1953年9月に録音された音楽

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1953年9月に録音された音楽

1953年9月は、朝鮮戦争(Korean War)休戦後の国際秩序再編と、第二次世界大戦(Second World War)後の制度化が同時に進んだ月です。9月3日、人権及び基本的自由の保護のための条約(Convention for the Protection of Human Rights and Fundamental Freedoms)が発効し、欧州の人権保障は条約制度として動き始めました。9月6日にはドイツ連邦共和国(Federal Republic of Germany)で連邦議会選挙(Bundestag election)が行われ、コンラート・アデナウアー(Konrad Adenauer, 1876–1967)の政権基盤が強まりました。同月上旬には、朝鮮戦争捕虜交換のビッグ・スイッチ作戦(Operation Big Switch)による大規模な返還が進みました。9月7日、ニキータ・セルゲーエヴィチ・フルシチョフ(Nikita Sergeyevich Khrushchev, 1894–1971)がソビエト連邦共産党中央委員会(Central Committee of the Communist Party of the Soviet Union)第一書記となりました。9月16日には映画『聖衣(The Robe)』がシネマスコープ(CinemaScope)作品として公開され、映画興行はワイドスクリーン時代へ向かいました。9月21日、ノ・グムソク(No Kum-Sok, 1932–2022)がミコヤン・グレヴィッチ・ミグ15ビス(Mikoyan-Gurevich MiG-15bis)で韓国側へ飛行しました。9月26日、アメリカ合衆国・スペイン間軍事施設協定(Military Facilities in Spain: Agreement Between the United States and Spain)が成立し、冷戦期の基地網が再構成されました。

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1953年9月の録音に関する情報のまとめ

1953年9月の同時代業界資料では、録音セッションそのものの詳細記録よりも、秋季商戦へ向けた発売形式、販売施策、ディスクジョッキー宣伝、ジュークボックス市場と結びつく活動が目立ちます。ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、エクステンデッド・プレイ45回転盤(extended-play 45 rpm recording)と限定版アルバムを強く押し出し、カピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)、コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)、マーキュリー・レコード社(Mercury Record Corporation)は、それぞれ新規契約、新譜、所属アーティスト宣伝を展開しました。ルドルフ・ウォリッツァー社(The Rudolph Wurlitzer Company)のような販売・ジュークボックス関連企業も、録音産業と結びつく大規模販促を動かしていました。

アールシーエー・ヴィクター

ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、1953年9月15日にニューヨーク24丁目工場で、業界通算1,000万枚目のエクステンデッド・プレイ45回転盤(extended-play 45 rpm recording)がプレスされたと発表しました。同社は同形式を前年に導入して以来700万枚超をプレスしており、同時代資料では業界全体のエクステンデッド・プレイ商品売上が1,450万ドルを超えたとも報じられています。9月19日に終了した販売会議では、グレン・ミラー(Glenn Miller, 1904–1944)の限定版アルバムを、33⅓回転盤5枚組または45回転盤14枚組、定価24.95ドルの商品として、販売店援助、ディスクジョッキー向け施策、ラジオおよびテレビ広告と連動させていました。9月5日付資料では、マリリン・モンロー(Marilyn Monroe, 1926–1962)との録音契約も報じられ、同記事では最初のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)盤の録音は翌月予定とされています。

カピトル・レコード

カピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、1953年9月5日付資料で、モニカ・ルイス(Monica Lewis, 1922–2015)、コニー・ラッセル(Connie Russell, 1923–1990)、ホーギー・カーマイケル(Hoagy Carmichael, 1899–1981)の新規契約を発表しました。同時に、ウォルト・ディズニー(Walt Disney, 1901–1966)関連映画『ロブ・ロイ(Rob Roy)』の児童向けオリジナル・キャスト・アルバム権利取得も示されています。ホーギー・カーマイケル(Hoagy Carmichael, 1899–1981)については、ハリウッドで録音された『ラヴ・ウィル・スーン・ビー・ヒア(Love Will Soon Be Here)』を急ぎ発売する計画が記されています。9月12日付資料では、カピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)とコロムビア・ピクチャーズ社(Columbia Pictures Corporation)が、フランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)の宣伝行事をニューヨークで行い、録音『フロム・ヒア・トゥ・エタニティ(From Here to Eternity)』と『アイヴ・ガット・ザ・ワールド・オン・ア・ストリング(I’ve Got the World on a String)』が映画出演とあわせて話題化していました。

コロムビア・レコード

コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)は、1953年9月19日付資料で、トニー・ベネット(Tony Bennett, 1926–2023)のColumbia 40048『ラグズ・トゥ・リッチズ(Rags to Riches)』を大きく扱われています。同盤はパーシー・フェイス・アンド・ヒズ・オーケストラ(Percy Faith and His Orchestra)による伴奏を伴う新作として紹介され、同時代資料ではヒット候補として強く評価されていました。同じ9月19日付資料では、ザ・フォー・ラッズ(The Four Lads)のColumbia 40082『イスタンブール(Istanbul)』と『アイ・シュッド・ハヴ・トールド・ユー・ロング・アゴー(I Should Have Told You Long Ago)』も取り上げられ、前者はジュークボックス市場での反応が期待される軽いノヴェルティ曲として説明されています。コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)は、ルドルフ・ウォリッツァー社(The Rudolph Wurlitzer Company)と連動するフランキー・レイン(Frankie Laine, 1913–2007)関連の歌手発掘企画にも関与していました。

ルドルフ・ウォリッツァー

ルドルフ・ウォリッツァー社(The Rudolph Wurlitzer Company)は、1953年9月にフランキー・レイン(Frankie Laine, 1913–2007)と結びつけた歌手奨学金コンテストを全国規模で展開していました。9月12日付資料では、主要人口圏をカバーする40人のディスクジョッキーが同企画の独占的宣伝権を受け入れたとされ、9月1日に一般向け告知を開始し、応募受付は9月15日から行う計画でした。応募用紙は、参加ディスクジョッキー、ルドルフ・ウォリッツァー社(The Rudolph Wurlitzer Company)配給業者、コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)配給業者へ送付され、地域ごとのポスターも用意されました。この企画は、録音新人発掘、ラジオ、テレビ、レコード配給、ジュークボックス販売網を接続する販促活動でした。

デッカ・レコード

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、1953年9月5日付資料で、ジョージー・ショー(Georgie Shaw, 生没年不明)のDecca 28838『レット・ミー・ゴー・デヴィル(Let Me Go Devil)』と『ラグズ・トゥ・リッチズ(Rags to Riches)』をデビュー盤として紹介されました。同じ資料では、キティ・カレン(Kitty Kallen, 1921–2016)の最初のデッカ盤Decca 28813『ロンリー(Lonely)』と『ハートレス・ハート(Heartless Heart)』も扱われ、ジャック・プライス(Jack Pleis, 1917–1990)の指揮によるオーケストラとカルテット伴奏が記されています。リズム・アンド・ブルース分野では、シスター・ロゼッタ・サープ(Sister Rosetta Tharpe, 1915–1973)、サヴァナ・チャーチル(Savannah Churchill, 1920–1974)、ルイ・ジョーダン(Louis Jordan, 1908–1975)、ヘレン・ヒュームズ(Helen Humes, 1913–1981)らのデッカ盤が同月資料に掲載され、同社がポピュラー、カントリー、リズム・アンド・ブルースを横断して販売を進めていたことが分かります。9月19日付資料では、トロントのカジノ劇場(Casino Theatre)におけるザ・フォー・エイセズ(The Four Aces)の出演宣伝も確認できます。

マーキュリー・レコード

マーキュリー・レコード社(Mercury Record Corporation)は、1953年9月5日付資料で、リズム・アンド・ブルース、カントリー・アンド・ウェスタン、ポピュラーの複数新譜をまとめて広告していました。ザ・レイヴンズ(The Ravens)の『ラフ・ライディン(Rough Ridin’)』、ダイナ・ワシントン(Dinah Washington, 1924–1963)の『テレビジョン・イズ・ザ・シング(TV Is the Thing)』、ザ・カーライルズ(The Carlisles)の『イズ・ザット・ユー、マートル(Is Zat You, Myrtle)』などが同じ広告面に並びます。9月19日付資料では、ヴィック・ダモーン(Vic Damone, 1928–2018)がリチャード・ヘイマン・オーケストラ(Richard Hayman Orchestra)とのMercury 70216『エブ・タイド(Ebb Tide)』と『イフ・アイ・クッド・メイク・ユー・マイン(If I Could Make You Mine)』で大きく扱われ、同号記事ではロサンゼルス滞在中に『エブ・タイド(Ebb Tide)』の最初のヴォーカル版をマーキュリー・レコード社(Mercury Record Corporation)向けに録音したことも報じられています。同じ記事では、パティ・ペイジ(Patti Page, 1927–2013)が『ザ・ロードズ・プレイヤー(The Lord’s Prayer)』と『ファーザー・ファーザー(Father, Father)』を録音したことも確認できます。

コーラル・レコード

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)系のコーラル・レコード(Coral Records)は、1953年9月26日付資料で、テックス・ベネキー(Tex Beneke, 1914–2000)が『ダニーズ・ハイダウェイ(Danny’s Hideaway)』を録音したことが報じられています。同記事では、ニューヨークの飲食店ダニーズ・ハイダウェイ(Danny’s Hideaway)の経営者ダニー・ストラデラ(Danny Stradella, 生没年不明)が、同録音を記念して9月22日に音楽・録音・娯楽関係者を招いた行事を開く予定だったことも記されています。グレン・ミラー(Glenn Miller, 1904–1944)楽団と関係の深かったテックス・ベネキー(Tex Beneke, 1914–2000)の録音が、ニューヨークの業界社交空間と結びついて宣伝された事例です。