1953年11月に録音された音楽

スポンサーリンク

1953年11月に録音された音楽

1953年11月は、冷戦下の植民地秩序、軍事、科学技術、文化が同時に動いた月でした。9日、カンボジア王国(Kingdom of Cambodia)はフランス共和国(French Republic)からの独立を達成し、ノロドム・シハヌーク(Norodom Sihanouk, 1922–2012)の独立運動が国家主権の回復につながりました。20日–22日には第一次インドシナ戦争(First Indochina War)でフランス連合軍がディエンビエンフーに降下するカストール作戦(Operation Castor)を実施し、翌年の決戦への布石となりました。24日、国際連合安全保障理事会(United Nations Security Council)はキビヤ事件(The Qibya (Israel-Jordan) Incident)をめぐる国際連合安全保障理事会決議第101号(United Nations Security Council Resolution 101)を採択しました。科学技術では、20日にアルバート・スコット・クロスフィールド(Albert Scott Crossfield, 1921–2006)がダグラス D-558-II スカイロケット(Douglas D-558-II Skyrocket)でマッハ2に到達しました。考古学ではピルトダウン人(Piltdown Man)の捏造が確認され、25日にはウェンブリー・スタジアム(Wembley Stadium)でハンガリー代表がイングランド代表を6対3で破り、スポーツ文化にも大きな転換点が生まれました。

この月の確認されている録音:0曲

1953年11月の録音に関する情報のまとめ

1953年11月の録音関連では、キャピトル・レコード(Capitol Records)、デッカ・レコード(Decca Records)、プレスティッジ・レコード(Prestige Records)、アトランティック・レコード(Atlantic Records)、ブルー・ノート・レコード(Blue Note Records)、チェス・レコード(Chess Records)、デビュー・レコード(Debut Records)で当月日付の録音セッションが残されています。また、コロムビア・レコード(Columbia Records)、マーキュリー・レコード(Mercury Records)、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)、サン・レコード(Sun Records)では、既録音盤の発売、流通、業界誌上の評価が1953年11月の資料に現れます。同月は、ポピュラー歌手のヒット盤、リズム・アンド・ブルース、ニューオーリンズ系録音、モダン・ジャズの小編成録音が並行して動いた時期でした。

コロムビア・レコード

コロムビア・レコード(Columbia Records)では、トニー・ベネット(Tony Bennett, 1926–2023)とパーシー・フェイス・アンド・ヒズ・オーケストラ(Percy Faith and His Orchestra)による『ラッグス・トゥ・リッチズ(Rags to Riches)』が1953年11月の米国ポピュラー盤市場で大きく伸びました。ビルボード(Billboard)1953年11月21日号では同盤が主要ヒットとして扱われ、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1953年11月21日号でも同時期の市場動向の中に現れます。録音日は1953年3月17日とされ、1953年11月には販売・流通面での存在感が強まっていました。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード(Capitol Records)では、1953年11月5日–6日にフランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)が『ソングス・フォー・ヤング・ラヴァーズ(Songs for Young Lovers)』の録音を行いました。録音はキャピトル・レコード・メルローズ・アヴェニュー・スタジオ(Capitol Records Melrose Avenue Studios)で行われ、ネルソン・リドル(Nelson Riddle, 1921–1985)の編曲を中心に制作されました。同作は1954年に発売され、キャピトル・レコード(Capitol Records)期のフランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)のアルバム制作を方向づける録音となりました。

デッカ・レコード

デッカ・レコード(Decca Records)では、1953年11月14日にビング・クロスビー(Bing Crosby, 1903–1977)が『チェンジング・パートナーズ(Changing Partners)』を録音しました。発売盤は Decca 28969 および Decca 9-28969 として確認され、ジャド・コンロン・リズムエアーズ(Jud Conlon’s Rhythmaires)とのクレジットで扱われます。同録音は1953年12月発売盤として整理され、1953年11月にはデッカ・レコード(Decca Records)のポピュラー歌手録音の一つとして制作されました。

マーキュリー・レコード

マーキュリー・レコード(Mercury Records)では、パティ・ペイジ(Patti Page, 1927–2013)による『チェンジング・パートナーズ(Changing Partners)』が Mercury 70260 として1953年11月の米国市場に現れました。ビルボード(Billboard)1953年11月21日号の新譜評に掲載され、同盤は1953年末から1954年にかけてポピュラー・チャート上で広がりました。録音日は1953年9月21日とされ、1953年11月にはマーキュリー・レコード(Mercury Records)の主要な流通盤として扱われていました。

アールシーエー・ヴィクター

アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)では、ダイナ・ショア(Dinah Shore, 1916–1994)による『チェンジング・パートナーズ(Changing Partners)』が1953年11月の業界誌上に現れます。ビルボード(Billboard)1953年11月21日号の新譜評には RCA Victor 20-5515 として掲載され、ヒューゴ・ウィンターハルター(Hugo Winterhalter, 1909–1973)管弦楽団との録音として流通していました。同時期に複数社が同曲を競作として扱っており、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)盤もその一角を占めました。

プレスティッジ・レコード

プレスティッジ・レコード(Prestige Records)では、1953年11月13日にセロニアス・モンク(Thelonious Monk, 1917–1982)とソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)を含む録音セッションがニューヨークで行われました。WORスタジオ(WOR Studios)での録音には、ジュリアス・ワトキンス(Julius Watkins, 1921–1977)、パーシー・ヒース(Percy Heath, 1923–2005)、ウィリー・ジョーンズ(Willie Jones, 生没年不明)らが参加しました。このセッションは後に『セロニアス・モンク・アンド・ソニー・ロリンズ(Thelonious Monk and Sonny Rollins)』などに収められ、1953年11月の日付をもつモダン・ジャズ録音として残りました。

アトランティック・レコード

アトランティック・レコード(Atlantic Records)では、1953年11月に複数の録音セッションが集中しました。1953年11月1日にルース・ブラウン(Ruth Brown, 1928–2006)、11月8日にリトル・シルヴィア(Little Sylvia, 1935–2011)、11月12日にクライド・マクファター・アンド・ザ・ドリフターズ(Clyde McPhatter and The Drifters)、11月22日にシルヴィア・シムズ(Sylvia Syms, 1917–1992)の録音がニューヨークで行われました。さらに、1953年11月にはニューオーリンズでプロフェッサー・ロングヘア(Professor Longhair, 1918–1980)の『ティピティーナ(Tipitina)』などの録音も行われ、同社のリズム・アンド・ブルース、ヴォーカル・グループ、ジャズ系歌手、ニューオーリンズ系録音が同月に並行して制作されました。

ブルー・ノート・レコード

ブルー・ノート・レコード(Blue Note Records)では、1953年11月23日にニューヨークのWORスタジオ(WOR Studios)でホレス・シルヴァー(Horace Silver, 1928–2014)を中心とする録音が行われました。このセッションにはパーシー・ヒース(Percy Heath, 1923–2005)、アート・ブレイキー(Art Blakey, 1919–1990)、サブー・マルティネス(Sabu Martinez, 1930–1979)らが関わり、『オーパス・デ・ファンク(Opus De Funk)』を含む録音が残されました。1953年11月のこの制作は、ブルー・ノート・レコード(Blue Note Records)が1950年代半ばに展開するモダン・ジャズ録音の流れにつながりました。

チェス・レコード

チェス・レコード(Chess Records)では、1953年11月にウィリー・メイボン・アンド・オーケストラ(Willie Mabon and Orchestra)による『アイ・ガット・トゥ・ゴー(I Got to Go)』と『クルージン(Cruisin’)』が Chess 1554 として扱われています。また、1953年11月にはヴァライダ・スノウ(Valaida Snow, 1904–1956)のユニバーサル・レコーディング(Universal Recording)での録音が行われ、『アイ・エイント・ゴナ・テル(I Ain’t Gonna Tell)』と『イフ・ユー・ドント・ミーン・イット(If You Don’t Mean It)』が Chess 1555 として整理されています。チェス・レコード(Chess Records)は、1953年11月にもシカゴを中心にブルース、リズム・アンド・ブルース、ジャズ系歌手の録音と発売を進めていました。

サン・レコード

サン・レコード(Sun Records)では、ジュニア・パーカー(Junior Parker, 1932–1971)を中心とするリトル・ジュニアズ・ブルー・フレイムズ(Little Junior’s Blue Flames)による『ミステリー・トレイン(Mystery Train)』と『ラヴ・マイ・ベイビー(Love My Baby)』が Sun 192 として扱われます。発売月は1953年11月とされ、サン・レコード(Sun Records)の公式情報でも同録音は同社初期ブルース録音の重要作として位置づけられています。録音日は1953年9月–10月とされ、1953年11月にはサン・レコード(Sun Records)の流通盤として存在感を持ちました。

デビュー・レコード

デビュー・レコード(Debut Records)では、1953年11月30日にポール・ブレイ(Paul Bley, 1932–2016)のトリオ録音がニューヨークで行われました。セッションにはチャールズ・ミンガス(Charles Mingus, 1922–1979)とアート・ブレイキー(Art Blakey, 1919–1990)が参加し、後に『イントロデューシング・ポール・ブレイ(Introducing Paul Bley)』として整理される録音群の基礎となりました。1953年11月末の日付をもつ同録音は、デビュー・レコード(Debut Records)が同時代ジャズの新しい録音機会を作っていたことを示しています。