1954年8月に録音された音楽

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1954年8月に録音された音楽

1954年8月は、冷戦期の政治・軍事体制と大衆文化の変化が並行して進んだ月です。インドシナではジュネーヴ協定(Geneva Agreements)にもとづく停戦が進み、1954年8月1日に中部ベトナム(Central Viet-Nam)、1954年8月11日に南部ベトナム(Southern Viet-Nam)で停戦が発効しました。欧州ではフランス国民議会(Assemblée nationale)が欧州防衛共同体設立条約(Treaty setting up the European Defence Community)の批准を退け、西欧防衛構想は再編を迫られました。アメリカ合衆国ではドワイト・デイヴィッド・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower, 1890–1969)が内国歳入法典1954年版(Internal Revenue Code of 1954)と共産党統制法(Communist Control Act of 1954)に署名し、税制と国内反共政策の両面で大きな制度変更がありました。ブラジルではジェトゥリオ・ドルネレス・ヴァルガス(Getúlio Dornelles Vargas, 1882–1954)が1954年8月24日に自死し、政治危機が深まりました。文化面ではスポーツ・イラストレイテッド(Sports Illustrated)が1954年8月16日に創刊され、月末にはハリケーン・キャロル(Hurricane Carol)がニューイングランド(New England)を襲いました。

この月の確認されている録音:0曲

1954年8月の録音に関する情報のまとめ

1954年8月の同時代業界資料では、リズム・アンド・ブルース由来の楽曲が白人ポップ市場へ波及する動き、独立レーベルの地域ヒット、大手レーベルによるラテン音楽・ジャズ・ポピュラー歌唱の展開が確認できます。『ビルボード(Billboard)』と『キャッシュ・ボックス(Cash Box)』の当月号では、マーキュリー・レコード・コーポレーション(Mercury Record Corporation)、アトランティック・レコーディング・コーポレーション(Atlantic Recording Corporation)傘下のキャット・レコード(Cat Records)、サン・レコード(Sun Records)、デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)、コロムビア・レコード(Columbia Records)、アールシーエー・ビクター(RCA Victor)、キャピトル・レコード・インコーポレイテッド(Capitol Records, Inc.)の動きが読み取れます。

マーキュリー・レコード

マーキュリー・レコード・コーポレーション(Mercury Record Corporation)は、ザ・クルー・カッツ・ウィズ・デイヴィッド・キャロル・アンド・ヒズ・オーケストラ(The Crew-Cuts with David Carroll and His Orchestra)による「Sh-Boom」を通じて、1954年8月の米国ポピュラー市場で大きな存在感を示しました。『ビルボード(Billboard)』1954年8月7日号では同曲が全国的な上位曲として扱われ、リズム・アンド・ブルース曲の白人ポップ・カバーが広範な市場へ届いた事例となりました。

アトランティック/キャット

アトランティック・レコーディング・コーポレーション(Atlantic Recording Corporation)傘下のキャット・レコード(Cat Records)は、ザ・コーズ(The Chords)の「Sh-Boom」を1954年の重要なリズム・アンド・ブルース系ヒットとして展開しました。1954年8月の同時代チャートでは、ザ・クルー・カッツ・ウィズ・デイヴィッド・キャロル・アンド・ヒズ・オーケストラ(The Crew-Cuts with David Carroll and His Orchestra)のマーキュリー盤と並行して同曲が扱われ、原曲側のキャット・レコード(Cat Records)盤もクロスオーバー現象の一部として確認できます。

サン・レコード

サン・レコード(Sun Records)は、エルヴィス・プレスリー・スコッティ・アンド・ビル(Elvis Presley, Scotty and Bill)名義の Sun 209「That’s All Right」/「Blue Moon of Kentucky」によって、1954年8月の地域市場で注目を集めました。『ビルボード(Billboard)』1954年8月7日号では同盤への新人評が確認でき、1954年8月時点の同社はメンフィスを中心とする地域的反応を全国業界誌に可視化しつつありました。

デッカ・レコード

デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)は、1954年8月28日号の『ビルボード(Billboard)』で20年史特集の対象となり、米国録音産業における同社の位置づけが業界誌上で整理されました。同月の市場動向では、ビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツ(Bill Haley and His Comets)の Decca 29204「Shake, Rattle and Roll」/「A.B.C. Boogie」も、リズム・アンド・ブルース由来の楽曲を白人ロックンロール文脈へ移した重要な事例として位置づけられます。

コロムビア・レコード

コロムビア・レコード(Columbia Records)は、ローズマリー・クルーニー・ウィズ・バディ・コール・アンド・ヒズ・オーケストラ(Rosemary Clooney with Buddy Cole and His Orchestra)による「Hey There」を通じて、1954年8月のポピュラー歌唱市場で上昇を見せました。『キャッシュ・ボックス(Cash Box)』1954年8月14日号では同曲が上位曲として掲載され、同年秋にかけての大ヒットへ向かう動きが当月の資料上で確認できます。

アールシーエー・ビクター

アールシーエー・ビクター(RCA Victor)は、1954年8月の米国市場でマンボ関連録音を目立たせていました。『キャッシュ・ボックス(Cash Box)』1954年8月21日号では、ペレス・プラード(Dámaso Pérez Prado, 1916–1989)の「St. Louis Blues Mambo」が広く演奏されている録音として確認できます。また、ペリー・コモ・ウィズ・ミッチェル・エアーズ・アンド・ヒズ・オーケストラ・アンド・ザ・レイ・チャールズ・コーラス(Perry Como with Mitchell Ayres and His Orchestra and The Ray Charles Chorus)の「Papa Loves Mambo」は、1954年8月31日の録音とされ、同社のポピュラー歌唱におけるマンボ展開を示します。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード・インコーポレイテッド(Capitol Records, Inc.)は、1954年8月28日号の『ビルボード(Billboard)』で、ウディ・ハーマン(Woody Herman, 1913–1987)との長期契約が報じられました。これは、同社が1954年8月時点でもジャズおよび大編成バンド系の録音人材を重視していたことを示す業界資料上の動きです。