1955年8月に録音された音楽
1955年8月は、冷戦下の技術開発、脱植民地化期の緊張、文化表現、災害、公民権問題が重なった月です。1日、ロッキード・エアクラフト社(Lockheed Aircraft Corporation)の高高度偵察機ロッキード U-2(Lockheed U-2)が、ネバダ州グルーム・レイクで試験中に初めて浮揚しました。3日、サミュエル・ベケット(Samuel Beckett, 1906–1989)の『ゴドーを待ちながら』(Waiting for Godot)が、ロンドンのアーツ・シアター・クラブ(Arts Theatre Club)で英語初演されました。18日、英埃領スーダン(Anglo-Egyptian Sudan)南部でトリット反乱(Torit Mutiny)が起こり、南北対立が表面化しました。17日–19日にはハリケーン・ダイアン(Hurricane Diane)がアメリカ合衆国東部に大規模な洪水被害をもたらしました。26日、サタジット・レイ(Satyajit Ray, 1921–1992)の『大地のうた』(Pather Panchali)がカルカッタ(Calcutta)で公開され、27日には『ギネスブック・オブ・レコーズ』(The Guinness Book of Records)初版が刊行されました。28日、エメット・ティル(Emmett Till, 1941–1955)殺害事件が起こり、アメリカ合衆国の公民権運動の記憶に深く刻まれる月となりました。
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1955年8月の録音に関する情報のまとめ
1955年8月の録音関連産業では、個別録音、レーベル設立、系列レーベル運用、長時間再生レコード(long-playing record)の販売計画、郵送販売制度、アメリカ合衆国発のロックンロール録音の国際展開が並行して進みました。コロムビア・レコード(Columbia Records)はレコード・クラブ販売を再構成し、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ビクター(RCA Victor)は販売店向けアルバム計画を打ち出しました。独立系では、サン・レコード(Sun Records)、チェス・レコード(Chess Records)系のチェッカー・レコード(Checker Records)、アトランティック・レコード(Atlantic Records)系のアトコ・レコード(Atco Records)、マーキュリー・レコード(Mercury Records)系のウィング・レコード(Wing Records)、ベツレヘム・レコード(Bethlehem Records)などの動きが見られました。
コロムビア・レコード
コロムビア・レコード(Columbia Records)は、1955年8月にコロムビア・レコード・クラブ(Columbia Record Club)を本格的な郵送販売制度として再構成しました。『ビルボード』(The Billboard)1955年8月20日号は、この計画を販売店と配給業者を保護する形で組み直した動きとして報じています。後年の連邦取引委員会(Federal Trade Commission)資料でも、コロムビア・レコード(Columbia Records)が1955年8月にクラブ市場へ入ったことが示されています。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-08-20.pdf
- https://www.ftc.gov/sites/default/files/documents/commission_decision_volumes/volume-72/ftcd-vol72july-december1967pages320-411.pdf
- https://law.justia.com/cases/federal/appellate-courts/F2/414/974/84432/
アールシーエー・ビクター
ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ビクター(RCA Victor)は、1955年8月に秋季アルバム計画を販売店向けのマーチャンダイジングと結びつけて展開しました。『ビルボード』(The Billboard)1955年8月20日号は、アールシーエー・ビクター(RCA Victor)の秋季アルバム計画が24点の長時間再生レコード(long-playing record)と低価格サンプラーを含む販売施策であったことを報じています。同時期の『キャッシュ・ボックス』(The Cash Box)1955年8月27日号にも、同社が小売店経由の販売を重視する立場を示した記事が掲載されています。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-08-20.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-08-27.pdf
アトランティック・レコードとアトコ・レコード
アトランティック・レコード(Atlantic Records)は、1955年8月に系列レーベルのアトコ・レコード(Atco Records)を始動させました。『ビルボード』(The Billboard)1955年8月13日号には、アトコ・レコード(Atco Records)名義の新譜記載が確認されます。アトコ・レコード(Atco Records)は、アトランティック・レコード(Atlantic Records)の本体レーベルとは別に商品を展開する系列レーベルとして、独立系リズム・アンド・ブルース会社のレーベル構造拡張を示す存在となりました。
マーキュリー・レコードとウィング・レコード
マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、1955年8月に系列レーベルのウィング・レコード(Wing Records)を初期展開していました。『ビルボード』(The Billboard)1955年8月20日号には、ウィング・レコード(Wing Records)の最初期盤が成果を上げていることを示す記事が掲載されています。マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、系列レーベルを用いて商品層と販売経路を広げ、1950年代半ばのレコード市場に対応していました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-08-20.pdf
- https://microgroove.jp/mercury/Wing-12100.shtml
サン・レコード
サン・レコード(Sun Records)は、1955年8月1日にエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)の Sun 223 を発売しました。同盤には「アイ・フォーゴット・トゥ・リメンバー・トゥ・フォーゲット」(I Forgot to Remember to Forget)と「ミステリー・トレイン」(Mystery Train)が収められています。録音は1955年7月中旬にメンフィスのサン・スタジオ(Sun Studio)で行われ、市場投入は1955年8月でした。同盤は、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)のサン・レコード(Sun Records)期末期を代表するシングルとなりました。
- https://www.elvisthemusic.com/music/i-forgot-to-remember-to-forget/
- https://www.legacyrecordings.com/2017/06/07/elvis-presley-boy-tupelo-complete-1953-1955-recordings-coming-july-28/
チェス・レコードとチェッカー・レコード
チェス・レコード(Chess Records)系のチェッカー・レコード(Checker Records)は、1955年8月にブルース録音で重要な動きを見せました。1955年8月12日、サニー・ボーイ・ウィリアムソン2世(Sonny Boy Williamson II, 生没年不明)はシカゴでチェス・レコード(Chess Records)側の最初期セッションを行い、「ドント・スタート・ミー・トーキン」(Don’t Start Me Talkin’)と「オール・マイ・ラヴ・イン・ヴェイン」(All My Love in Vain)を含む録音を残しました。この録音は Checker 824 として1955年に発売され、同社のブルース録音を代表する盤の一つとなりました。同月3日にはローウェル・フルソン(Lowell Fulson, 1921–1999)のチェッカー・レコード(Checker Records)向け録音も行われました。
- https://campber.people.clemson.edu/chess2.html
- https://blues.org/blues_hof_inductee/dont-start-me-talkin-sonny-boy-williamson-no-2-checker-1955/
デッカ・レコード
デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、ビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツ(Bill Haley and His Comets)の「ロック・アラウンド・ザ・クロック」(Rock Around the Clock)を1955年夏の国際的ヒットとして展開しました。オーストラリアのパワーハウス・コレクション(Powerhouse Collection)に残る電報資料は、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)がフェスティバル・レコード(Festival Records)へ同曲の発売許諾を与えたことを示しています。同曲は1954年録音ですが、1955年8月には海外市場での発売と販売拡大が進み、アメリカ合衆国発のロックンロール録音が国際市場に広がる事例となりました。
- https://collection.powerhouse.com.au/object/365967
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-08-20.pdf
フェスティバル・レコード
フェスティバル・レコード(Festival Records)は、1955年8月にビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツ(Bill Haley and His Comets)の「ロック・アラウンド・ザ・クロック」(Rock Around the Clock)をオーストラリアで発売しました。パワーハウス・コレクション(Powerhouse Collection)の資料では、同社がデッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)から許諾を受けて同曲を発売し、発売後に生産・販売面で大きな反応を得たことが示されています。フェスティバル・レコード(Festival Records)は、アメリカ合衆国のヒット録音をオーストラリア市場へ接続した会社となりました。
ベツレヘム・レコード
ベツレヘム・レコード(Bethlehem Records)は、1955年8月28日–30日にメル・トーメ(Mel Tormé, 1925–1999)のアルバム『イッツ・ア・ブルー・ワールド』(It’s a Blue World)に結びつく録音をニューヨークで行いました。録音にはメル・トーメ(Mel Tormé, 1925–1999)のヴォーカルに加え、アル・ペレグリーニ(Al Pellegrini, 生没年不明)の指揮による編成が記録されています。同録音は、1950年代半ばのジャズ・ヴォーカル長時間再生レコード制作を示す事例です。
- https://www.jazzdisco.org/bethlehem-records/discography-1955/
- https://www.jazzdisco.org/bethlehem-records/catalog-deluxe-series/
