1953年6月に録音された音楽

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1953年6月に録音された音楽

1953年6月は、冷戦下の軍事・政治危機と、戦後社会の大衆メディア化が同時に進んだ月でした。6月2日、エリザベス2世(Elizabeth II, 1926–2022)の戴冠式がウェストミンスター寺院(Westminster Abbey)で行われ、テレビ中継を通じて王室儀礼が広く共有されました。同日、エドモンド・ヒラリー(Edmund Hillary, 1919–2008)とテンジン・ノルゲイ(Tenzing Norgay, 1914–1986)が5月29日にエベレスト山(Mount Everest)初登頂に成功した報も英国で広く伝えられました。6月8日、朝鮮戦争(Korean War)では板門店で捕虜送還に関する合意が成立し、翌月の休戦協定へ向けた重要な段階となりました。同じ6月8日、アメリカ合衆国(United States of America)のミシガン州でフリント=ビーチャー竜巻(Flint-Beecher Tornado)が発生し、116人が死亡、844人が負傷しました。6月16日–17日、ドイツ民主共和国(German Democratic Republic)では労働者抗議が広がり、ソビエト連邦(Union of Soviet Socialist Republics)軍により鎮圧されました。6月18日、エジプト共和国(Republic of Egypt)が宣言され、ムハンマド・ナギーブ(Muhammad Naguib, 1901–1984)が大統領となりました。1953年6月19日には、アメリカ合衆国(United States of America)で、ソビエト連邦(Union of Soviet Socialist Republics)への原子力関連情報のスパイ行為をめぐって有罪判決を受けたユリウス・ローゼンバーグ(Julius Rosenberg, 1918–1953)とエセル・ローゼンバーグ(Ethel Rosenberg, 1915–1953)が処刑されました。6月26日にはラヴレンチー・ベリヤ(Lavrentiy Beria, 1899–1953)がソビエト連邦指導部内の権力闘争で失脚しました。

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1953年6月の録音に関する情報のまとめ

1953年6月の録音産業は、45回転盤と78回転盤が併存するシングル市場を中心に、ポピュラー歌唱、映画主題歌、カントリー・アンド・ウェスタン、リズム・アンド・ブルースが同時に流通する状況でした。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号では、ディスクジョッキー報告、ジュークボックス反応、新譜レビュー、広告、アーティスト・アンド・レパートリー部門(Artists and Repertoire Department)の人事、さらにコイン作動式フォノグラフの価格・流通情報が一体として扱われています。同月の資料上では、レコード会社だけでなく、ジュークボックス製造会社と主要販売会社の動きも、録音物の流通環境を支える要素として確認できます。

アールシーエー・ヴィクター

ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、1953年6月初頭の業界紙上で、45回転盤と78回転盤の並行販売を前提に幅広い新譜を訴求していました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号の広告では、エディ・フィッシャー(Eddie Fisher, 1928–2010)「I’m Walking Behind You」、ペリー・コモ(Perry Como, 1912–2001)「Say You’re Mine Again」「No Other Love」、エイムズ・ブラザーズ(The Ames Brothers)「You, You, You / Once Upon a Tune」、アーサ・キット(Eartha Kitt, 1927–2008)「Uska Dara」などが並びました。同号のレビュー欄では、エイムズ・ブラザーズ(The Ames Brothers)の同レーベル移籍後最初の盤として「Once Upon a Tune / You, You, You」が注目されました。リズム・アンド・ブルース欄では、デュ・ドロッパーズ(The Du Droppers)「I Wanna Know」(RCA Victor 20-5229)が地域反応に登場しており、同レーベルがポピュラー市場と黒人音楽市場の双方で流通していたことが確認できます。

コロムビア・レコード

コロムビア・レコード(Columbia Records)は、1953年6月初頭の放送・店頭反応で強い位置を示していました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号のディスクジョッキー報告では、パーシー・フェイス(Percy Faith, 1908–1976)による「The Song from Moulin Rouge」が首位、フランキー・レイン(Frankie Laine, 1913–2007)「I Believe」が上位に掲載されました。同号のレビュー欄では、トニー・ベネット(Tony Bennett, 1926–2023)「I’ll Go」(Columbia 40004)や、カール・スミス(Carl Smith, 1927–2010)「We Shall Meet Some Day / The Nail Scarred Hand」(Columbia 21110)も扱われ、同レーベルがポピュラー歌唱とカントリー・アンド・ウェスタンの両分野で新譜を供給していたことが確認できます。

デッカ・レコード・インコーポレイテッドとコーラル・レコード

デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)では、1953年6月初頭に制作部門の人事が業界紙上で確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号は、ミルトン・ガブラー(Milton Gabler, 1911–2001)がデッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)のアーティスト・アンド・レパートリー部門(Artists and Repertoire Department)責任者となり、ボブ・シール(Bob Thiele, 1922–1996)がコーラル・レコード(Coral Records)を引き継いだと報じました。同号のレビュー欄では、カマラータ・オーケストラ(Camarata Orchestra)「All I Desire」(Decca 28714)も取り上げられており、同社本体と系列レーベルの制作・発売体制が同時に動いていたことが確認できます。

キャピトル・レコード社

キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、1953年6月初頭にポピュラー歌唱、ギター録音、ムード・オーケストラ録音で目立つ露出がありました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号では、レス・ポール(Les Paul, 1915–2009)とメアリー・フォード(Mary Ford, 1924–1977)「Vaya Con Dios / Johnny」(Capitol 2486)、ジゼル・マッケンジー(Gisèle MacKenzie, 1927–2003)「I’d Rather Die Young」(Capitol 2501)、レス・バクスター・オーケストラ(Les Baxter Orchestra)「Gigi」(Capitol 2479)がレビューされました。同号のディスクジョッキー報告には、レス・バクスター(Les Baxter, 1922–1996)「April in Portugal」とナット・キング・コール(Nat King Cole, 1919–1965)「Pretend」も入っており、同社録音が放送、店頭、ジュークボックスの複数経路で扱われていたことが確認できます。

マーキュリー・レコード社

マーキュリー・レコード社(Mercury Record Corporation)は、1953年6月初頭の業界紙上で、ポピュラー、リズム・アンド・ブルース、カントリー・アンド・ウェスタンをまたぐ動きを示しました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号のディスクジョッキー報告では、リチャード・ヘイマン(Richard Hayman, 1920–2014)「Ruby」が上位に掲載されました。リズム・アンド・ブルース欄ではザ・レイヴンズ(The Ravens)「She’s Gotta Go」(Mercury 70119)とバディ・ジョンソン(Buddy Johnson, 1915–1977)「Hittin’ on Me」(Mercury 70116)が確認でき、カントリー・アンド・ウェスタン欄ではザ・カーライルズ(The Carlisles)「No Help Wanted」「Knothole」が扱われました。

エムジーエム・レコード

エムジーエム・レコード(MGM Records)は、1953年6月の資料上で、広告とチャートの両面から活動が確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号には、ザ・ブレンダーズ(The Blenders)「City Boogie」(MGM 11505 / K11505)の広告が掲載され、78回転盤と45回転盤の双方が示されました。同号のカントリー・アンド・ウェスタン欄では、ハンク・ウィリアムズ(Hank Williams, 1923–1953)「Your Cheatin’ Heart」「Take These Chains from My Heart」が上位にあり、没後も同レーベル盤が市場で継続的に扱われていたことが確認できます。リズム・アンド・ブルース欄では、ビリー・エクスタイン(Billy Eckstine, 1914–1993)「Coquette」(MGM 11439)も地域反応に掲載されています。

アトランティック・レコーディング・コーポレーション

アトランティック・レコーディング・コーポレーション(Atlantic Recording Corporation)は、1953年6月初頭のリズム・アンド・ブルース市場で強い反応を示しました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号では、ルース・ブラウン(Ruth Brown, 1928–2006)「Mend Your Ways」「Wild Wild Young Men」、ハル・ペイジ(Hal Paige, 生没年不明)「Drive It Home」が有力盤として扱われました。同号のリズム・アンド・ブルース反応欄にも、ルース・ブラウン(Ruth Brown, 1928–2006)「Mama, He Treats Your Daughter Mean」(Atlantic 986)が登場しており、大手レーベル中心のポピュラー市場とは別に、独立系レーベルがジュークボックスと専門市場で存在感を持っていたことが確認できます。

チェス・レコードとチェッカー・レコード

チェス・レコード(Chess Records)は、1953年6月初頭のリズム・アンド・ブルース地域反応で、ウィリー・メイボン(Willie Mabon, 1925–1985)「I’m Mad」(Chess 1538)によって強い存在感を示しました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号では、同曲が複数都市の反応欄に繰り返し掲載されました。また、チェッカー・レコード(Checker Records)盤も同号の地域反応欄に確認でき、チェス・レコード(Chess Records)系列のレーベル活動がリズム・アンド・ブルース市場の中で読めます。

ピーコック・レコード

ピーコック・レコード(Peacock Records)は、1953年6月初頭のリズム・アンド・ブルース市場で、ウィリー・メイ・ソーントン(Willie Mae Thornton, 1926–1984)「Hound Dog」(Peacock 1612)により大きな反応を得ていました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号では、同曲が複数都市の地域反応欄に登場しています。同号には、ジミー・マクラクリン(Jimmy McCracklin, 1921–2012)「She Felt Too Good」(Peacock 1615)も掲載されており、同レーベルが南部・西海岸を含むリズム・アンド・ブルース流通網の中で扱われていたことが確認できます。

インペリアル・レコード

インペリアル・レコード(Imperial Records)は、1953年6月初頭のリズム・アンド・ブルース欄で、ファッツ・ドミノ(Fats Domino, 1928–2017)「Goin’ to the River」(Imperial 5231)により確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号では、同曲が地域別のジュークボックス反応に掲載されており、ニューオーリンズ系リズム・アンド・ブルース録音が全国的な業界紙の集計対象になっていたことがわかります。

スペシャルティ・レコード

スペシャルティ・レコード(Specialty Records)は、1953年6月初頭のリズム・アンド・ブルース欄で複数盤が確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号では、フランキー・リー・シムズ(Frankie Lee Sims, 1917–1970)「Lucy Mae Blues」(Specialty 459)、マーシー・ディー(Mercy Dee, 1915–1962)「One Room Country Shack」(Specialty 458)、ジェシー・アンド・マーヴィン(Jesse and Marvin)「Dream Girl」(Specialty 447)が地域反応に掲載されました。同レーベルはブルース寄りのリズム・アンド・ブルース録音を、専門市場とジュークボックス市場の双方へ供給していたことが確認できます。

キング・レコードとフェデラル・レコード

キング・レコード(King Records)とフェデラル・レコード(Federal Records)は、1953年6月初頭のリズム・アンド・ブルース市場で、ともに目立つ反応を示しました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号では、タイニー・ブラッドショー(Tiny Bradshaw, 1907–1958)「Heavy Juice」(King 4621)が地域反応に掲載されました。同じ欄には、ザ・ドミノズ(The Dominoes)「These Foolish Things」(Federal 12129)も確認でき、キング・レコード(King Records)本体と系列レーベルのフェデラル・レコード(Federal Records)が、ジャンプ・ブルース系とヴォーカル・グループ系の双方で市場に出ていたことが読み取れます。

アポロ・レコード

アポロ・レコード(Apollo Records)は、1953年6月初頭のリズム・アンド・ブルース欄で、ザ・ファイヴ・ロイヤルズ(The “5” Royales)「Help Me Somebody」(Apollo 446)により強い反応を示しました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号では、同曲が複数地域の反応欄に掲載されています。同じ地域反応には、ザ・ファイヴ・ロイヤルズ(The “5” Royales)「Crazy, Crazy, Crazy」(Apollo 446)も確認でき、アポロ・レコード(Apollo Records)がヴォーカル・グループ系リズム・アンド・ブルースの流通で重要な位置を持っていたことがわかります。

サヴォイ・レコード

サヴォイ・レコード(Savoy Records)は、1953年6月初頭のリズム・アンド・ブルース欄で、ドリー・クーパー(Dolly Cooper, 生没年未確認)「I Wanna Know」(Savoy 891)により確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号では、同曲が地域反応欄に掲載されており、同一題名のデュ・ドロッパーズ(The Du Droppers)盤と並んで市場反応が読めます。資料上確認できる範囲では、同月のサヴォイ・レコード(Savoy Records)の動きは、リズム・アンド・ブルース系シングルのジュークボックス反応として把握できます。

モダン・レコードとアールピーエム・レコード

モダン・レコード(Modern Records)とアールピーエム・レコード(RPM Records)は、1953年6月初頭のリズム・アンド・ブルース欄で地域反応が確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号では、オスカー・マックローリー(Oscar McLollie, 1924–2008)「The Honey Jump」(Modern 902)が掲載され、アールピーエム・レコード(RPM Records)ではビー・ビー・キング(B. B. King, 1925–2015)「Woke Up This Morning」(R.P.M. 380)が確認できます。いずれも、リズム・アンド・ブルース録音が主要都市のジュークボックス反応を通じて可視化されていた例です。

プレスティッジ・レコード

プレスティッジ・レコード(Prestige Records)は、1953年6月初頭のリズム・アンド・ブルース欄で、キング・プレジャー(King Pleasure, 1922–1981)「Red Top」(Prestige 821)により確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号では、同曲が地域反応に掲載されました。ジャズ系の語法を持つ録音が、リズム・アンド・ブルースのジュークボックス反応欄に入っている点は、1953年時点の市場区分が現在のジャンル区分より流動的であったことを示しています。

ルドルフ・ワーリッツァー

ルドルフ・ワーリッツァー社(The Rudolph Wurlitzer Company)は、1953年6月のコイン作動式フォノグラフ市場で、45回転盤と78回転盤の併用を前提とした機種展開を訴求していました。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号の広告では、Wurlitzer 1500が104選択式フォノグラフとして示され、Wurlitzer 1600は45回転盤または78回転盤に対応、Wurlitzer 1650は45回転盤専用機として説明されました。録音物の商業的普及は、レコード会社の発売だけでなく、こうしたジュークボックス機器の設置・更新と連動していました。

ロックオラ・マニュファクチャリング

ロックオラ・マニュファクチャリング社(Rock-Ola Manufacturing Corporation)は、1953年6月の業界紙で、120選択式フォノグラフ「Fire-Ball」Model 1436により確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号の価格一覧では、「Fire-Ball」120 Selection, Model 1436 が掲載され、同時に壁掛け選択装置や関連機器も示されました。同号にはロックオラ・マニュファクチャリング社(Rock-Ola Manufacturing Corporation)の販売代理店情報も見られ、録音物の消費現場を支える機器流通が活発だったことが確認できます。

ジェイ・ピー・シーバーグ

ジェイ・ピー・シーバーグ社(J. P. Seeburg Corp.)は、1953年6月の資料上で、Select-O-Matic “100” 系フォノグラフにより確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号の価格一覧では、M100C(Select-O-Matic “100” phonograph)、HM100C、Wall-O-Matic “100” などが掲載されました。同号の広告面にも Seeburg M 100 C が出ており、100選択式ジュークボックスの市場投入が、45回転盤時代の録音物流通に深く関わっていたことが読み取れます。

エーエムアイ

エーエムアイ社(AMI, Inc.)は、1953年6月のコイン作動式フォノグラフ市場で、Model D 系フォノグラフにより確認できます。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号の価格一覧では、AMI, Inc. Model D-40 Phonograph、Model D-80 Phonograph、Model HS-SM Hideaway、壁掛け選択装置、Amivox Speaker が掲載されました。同号の地域欄では、エーエムアイ社(AMI, Inc.)の販売代理店や展示に関する記述も確認でき、同社の機器がジュークボックス運営業者の更新・設置対象になっていたことがわかります。

主要販売会社とジュークボックス運営網

1953年6月の録音流通では、レコード会社と機器メーカーだけでなく、販売会社・運営業者の動きも重要でした。『ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1953年6月6日号では、サザン・オートマチック・ミュージック社(Southern Automatic Music Company)がコイン機器業界30周年の記念行事を6月13日–14日に予定していること、ヤング・ディストリビューティング(Young Distributing)が新型 Wurlitzer 1500 と Wurlitzer 1600 の扱いに関わっていたこと、ランヨン社(Runyon Company)がエーエムアイ社(AMI, Inc.)などの工場代表として広告を出していたことが確認できます。これらの販売会社・運営業者は、レコードの選曲、設置場所、機器更新を通じて、録音物の実際の聴取機会を左右していました。