1953年3月に録音された音楽

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1953年3月に録音された音楽

1953年3月は、冷戦、植民地支配の危機、核開発、大衆文化が同時に動いた月です。3月5日にヨシフ・スターリン(Joseph Stalin, 1878–1953)が死去し、ソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)では後継指導体制が組み替えられました。同日にはセルゲイ・プロコフィエフ(Sergey Prokofiev, 1891–1953)も死去しました。朝鮮戦争(Korean War)では3月23日–25日にオールド・バルディの戦闘(Battle of Old Baldy)が激化し、休戦交渉では病傷捕虜交換をめぐる動きが進みました。3月17日、アメリカ合衆国(United States of America)はアップショット=ノットホール作戦(Operation Upshot–Knothole)のアニー実験(Shot ANNIE)を実施しました。3月18日にはトルコ共和国(Republic of Turkey)でイェニジェ=ゲネン地震(1953 Yenice–Gönen earthquake)が発生しました。3月25日–26日にはケニア植民地・保護領(Colony and Protectorate of Kenya)でラリ虐殺(Lari Massacre)が起こり、植民地統治とマウマウ蜂起(Mau Mau Uprising)をめぐる緊張が高まりました。3月19日には第25回アカデミー賞(25th Academy Awards)が開かれ、3月24日にはメアリー・オブ・テック(Mary of Teck, 1867–1953)が死去しました。3月26日にはジョナス・ソーク(Jonas Salk, 1914–1995)が急性灰白髄炎ワクチン研究の状況をラジオで説明しました。

この月の確認されている録音:0曲

1953年3月の録音に関する情報のまとめ

1953年3月の録音関連資料では、ポピュラー音楽、リズム・アンド・ブルース、カントリー・アンド・ウェスタン、ジャズ、クラシックの各市場で、主要会社と独立レーベルの活動が並行していました。ザ・ビルボード(The Billboard)とザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)には、キャピトル・レコード(Capitol Records)の大型契約とミュージカル原キャスト録音権、ファンタジー・レコード(Fantasy Records)のライブ録音、サン・レコード(Sun Records)の応答歌録音、ピーコック・レコード(Peacock Records)とアトランティック・レコード(Atlantic Records)のリズム・アンド・ブルース市場での動き、マーキュリー・レコード(Mercury Records)、コーラル・レコード(Coral Records)、エムジーエム・レコード(M-G-M Records)、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)の市場展開、サヴォイ・レコード(Savoy Records)とリージェント・レコード(Regent Records)のEP盤計画、モダン・レコード(Modern Records)の原盤取得が記録されています。

キャピトル・レコード

1953年3月のキャピトル・レコード(Capitol Records)は、ポピュラー音楽市場で大型契約と原盤権取得を進めていました。ザ・ビルボード(The Billboard)1953年3月21日号は、フランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)がキャピトル・レコード(Capitol Records)所属になったことを報じています。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1953年3月14日号では、キャピトル・レコード(Capitol Records)がミュージカル『カンカン(Can-Can)』の原キャスト録音権を取得したこと、ベティ・ハットン(Betty Hutton, 1921–2007)との契約予定が報じられています。フランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)のキャピトル・レコード(Capitol Records)での初回録音日は、これらの3月記事上では特定されていません。

ファンタジー・レコード

デイヴ・ブルーベック・カルテット(Dave Brubeck Quartet)の『ジャズ・アット・オーバリン(Jazz at Oberlin)』は、1953年3月2日にオーバリン大学(Oberlin College)のフィニー礼拝堂(Finney Chapel)で録音されたライブ録音です。ブルーベック・コレクション(Brubeck Collection)は、同録音を1953年3月2日のオーバリン大学(Oberlin College)公演として整理しており、後にファンタジー・レコード(Fantasy Records)から発売されました。1953年3月の録音日を特定できるジャズ・アルバムの事例です。

ピーコック・レコード

ザ・ビルボード(The Billboard)1953年3月14日号は、ウィリー・メイ・“ビッグ・ママ”・ソーントン(Willie Mae “Big Mama” Thornton, 1926–1984)の「ハウンド・ドッグ(Hound Dog)」、Peacock 1612を新譜評に掲載しています。同作は1952年録音として知られ、1953年3月時点ではピーコック・レコード(Peacock Records)のリズム・アンド・ブルース市場における重要盤として流通していました。

サン・レコード

サン・レコード(Sun Records)181番「ベア・キャット(Bear Cat)」は、ルーファス・トーマス(Rufus Thomas, 1917–2001)による「ハウンド・ドッグ(Hound Dog)」への応答歌です。ディスコグラフィ資料では、同作は1953年3月8日にメンフィス・レコーディング・サービス(Memphis Recording Service)で録音され、1953年3月に発売されたとされています。サン・レコード(Sun Records)の公式解説では、同作は同社初期の全国的成功作として位置づけられています。

アトランティック・レコード

ザ・ビルボード(The Billboard)1953年3月14日号では、ルース・ブラウン(Ruth Brown, 1928–2006)の「ママ、ヒー・トリーツ・ユア・ドーター・ミーン(Mama, He Treats Your Daughter Mean)」がアトランティック・レコード(Atlantic Records)盤としてリズム・アンド・ブルース市場の上位曲に掲載されています。同作の録音日は1953年3月としては特定できませんが、1953年3月時点でアトランティック・レコード(Atlantic Records)がリズム・アンド・ブルース市場で強い販売・再生状況を持っていたことが分かります。

マーキュリー・レコード

ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1953年3月14日号のディスクジョッキー再生上位リストでは、パティ・ペイジ(Patti Page, 1927–2013)の「ハウ・マッチ・イズ・ザット・ドギー・イン・ザ・ウィンドウ(How Much Is That Doggie in the Window)」と、ザ・ゲイローズ(The Gaylords)の「テル・ミー・ユーアー・マイン(Tell Me You’re Mine)」がマーキュリー・レコード(Mercury Records)盤として上位に掲載されています。同号では、ジョージア・ギブス(Georgia Gibbs, 1918–2006)とラスティ・ドレイパー(Rusty Draper, 1923–2003)を含む同社盤の広告展開も見られます。マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、1953年3月のポピュラー市場で複数の有力盤を抱えていました。

コーラル・レコード

ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1953年3月14日号では、テレサ・ブリュワー(Teresa Brewer, 1931–2007)の「ティル・アイ・ワルツ・アゲイン・ウィズ・ユー(Till I Waltz Again with You)」がコーラル・レコード(Coral Records)盤としてポピュラー市場の上位に掲載されています。同作は1953年3月の同時代チャート上で大きな存在感を持つ盤でした。録音日は1953年3月としては特定されていません。

エムジーエム・レコード

ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1953年3月14日号は、ハンク・ウィリアムズ(Hank Williams, 1923–1953)の「カウ=ライジャ(Kaw-Liga)」と「ユア・チーティン・ハート(Your Cheatin’ Heart)」をM-G-M 11416として扱い、同人物の没後ヒットとして取り上げています。1953年1月1日に死去したハンク・ウィリアムズ(Hank Williams, 1923–1953)の録音は、1953年3月のカントリー・アンド・ウェスタン市場で大きく流通していました。

アールシーエー・ヴィクター

ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1953年3月14日号では、ペリー・コモ(Perry Como, 1912–2001)の「ドント・レット・ザ・スターズ・ゲット・イン・ユア・アイズ(Don’t Let the Stars Get in Your Eyes)」と「ワイルド・ホーセズ(Wild Horses)」がアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)盤としてディスクジョッキー再生上位に掲載されています。ザ・ビルボード(The Billboard)1953年3月14日号では、アルトゥーロ・トスカニーニ(Arturo Toscanini, 1867–1957)指揮によるルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven, 1770–1827)作品のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)盤への言及もあります。同社は1953年3月時点で、ポピュラーとクラシックの双方に市場展開を持っていました。

サヴォイ・レコード/リージェント・レコード

ザ・ビルボード(The Billboard)1953年3月28日号は、サヴォイ・レコード(Savoy Records)とリージェント・レコード(Regent Records)がEP盤の発売計画を進めていることを報じています。同記事では、ジャズやクラシックなど複数分野を対象にしたEP盤展開が示されています。1953年3月の同社系レーベルでは、収録済み音源の商品化とフォーマット展開が進められていました。

モダン・レコード

ザ・ビルボード(The Billboard)1953年3月28日号は、モダン・レコード(Modern Records)がレオン・ルネ(Leon René, 1902–1982)のクラス・レコード(Class Records)から8件の原盤を5,000ドルで取得したと報じています。対象にはオスカー・マクロリー(Oscar McLollie, 1924–2008)関連の「ハニー・ジャンプ(Honey Jump)」などが含まれ、同時にバンド契約も引き継がれました。1953年3月のモダン・レコード(Modern Records)では、原盤取得と契約移管によるレパートリー拡充が進みました。