1954年3月に録音された音楽

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1954年3月に録音された音楽

1954年3月は、冷戦下の核開発、脱植民地化、テレビ報道、国際政治、映画文化が集中して動いた月でした。3月1日、アメリカ合衆国(United States of America)はビキニ環礁(Bikini Atoll)で水爆実験キャッスル・ブラボー(Castle Bravo)を実施し、第五福竜丸の被ばくを含む放射性降下物問題が国際的に注目されました。同じ3月1日、プエルトリコ国民党(Puerto Rican Nationalist Party)関係者4人がアメリカ合衆国議会議事堂(United States Capitol)の下院本会議場で発砲し、議員5人が負傷しました。3月9日には、エドワード・ロスコー・マロー(Edward Roscoe Murrow, 1908–1965)がコロムビア・ブロードキャスティング・システム(Columbia Broadcasting System)の『シー・イット・ナウ(See It Now)』でジョセフ・レイモンド・マッカーシー(Joseph Raymond McCarthy, 1908–1957)を批判し、テレビ報道と反共政治の関係を象徴する放送となりました。3月13日には、ソビエト社会主義共和国連邦閣僚会議付属国家保安委員会(Committee for State Security under the Council of Ministers of the Union of Soviet Socialist Republics)が設置され、同日、フランス連合軍とベトナム独立同盟会(Việt Nam Độc Lập Đồng Minh Hội)によるディエンビエンフーの戦い(Battle of Dien Bien Phu)が本格化しました。3月25日には第26回アカデミー賞(26th Academy Awards)が開催され、『地上より永遠に(From Here to Eternity)』が作品賞を受賞しました。

この月の確認されている録音:0曲

1954年3月の録音に関する情報のまとめ

1954年3月のアメリカ合衆国の録音市場では、レコード会社の新譜、ラジオ放送、販売店、ジュークボックス運営者が密接に結びついていました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1954年3月号では、コロムビア・レコード(Columbia Records)、アメリカ・ラジオ社(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ビクター(RCA Victor)、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)、マーキュリー・レコード(Mercury Records)、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)、ドット・レコード(Dot Records)、エム・ジー・エム・レコード(M-G-M Records)などの録音が、販売ランキング、ディスクジョッキー再生表、ジュークボックス関連の記事や広告で確認できます。3月8日–10日には、シカゴのパーマー・ハウス(Palmer House)で第4回ミュージック・オペレーターズ・オブ・アメリカ(Music Operators of America, Inc.)大会が開催され、レコード会社、出版社、配給業者、アーティストがジュークボックス運営者に向けて録音商品を売り込む場となりました。

ミュージック・オペレーターズ・オブ・アメリカ

第4回ミュージック・オペレーターズ・オブ・アメリカ(Music Operators of America, Inc.)大会は、1954年3月8日–10日にシカゴのパーマー・ハウス(Palmer House)で開催されました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1954年3月20日号は、同大会にレコード会社、音楽出版社、配給業者、アーティスト、ジュークボックス運営者が集まったことを報じています。同誌は、アールシーエー・ビクター(RCA Victor)、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)、コーラル・レコード(Coral Records)、エセックス・レコード(Essex Records)、レーベルX(Label “X”)、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)、マーキュリー・レコード(Mercury Records)、コロムビア・レコード(Columbia Records)などが会場で存在感を示したと記しており、同大会は当月の録音商品流通とジュークボックス市場を結びつける重要な業界イベントでした。

コロムビア

コロムビア・レコード(Columbia Records)は、1954年3月のポピュラー録音市場で、ドリス・デイ(Doris Day, 1922–2019)の「Secret Love」とジョー・スタッフォード(Jo Stafford, 1917–2008)の「Make Love to Me」を中心に強い動きを示しました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1954年3月6日号では「Secret Love」が上位曲として扱われ、同曲は3月20日号と3月27日号でもディスクジョッキー再生や販売面で高い位置を保っています。同じ3月の資料では、トニー・ベネット(Tony Bennett, 1926–2023)の「Stranger in Paradise」も、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)のフォー・エイセズ(The Four Aces)盤と競合する主要録音として確認できます。コロムビア・レコード(Columbia Records)は、映画主題歌系のスター歌唱とポピュラー・バラードを軸に、当月の放送・販売市場で継続的に露出していました。

アールシーエー・ビクター

アメリカ・ラジオ社(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ビクター(RCA Victor)は、1954年3月にペリー・コモ(Perry Como, 1912–2001)の「Wanted」とエディ・フィッシャー(Eddie Fisher, 1928–2010)の「Oh, My Papa」を中心に市場で確認できます。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1954年3月20日号では、ペリー・コモ(Perry Como, 1912–2001)の「Wanted」がディスクジョッキー再生上位に入り、エディ・フィッシャー(Eddie Fisher, 1928–2010)の「Oh, My Papa」も引き続き主要曲として扱われています。同月の第4回ミュージック・オペレーターズ・オブ・アメリカ(Music Operators of America, Inc.)大会では、アールシーエー・ビクター(RCA Victor)とレーベルX(Label “X”)の存在も報じられており、同社は既存ヒットの維持とジュークボックス市場向けの露出を同時に進めていました。

キャピトル

キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、1954年3月にフランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)の「Young at Heart」を中心に、ポピュラー歌唱録音で強い動きを見せました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1954年3月6日号では同曲がディスクジョッキー再生の上位に示され、3月20日号でも主要曲として掲載されています。同月の資料では、ディーン・マーティン(Dean Martin, 1917–1995)の「That’s Amore」、ナット・キング・コール(Nat King Cole, 1919–1965)の「Answer Me, My Love」、ザ・フォー・ナイツ(The Four Knights)の「I Get So Lonely」も確認でき、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は映画・テレビ時代のスター歌手とヴォーカル・グループ録音を並行して展開していました。第4回ミュージック・オペレーターズ・オブ・アメリカ(Music Operators of America, Inc.)大会でも同社の参加が報じられており、ジュークボックス運営者向け市場でも当月の活動が確認できます。

マーキュリー

マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、1954年3月にパティ・ペイジ(Patti Page, 1927–2013)とザ・ゲイローズ(The Gaylords)を中心に確認できます。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1954年3月6日号では、パティ・ペイジ(Patti Page, 1927–2013)の「Changing Partners」が上位曲として掲載され、3月20日号では「Cross Over the Bridge」もディスクジョッキー再生上位に入っています。また、「From the Vine Came the Grape」では、ザ・ゲイローズ(The Gaylords)のマーキュリー・レコード(Mercury Records)盤が、ヒルトッパーズ(The Hilltoppers)のドット・レコード(Dot Records)盤と並んで確認できます。同一楽曲を複数レーベルが競作する当時の市場構造の中で、マーキュリー・レコード(Mercury Records)は女性歌手とヴォーカル・グループの双方を前面に出していました。

ドット

ドット・レコード(Dot Records)は、1954年3月にヒルトッパーズ(The Hilltoppers)の録音を中心に市場で確認できます。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1954年3月6日号では、ヒルトッパーズ(The Hilltoppers)の「Till Then」が掲載され、同号と3月20日号では「From the Vine Came the Grape」について、ヒルトッパーズ(The Hilltoppers)のドット・レコード(Dot Records)盤が、ザ・ゲイローズ(The Gaylords)のマーキュリー・レコード(Mercury Records)盤と併記されています。ドット・レコード(Dot Records)は、独立系レーベルでありながら、ヴォーカル・グループ録音を通じてラジオ、販売店、ジュークボックスの主要市場に入り込んでいたことが確認できます。

デッカ

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、1954年3月にフォー・エイセズ(The Four Aces)の「Stranger in Paradise」を中心に確認できます。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1954年3月6日号では、同曲について、トニー・ベネット(Tony Bennett, 1926–2023)のコロムビア・レコード(Columbia Records)盤と並び、フォー・エイセズ(The Four Aces)のデッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)盤が主要録音として掲載されています。3月20日号でも同曲は上位曲として扱われ、同月資料ではビング・クロスビー(Bing Crosby, 1903–1977)、ガイ・ロンバード・アンド・ヒズ・ロイヤル・カナディアンズ(Guy Lombardo and His Royal Canadians)、ラス・モーガン(Russ Morgan, 1904–1969)関連の録音も確認できます。デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、ヴォーカル・グループ、スター歌手、ダンス・オーケストラ系録音を並行して市場に出していました。

コーラル

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)のコーラル・レコード(Coral Records)は、1954年3月の第4回ミュージック・オペレーターズ・オブ・アメリカ(Music Operators of America, Inc.)大会で、主要参加レーベルの一つとして確認できます。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1954年3月20日号は、同大会におけるコーラル・レコード(Coral Records)の参加を、他の大手・独立系レーベルと並べて記しています。同月のランキング欄では、テレサ・ブリュワー(Teresa Brewer, 1931–2007)などのコーラル・レコード(Coral Records)録音も確認でき、同レーベルはデッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)系のポピュラー録音部門として、販売店・ジュークボックス市場に向けた存在感を示していました。

エム・ジー・エム・レコード

エム・ジー・エム・レコード(M-G-M Records)は、1954年3月にビリー・エクスタイン(Billy Eckstine, 1914–1993)の「Lost in Loveliness」で確認できます。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1954年3月20日号は、エム・ジー・エム・レコード(M-G-M Records)の幹部が同盤の売上好調を報告したこと、同曲が同誌のベストセラー表に入ったことを伝えています。ビリー・エクスタイン(Billy Eckstine, 1914–1993)は、ジャズとポピュラー歌唱の境界をまたぐ歌手として知られ、1954年3月の同盤は、エム・ジー・エム・レコード(M-G-M Records)が大人向けポピュラー歌唱市場で継続的に活動していたことを示す資料上の例となっています。

ロンドン・レコード

ロンドン・レコード(London Records)は、1954年3月にザ・ジョンストン・ブラザーズ(The Johnston Brothers)の「Crystal Ball」/「The Creep」で確認できます。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1954年3月20日号には、同盤を London 1423 / 45-1423 として示す広告が掲載されています。ザ・ジョンストン・ブラザーズ(The Johnston Brothers)は英国のヴォーカル・グループであり、ロンドン・レコード(London Records)は、1954年3月のアメリカ合衆国市場において、英国系ポピュラー録音を輸入・流通させるレーベルとして資料上に現れています。

アボット・レコード

アボット・レコード(Abbott Records)は、1954年3月に創立1周年を迎えた独立系レーベルとして確認できます。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1954年3月6日号は、同レーベルの成功例としてジム・リーヴス(Jim Reeves, 1923–1964)の「Mexican Joe」を挙げ、ファバー・ロビソン(Fabor Robison, 生没年未確認)のレーベル運営と新系列レーベルの展開を扱っています。同記事は当月の録音日を示すものではありませんが、アボット・レコード(Abbott Records)が1953年以降のカントリー系録音市場で独立系レーベルとして成長し、1954年3月時点で業界誌に大きく扱われていたことを示しています。

リズム・アンド・ブルース系レーベル

1954年3月のザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)では、リズム・アンド・ブルース系の独立・専門レーベルの動きも確認できます。1954年3月20日号のリズム・アンド・ブルース関連欄では、アトランティック・レコーディング社(Atlantic Recording Corporation)のドリフターズ(The Drifters)、スペシャルティ・レコード(Specialty Records)のギター・スリム(Guitar Slim, 1926–1959)、チェス・レコード(Chess Records)のマディ・ウォーターズ(Muddy Waters, 1913–1983)、チェッカー・レコード(Checker Records)のリトル・ウォルター(Little Walter, 1930–1968)、インペリアル・レコード(Imperial Records)のファッツ・ドミノ(Fats Domino, 1928–2017)、デューク・レコード(Duke Records)のジョニー・エイス(Johnny Ace, 1929–1954)などが確認できます。これらはポピュラー・チャート中心の大手レーベルとは別に、ブルース、リズム・アンド・ブルース、初期ロックンロールにつながる市場が、1954年3月時点で専門欄を通じて明確に可視化されていたことを示しています。