1954年5月に録音された音楽
1954年5月は、冷戦下の安全保障再編、脱植民地化、民権、文化財保護、航空技術、スポーツ記録が重なった月です。5月4日–7日、1954年パラグアイ政変(1954 Paraguayan coup d’état)でアルフレド・ストロエスネル(Alfredo Stroessner, 1912–2006)が台頭しました。5月6日、ロジャー・バニスター(Roger Bannister, 1929–2018)はオックスフォード(Oxford)で1マイル3分59秒4を記録しました。5月7日、ディエンビエンフーの戦い(Battle of Dien Bien Phu)でフランス側拠点が陥落し、5月8日からジュネーヴ会議(Geneva Conference)のインドシナ討議が始まりました。5月14日、武力紛争の際の文化財の保護に関する条約(Convention for the Protection of Cultural Property in the Event of Armed Conflict)がデン・ハーグ(The Hague)で採択され、同日、ボーイング社(Boeing Company)はボーイング・モデル367-80(Boeing Model 367-80)を公開しました。5月17日、アメリカ合衆国最高裁判所(Supreme Court of the United States)はブラウン対教育委員会裁判(Brown v. Board of Education)で公立学校の人種分離を違憲としました。5月19日、アメリカ合衆国・パキスタン相互防衛援助協定(Mutual Defense Assistance Agreement)がカラチ(Karachi)で署名され、5月29日–31日には第1回ビルダーバーグ会議(Bilderberg Meeting)がオランダのオーステルベーク(Oosterbeek)で開かれました。
この月の確認されている録音:0曲
1954年5月の録音に関する情報のまとめ
1954年5月の録音関連動向では、大手レコード会社の販売制度、磁気録音・再生機器を利用した業務用音楽サービス、独立系レーベルの拠点整備、シングル盤の発売と販促が並行して進んでいました。コロムビア・レコード(Columbia Records)ではレコード・クラブ計画をめぐる郵送勧誘の調整が報じられ、録音済みレコードを小売店経由だけでなく直接販売へ広げようとする動きと、その調整が見えます。ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、マグネコード・インコーポレーテッド(Magnecord, Inc.)との契約を通じて、録音済み音楽ライブラリーを業務用サービスとして配給する構想を進めていました。チェス・レコード(Chess Records)とチェッカー・レコード(Checker Records)はシカゴで拠点を移し、独立系リズム・アンド・ブルース・レーベルとしての業務基盤を整えていました。デッカ・レコード・インコーポレーテッド(Decca Records, Inc.)では、ビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツ(Bill Haley and His Comets)の「(We’re Gonna) Rock Around the Clock」が発売され、ベスレヘム・レコード(Bethlehem Records)やピーコック・レコード(Peacock Records)、モダン・レコード(Modern Records)でも新譜広告やカバー盤をめぐる販促が確認できます。1954年5月は、録音そのものだけでなく、録音済み音源をどのように販売・配給・宣伝するかが、レコード産業の重要な焦点になっていた月です。
コロムビア・レコード
コロムビア・レコード(Columbia Records)は、1954年5月1日号のザ・ビルボード(The Billboard)で、レコード・クラブ計画に関する郵送勧誘を停止したことが報じられました。同社の動きは、録音済みレコードの販売制度と小売店流通の関係を調整するものとして位置づけられます。1954年5月時点の同記事では、同計画の会員数や地域別の実施状況までは示されていません。
アールシーエー・ヴィクター/マグネコード・インコーポレーテッド
ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、マグネコード・インコーポレーテッド(Magnecord, Inc.)との契約を通じ、録音済み音楽ライブラリーを利用する音楽サービスの配給計画を進めました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1954年5月22日号は、アメリカ合衆国およびカナダにおける配給権の契約としてこの動きを報じています。レコード会社の音源資産と磁気録音・再生機器企業の業務が結びついた、1950年代半ばの業務用音楽サービスに関わる動向です。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1954/CB-1954-05-22.pdf
- https://pearl-hifi.com/06_Lit_Archive/02_PEARL_Arch/Vol_16/Sec_53/Audio/1954_Audio/09_1954_Audio.pdf
デッカ・レコード・インコーポレーテッド
デッカ・レコード・インコーポレーテッド(Decca Records, Inc.)は、1954年5月、ビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツ(Bill Haley and His Comets)のシングル「(We’re Gonna) Rock Around the Clock」を発売しました。同曲は1954年4月12日に録音され、発売時点では「Thirteen Women (And Only One Man in Town)」の裏面として扱われました。1955年の映画『暴力教室(Blackboard Jungle)』で使用された後に広く普及し、ロックンロールの商業的拡大を象徴する録音の一つとなりました。
- https://www.loc.gov/programs/national-recording-preservation-board/recording-registry/registry-by-induction-years/2017/
- https://www.loc.gov/programs/national-recording-preservation-board/recording-registry/descriptions-and-essays/
- https://www.history.com/this-day-in-history/april-12/bill-haley-and-the-comets-record-rock-around-the-clock
チェス・レコード/チェッカー・レコード
チェス・レコード(Chess Records)およびチェッカー・レコード(Checker Records)は、1954年5月1日号のザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)で、シカゴのサウス・コテージ・グローヴ通り4750番地への移転が報じられました。この移転は、同社が独立系リズム・アンド・ブルース・レーベルとして業務規模を広げる時期の拠点整備にあたります。後年の調査では同所に小規模な簡易スタジオが設けられたことも確認されています。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1954/CB-1954-05-01.pdf
- https://campber.people.clemson.edu/chess2.html
- https://www.chicago.gov/content/dam/city/depts/zlup/Historic_Preservation/Publications/Chess_Records_Office_and_Studio.pdf
ベスレヘム・レコード
ベスレヘム・レコード(Bethlehem Records)は、1954年5月8日号のザ・ビルボード(The Billboard)で、レイ・デメノ(Ray DeMeno, 生没年不明)の「Pigtails」/「What Might Have Been」(B1292)を広告しました。同社は後年ジャズ・レーベルとして知られるようになりますが、1954年5月時点ではポピュラー・シングルを扱う新興レーベルとして販売活動を行っていました。1954年8月以降にはクリス・コナー(Chris Connor, 1927–2009)らの録音を通じ、ジャズ・アルバム路線がより明確になります。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1954/Billboard%201954-05-08.pdf
- https://www.bsnpubs.com/king/bethlehem/bethlehemstory.html
ピーコック・レコード/モダン・レコード
ピーコック・レコード(Peacock Records)は、1954年5月1日号と5月8日号のザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)で、ウィリー・メイ・“ビッグ・ママ”・ソーントン・ウィズ・ジョニー・オーティス・アンド・ヒズ・バンド(Willie Mae “Big Mama” Thornton with Johnny Otis and His Band)による「I Smell a Rat」(Peacock 1632)の販促を展開しました。5月8日号では、モダン・レコード(Modern Records)がヤング・ジェシー(Young Jessie, 1936–2020)による同曲のカバー盤を出したことも確認できます。リズム・アンド・ブルース市場で、ヒット候補曲をめぐる原盤側とカバー側の競争が同時代の業界紙上に現れた事例です。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1954/CB-1954-05-01.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1954/CB-1954-05-08.pdf
- https://www.vocalgroupharmony.com/7ROWNEW/ModernRecordsPartFour.htm
