbia Records)の告知・販促担当者への言及もあり、同社の盤がポピュラーとカントリーの両市場で扱われていたことが分かります。

デッカ・レコードとコーラル・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』表紙では、ザ・フォー・エイセズ(The Four Aces)がデッカ・レコード(Decca Records, Inc.)との新契約に署名したことが写真付きで扱われ、ロイヤルティ条件の引き上げ、新アルバム、シングル化された「Heart and Soul」と「La Rosita」への言及が確認できます。1953年1月3日号では、デッカ・レコード(Decca Records, Inc.)のザ・ミルズ・ブラザーズ(The Mills Brothers)による「Glow Worm」、ウェッブ・ピアス(Webb Pierce, 1921–1991)による「Back Street Affair」、レッド・フォーリー(Red Foley, 1910–1968)による「Midnight」が確認できます。コーラル・レコード(Coral Records)では、ドン・コーネル(Don Cornell, 1919–2004)による「I」、テレサ・ブリューワー(Teresa Brewer, 1931–2007)による「Till I Waltz Again with You」、カレン・チャンドラー(Karen Chandler, 1923–2010)による「Hold Me, Thrill Me, Kiss Me」が同月の市場で確認できます。

エムジーエム・レコード

1953年1月3日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』には、エムジーエム・レコード(MGM Records)の広告が掲載され、ハンク・ウィリアムズ(Hank Williams, 1923–1953)の「I’ll Never Get Out of This World Alive / I Could Never Be Ashamed of You」、ジョニ・ジェイムズ(Joni James, 1930–2022)の「Why Don’t You Believe Me」、アート・ムーニー(Art Mooney, 1911–1993)、ジョージ・シアリング(George Shearing, 1919–2011)などの盤が確認できます。同月はハンク・ウィリアムズ(Hank Williams, 1923–1953)の死亡確認直後であり、同社の既発録音がフォーク・アンド・ウェスタン市場で引き続き重要な位置を占めていました。

キャピトル・レコード

1953年1月3日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、キャピトル・レコード(Capitol Records, Inc.)のジャン・ガーバー・オーケストラ(Jan Garber Orchestra)、カール・ソースマン(Carl Sauceman, 1922–1984)、ジェス・ウィラード(Jess Willard, 1916–1959)、ジミー・ブライアント(Jimmy Bryant, 1925–1980)とスピーディ・ウェスト(Speedy West, 1924–2003)関連盤が新譜レビュー欄で確認できます。また、スキーツ・マクドナルド(Skeets McDonald, 1915–1968)の「Don’t Let the Stars Get in Your Eyes」がフォーク・アンド・ウェスタン欄で上位に扱われており、同社がポピュラーとカントリーの双方で動いていたことが分かります。

ドット・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、ドット・レコード(Dot Records, Inc.)の広告にザ・ヒルトッパーズ(The Hilltoppers)関連の盤が確認できます。同号には、ドット・レコード(Dot Records, Inc.)所属のザ・グリフィン・ブラザーズ(The Griffin Brothers)が姉妹歌唱グループを探している記事も掲載されており、同社がヒット盤の販売だけでなく、新しいヴォーカル編成の発掘にも動いていたことが確認できます。

マーキュリー・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、マーキュリー・レコード(Mercury Records)のザ・レイヴンズ(The Ravens)による「Rock Me All Night Long」、カウント・ベイシー(Count Basie, 1904–1984)による「Paradise Squat」、ダイナ・ワシントン(Dinah Washington, 1924–1963)による「Make Believe Dreams」、イリノイ・ジャケー(Illinois Jacquet, 1922–2004)による「Port of Rico」がリズム・アンド・ブルース欄で確認できます。ポピュラー市場だけでなく、ジャズ系・リズム・アンド・ブルース系の盤が同月のジュークボックス市場で扱われていたことが分かります。

チェス・レコードとチェッカー・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、チェス・レコード(Chess Records)のウィリー・メイボン(Willie Mabon, 1925–1985)による「I Don’t Know」がフィラデルフィア、アトランタ、メンフィスなど複数地域のリズム・アンド・ブルース欄で確認できます。同号では、チェッカー・レコード(Checker Records)のリトル・ウォルター(Little Walter, 1930–1968)による「Juke」「Sad Hours」「Mean Old World」も繰り返し掲載されており、チェス・レコード(Chess Records)系のブルース録音が1953年初頭のジュークボックス市場で強い存在感を持っていたことが確認できます。

アトランティック・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、アトランティック・レコード(Atlantic Recording Corporation)のザ・クローヴァーズ(The Clovers)による「I Played the Fool」、ルース・ブラウン(Ruth Brown, 1928–2006)による「Three Letters」がリズム・アンド・ブルース欄で確認できます。同号の地域別集計でもザ・クローヴァーズ(The Clovers)の盤が複数回確認でき、同社がリズム・アンド・ブルース市場で継続的なヒットを形成していたことが分かります。

キング・レコードとフェデラル・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、キング・レコード(King Records)のタイニー・ブラッドショー(Tiny Bradshaw, 1907–1958)による「Soft」、ルル・リード(Lulu Reed, 1926–2008)による「Let Me Be Your Love」、ジミー・トマソン(Jimmy Thomason, 生没年不明)、ヨーク・ブラザーズ(York Brothers)などの盤が確認できます。フェデラル・レコード(Federal Records)では、ザ・ドミノーズ(The Dominoes)による「The Bells」「I’d Be Satisfied」がリズム・アンド・ブルース欄に掲載されており、同系列がリズム・アンド・ブルースとフォーク・アンド・ウェスタンの両面で市場に出ていたことが分かります。

スペシャルティ・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、スペシャルティ・レコード(Specialty Records)のロイド・プライス(Lloyd Price, 1933–2021)による「Oooh-Oooh-Oooh」、ロイ・ミルトン(Roy Milton, 1907–1983)による「Believe Me, Baby」がリズム・アンド・ブルース欄で確認できます。同号には、ザ・ピルグリム・トラヴェラーズ(The Pilgrim Travelers)、オリジナル・ゴスペル・ハーモネッツ(Original Gospel Harmonettes)、スワン・シルヴァートーン・シンガーズ(Swan Silvertones)など、同社のゴスペル系録音も掲載されており、リズム・アンド・ブルースとゴスペルの両領域で活動が確認できます。

インペリアル・レコード

1953年1月3日号と1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、インペリアル・レコード(Imperial Records)のスリム・ホイットマン(Slim Whitman, 1923–2013)による「Indian Love Call」「Keep It a Secret」、ファッツ・ドミノ(Fats Domino, 1928–2017)による「How Long」が確認できます。フォーク・アンド・ウェスタン欄とリズム・アンド・ブルース欄の双方に同社の盤が現れており、1953年1月時点で同社が複数ジャンルをまたいで流通していたことが分かります。

アラディン・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、アラディン・レコード(Aladdin Records)のシャーリー・アンド・リー(Shirley & Lee)による「I’m Gone」、エイモス・ミルバーン(Amos Milburn, 1927–1980)による「Rock, Rock, Rock」がリズム・アンド・ブルース欄で確認できます。独立系レーベルの録音が地域別ジュークボックス市場で繰り返し扱われており、メジャー会社以外のリズム・アンド・ブルース系レーベルが1953年初頭の市場で重要な位置を占めていたことが分かります。

モダン・レコードとアールピーエム・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、アールピーエム・レコード(R.P.M. Records)のビー・ビー・キング(B. B. King, 1925–2015)による「You Know I Love You」「Story from My Heart and Soul」「Boogie Woogie Woman」がリズム・アンド・ブルース欄で確認できます。同号では、モダン・レコード(Modern Records)関連のジョニー・ムーア(Johnny Moore, 生没年不明)による「Johnny, Johnny」も確認でき、ロサンゼルス系独立レーベルのブルース録音が同月の市場で扱われていました。

デューク・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、デューク・レコード(Duke Records)のジョニー・エース(Johnny Ace, 1929–1954)による新譜への期待がロサンゼルス欄で言及され、同じリズム・アンド・ブルース欄にはビー・ビー・キング(B. B. King, 1925–2015)の「You Know I Love You」、ボビー・ブランド(Bobby Bland, 1930–2013)の「Lovin’ Blues」、アール・フォレスト(Earl Forest, 1926–2003)の「Whoopin’ & Hollerin’」など、同社周辺の録音が確認できます。南部系リズム・アンド・ブルース録音が、1953年初頭の地域別市場で注目されていたことが分かります。

ピーコック・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、ピーコック・レコード(Peacock Records)のジミー・マクラクリン(Jimmy McCracklin, 1921–2012)による「My Days Are Limited」、ベルズ・オブ・ジョイ(Bells of Joy)による「Stop Right Now」、ディキシー・ハミングバーズ(Dixie Hummingbirds)による「Trouble in My Way」が確認できます。リズム・アンド・ブルースとゴスペルの双方で同社の盤が扱われており、南部系独立レーベルの宗教音楽・世俗音楽の展開が同月資料上確認できます。

サヴォイ・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、サヴォイ・レコード(Savoy Records)のティー・ジェイ・ファウラー(T. J. Fowler, 1910–1982)による「Back Biter」、ウォード・シンガーズ(Ward Singers)による「How Many Times」が確認できます。リズム・アンド・ブルース系のインストゥルメンタル、ゴスペル系録音の双方が掲載されており、同社が1953年初頭の黒人音楽市場で活動していたことが分かります。

オーケー・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、オーケー・レコード(Okeh Records)のビッグ・メイベル(Big Maybelle, 1924–1972)による「Gabbin’ Blues」、チャック・ウィリス(Chuck Willis, 1926–1958)による「My Story」がリズム・アンド・ブルース欄で確認できます。コロムビア・レコード(Columbia Records)系のレーベルとして、リズム・アンド・ブルース市場にも継続的に盤を供給していたことが分かります。

アポロ・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、アポロ・レコード(Apollo Records)のザ・ファイヴ・ロイヤルズ(The Five Royales)による「Baby, Don’t Do It」、マヘリア・ジャクソン(Mahalia Jackson, 1911–1972)による「In the Upper Room」が確認できます。リズム・アンド・ブルースとゴスペルの両領域で同社の盤が扱われており、1953年初頭の独立系黒人音楽市場の一角を占めていました。

ジュビリー・レコード

1953年1月10日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』のリズム・アンド・ブルース欄では、ジュビリー・レコード(Jubilee Records)関連盤が同月市場の一部として確認できます。1953年のリズム・アンド・ブルース市場では、アトランティック・レコード(Atlantic Recording Corporation)、チェス・レコード(Chess Records)、スペシャルティ・レコード(Specialty Records)などと並び、独立系レーベルがジュークボックス、地域別集計、ディスクジョッキー経由で流通していました。

ロックオラ・マニュファクチャリング社

1953年1月3日号と1月17日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、ロックオラ・マニュファクチャリング社(Rock-Ola Manufacturing Corporation)の「Fireball」120選択フォノグラフの広告と販売網が確認できます。1月17日号では、スミス・アンド・ホワイト社(Smith & White Company)が同機の新しい販売拠点に任命されたこと、海外市場でも「Fireball」120フォノグラフが受け入れられていること、プエルトリコで同機が展示されたことが掲載されています。レコード会社ではありませんが、同社のフォノグラフは1953年初頭の録音流通とジュークボックス市場を支える機器として重要な動きを見せていました。

エーエムアイ社

1953年1月17日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では、エーエムアイ社(AMI, Inc.)の広告コンテスト関連の記事が掲載され、ウィリアム・E・フィッツジェラルド(William E. FitzGerald, 生没年不明)が西海岸の受賞者へエーエムアイ社(AMI, Inc.)のModel “D-80” phonographを贈呈するため出張したことが確認できます。同号の価格表にもModel “D-40” phonograph、Model “D-80” phonograph、Model HS-SM Hideawayが掲載されており、同社が1953年1月時点でコイン式フォノグラフ市場に製品を供給していたことが分かります。