1954年10月に録音された音楽
1954年10月は、脱植民地化、冷戦体制、地域紛争処理、災害、消費技術が同時に動いた月でした。1日、ナイジェリア憲法令(Nigeria (Constitution) Order in Council, 1954)が施行され、ナイジェリア(Nigeria)は連邦制を明確にした統治体制へ移行しました。5日、イタリア共和国(Italian Republic)、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)、アメリカ合衆国(United States of America)、ユーゴスラビア連邦人民共和国(Federal People’s Republic of Yugoslavia)は、トリエステ自由地域に関する了解覚書(Memorandum of Understanding regarding the Free Territory of Trieste)に署名しました。10日、ベトナム民主共和国(Democratic Republic of Vietnam)側の部隊がハノイ(Hanoi)に入り、第一次インドシナ戦争後の支配秩序の転換が可視化されました。15日、ハリケーン・ヘーゼル(Hurricane Hazel)がカリブ海、アメリカ合衆国(United States of America)、カナダ(Canada)に大きな被害を与えました。18日、テキサス・インスツルメンツ(Texas Instruments Incorporated)のトランジスタを用いた携帯型ラジオ、リージェンシーTR-1(Regency TR-1)が、インダストリアル・デベロップメント・エンジニアリング・アソシエイツ社(Industrial Development Engineering Associates, Inc.)によって発表されました。19日、エジプト共和国(Republic of Egypt)とグレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)は、スエズ運河基地に関する英埃協定(Anglo-Egyptian Agreement regarding the Suez Canal Base)に署名しました。23日、パリ諸協定(Paris Agreements)が署名され、ドイツ連邦共和国(Federal Republic of Germany)の主権回復、西側防衛体制への編入、再軍備の枠組みが固まりました。文化面では、アーネスト・ミラー・ヘミングウェイ(Ernest Miller Hemingway, 1899–1961)が1954年ノーベル文学賞(Nobel Prize in Literature 1954)の受賞者となりました。
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1954年10月の録音に関する情報のまとめ
1954年10月のレコード産業では、長時間盤アルバム、ヴォーカル・グループのシングル、高忠実度再生装置、レコード・クラブ、地方流通、ラジオ興行を通じた販売促進が並行して動きました。『ビルボード(The Billboard)』と『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』の当月号には、コロムビア・レコード(Columbia Records)、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)、キャピトル・レコード(Capitol Records)、コーラル・レコード(Coral Records)、マーキュリー・レコード(Mercury Records)、ケイデンス・レコード(Cadence Records)、サン・レコード(Sun Records)の活動が掲載され、録音物の制作・発売・流通・販促が一体化していた1950年代半ばの市場状況が表れています。
コロムビア・レコード
1954年10月のコロムビア・レコード(Columbia Records)では、録音制作、レコード・クラブ、高忠実度再生装置の流通が並行して見られました。1954年10月2日号の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』には、ミッチ・ミラー(Mitch Miller, 1911–2010)の監督下で、フランキー・レイン(Frankie Laine, 1913–2007)とザ・フォー・ラッズ(The Four Lads)が録音セッションに入ったことが掲載されました。1954年10月16日号の『ビルボード(The Billboard)』は、コロムビア・レコード(Columbia Records)が中西部で試験運用していたコロムビア・レコード・クラブ(Columbia Record Club)を1954年11月1日で終了すると報じました。1954年10月23日号では、コロムビア(Columbia)系の高忠実度再生装置の納入遅れも小売店側の課題として扱われ、レコード販売と再生機器販売が密接に結びついていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1954/CB-1954-10-02.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1954/Billboard%201954-10-16.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1954/Billboard%201954-10-23.pdf
アールシーエー・ヴィクター
1954年10月のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、映画音楽、復刻・記念盤、人気歌手の販促を組み合わせて市場を動かしました。マリオ・ランツァ(Mario Lanza, 1921–1959)による『ザ・スチューデント・プリンス(The Student Prince)』は、同月の売上上位アルバムとして掲載されました。グレン・ミラー(Glenn Miller, 1904–1944)関連の限定盤・記念盤展開も進み、戦時期から戦後にかけての人気録音を長時間盤商品として再提示する動きが見られました。1954年10月23日号の『ビルボード(The Billboard)』では、エディ・アーノルド(Eddy Arnold, 1918–2008)のテレビ映画シリーズと結びついた販促も扱われ、音盤、映画、テレビ露出を連動させた販売戦略が確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1954/Billboard%201954-10-02.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1954/Billboard%201954-10-16.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1954/Billboard%201954-10-23.pdf
キャピトル・レコード
1954年10月のキャピトル・レコード(Capitol Records)では、長時間盤アルバムと高忠実度再生環境を結びつける動きが目立ちました。ジャッキー・グリーソン(Jackie Gleason, 1916–1987)の『ミュージック、マティーニズ・アンド・メモリーズ(Music, Martinis and Memories)』は、1954年10月30日号の『ビルボード(The Billboard)』で売上上位アルバムとして掲載されました。1954年10月23日号では、キャピトル・レコード(Capitol Records)が高忠実度再生関連のショーに協賛したことも掲載され、アルバム商品と再生機器市場を結びつける販売環境が形成されていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1954/Billboard%201954-10-23.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1954/Billboard%201954-10-30.pdf
コーラル・レコード
1954年10月のコーラル・レコード(Coral Records)では、アメリカ合衆国北西部の地方流通網が拡張されました。1954年10月9日号の『ビルボード(The Billboard)』は、シアトルのハフィン・ディストリビューティング・カンパニー(Huffine Distributing Company)が1954年10月4日からワシントン州(State of Washington)とオレゴン州(State of Oregon)でコーラル・レコード(Coral Records)を扱うと報じました。同月の市場では、マクガイア・シスターズ(The McGuire Sisters)の「Sincerely」など、コーラル・レコード(Coral Records)関連のヴォーカル・グループ録音がポピュラー音楽市場で注目を集めました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1954/Billboard%201954-10-09.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1954/Billboard%201954-10-23.pdf
マーキュリー・レコード
1954年10月のマーキュリー・レコード(Mercury Records)は、ヴォーカル・グループのヒット盤を通じてポピュラー音楽市場で存在感を示しました。『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1954年10月号では、ザ・ゲイローズ(The Gaylords)の「The Little Shoemaker」がマーキュリー・レコード(Mercury Records)の盤として掲載されました。ザ・クルー・カッツ(The Crew-Cuts)の「Sh-Boom」も同年のヒット盤として流通し、同社のポピュラー・ヴォーカル録音が販売、放送、ジュークボックス市場で広く扱われました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1954/CB-1954-10-09.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1954/Billboard%201954-10-23.pdf
ケイデンス・レコード
1954年10月のケイデンス・レコード(Cadence Records)では、ザ・コーデッツ(The Chordettes)の「Mr. Sandman」が新譜市場に登場しました。1954年10月2日号の『ビルボード(The Billboard)』は同曲を新譜レビューで扱い、同盤は同年末にかけてアメリカ合衆国(United States of America)のポピュラー音楽市場で大きな成功を収めました。ザ・コーデッツ(The Chordettes)の緊密な女声ハーモニーは、1950年代半ばのポップ・ヴォーカル録音の代表的なスタイルの一つとなりました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1954/Billboard%201954-10-02.pdf
- https://www.grammy.com/awards/hall-of-fame-award
サン・レコード
1954年10月のサン・レコード(Sun Records)では、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)の初期シングルとラジオ興行が結びつきました。1954年10月16日、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)はルイジアナ・ヘイライド(Louisiana Hayride)へ初出演しました。サン・レコード(Sun Records)から発売された初期録音の露出は、地域ラジオ番組とライブ出演を通じて広がり、1950年代半ばのロックンロール市場形成につながりました。
- https://www.graceland.com/1954-1957
- https://64parishes.org/10-fascinating-facts-about-the-louisiana-hayride
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1954/Billboard%201954-10-16.pdf
