1955年2月に録音された音楽
1955年2月は、冷戦下の同盟再編と戦後社会の制度変化が並行して進んだ月でした。ソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)では2月8日、ゲオルギー・マレンコフ(Georgy Malenkov, 1902–1988)が閣僚会議議長を辞任し、ニコライ・ブルガーニン(Nikolai Bulganin, 1895–1975)が後任となりました。東アジアでは2月7日以降、アメリカ合衆国第七艦隊(United States Seventh Fleet)が大陳群島(Tachen Islands)からの中華民国(Republic of China)側軍民の撤退を支援し、台湾海峡の緊張が国際問題化しました。2月19日には東南アジア集団防衛条約(Southeast Asia Collective Defense Treaty)が発効し、2月24日にはイラク王国・トルコ共和国間相互協力条約(Pact of Mutual Cooperation Between the Kingdom of Iraq and the Republic of Turkey)がバグダードで署名されました。日本では2月27日に第27回衆議院議員総選挙が行われ、日本民主党が第1党となりました。社会面では2月9日にアメリカ労働総同盟(American Federation of Labor)と産業別組織会議(Congress of Industrial Organizations)の合併協定が成立し、文化面では2月24日にカーライル・フロイド(Carlisle Floyd, 1926–2021)のオペラ『スザンナ』(Susannah)がフロリダ州立大学(Florida State University)で初演されました。
この月の確認されている録音:0曲
1955年2月の録音に関する情報のまとめ
1955年2月のアメリカ合衆国(United States of America)のレコード市場では、ロング・プレイング盤、45回転盤、78回転盤が併存するなかで、価格政策、サブレーベル運営、リズム・アンド・ブルース録音のポップ市場への波及が同時に進んでいました。ビルボード誌(Billboard)とキャッシュ・ボックス誌(The Cash Box)では、アールシーエー・ヴィクター・レコード(RCA Victor Records)の価格政策、コーラル・レコード(Coral Records)とドット・レコード(Dot Records)の女性ヴォーカル・グループ盤、マーキュリー・レコード(Mercury Records)のカバー盤、ドゥートーン・レコード(Dootone Records)やデューク・レコード(Duke Records)のリズム・アンド・ブルース盤が、同月の市場を形成していたことが確認できます。
アールシーエー・ヴィクター
1955年2月のビルボード誌(Billboard)では、アールシーエー・ヴィクター・レコード(RCA Victor Records)が先行して行ったロング・プレイング盤の価格引き下げと78回転盤の価格引き上げに、複数メーカーが追随している状況が報じられています。同社は、価格体系の変更を通じてレコード・フォーマットの移行期に影響を与えました。また、同社系のエックス・レコード(“X” Records)が1955年2月に2年目へ入ったことも報じられており、アールシーエー・ヴィクター・レコード(RCA Victor Records)が主力レーベルと別系統レーベルを並行して運用していたことが確認できます。ポピュラー市場では、ペリー・コモ(Perry Como, 1912–2001)の「Ko Ko Mo (I Love You So)」も同月の主要盤として扱われました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-02-12.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-02-26.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-02-26.pdf
ドット・レコード
ドット・レコード(Dot Records)は、1955年2月のポピュラー市場でザ・フォンテイン・シスターズ(The Fontane Sisters)の「Hearts of Stone」を大きく伸ばしました。同盤はビルボード誌(Billboard)の1955年2月5日号で主要チャート上位に位置し、白人女性ヴォーカル・グループによるリズム・アンド・ブルース由来楽曲のポップ市場化を示す代表的な事例となりました。同月にはパット・ブーン(Pat Boone)の「Two Hearts, Two Kisses (Make One Love)」の広告展開も確認でき、同社が新人歌手の売り出しと既存ヒットの拡大を並行させていたことが分かります。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-02-05.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-02-19.pdf
コーラル・レコード
コーラル・レコード(Coral Records)は、ザ・マクガイア・シスターズ(The McGuire Sisters)の「Sincerely」によって1955年2月のポピュラー市場で大きな存在感を示しました。同盤はザ・ムーングロウズ(The Moonglows)のリズム・アンド・ブルース系ヒットを白人女性ヴォーカル・グループがポップ市場向けに展開した盤で、2月中旬以降の主要チャートで首位級の扱いを受けました。同社は、リズム・アンド・ブルース由来の楽曲をポピュラー・レコード市場へ接続する流れの中心にありました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-02-12.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-02-19.pdf
マーキュリー・レコード
マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、1955年2月にザ・クルー・カッツ(The Crew-Cuts)の「Earth Angel (Will You Be Mine)」と「Ko Ko Mo (I Love You So)」、ジョージア・ギブス(Georgia Gibbs, 1919–2006)の「Tweedlee Dee」、デイヴィッド・キャロル・アンド・ヒズ・オーケストラ(David Carroll and His Orchestra)の「Melody of Love」などを市場で展開していました。これらはいずれも同時期のチャートや業界誌で確認でき、同社がリズム・アンド・ブルース由来楽曲のカバー盤とポピュラー・オーケストラ盤を同時に押し出していたことを示します。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-02-05.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-02-12.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-02-26.pdf
ドゥートーン・レコード
ドゥートーン・レコード(Dootone Records)は、ザ・ペンギンズ(The Penguins)の「Earth Angel (Will You Be Mine)」によって1955年2月の市場で重要な位置を占めました。同盤はリズム・アンド・ブルース系ヴォーカル・グループ録音として大きな人気を得て、同時にザ・クルー・カッツ(The Crew-Cuts)によるマーキュリー・レコード(Mercury Records)盤との併存によって、黒人ヴォーカル・グループ録音と白人カバー盤が同じ楽曲で競合する状況を生みました。1955年2月のチャート資料では、この楽曲が複数レーベル間の市場競争を象徴する盤として確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-02-05.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-02-12.pdf
コンボ・レコードとアラディン・レコード
コンボ・レコード(Combo Records)とアラディン・レコード(Aladdin Records)は、ジーン・アンド・ユーニス(Gene and Eunice)の「Ko Ko Mo (I Love You So)」をめぐる1955年初頭の展開に関わりました。同曲は1955年2月の市場で、ペリー・コモ(Perry Como, 1912–2001)やザ・クルー・カッツ(The Crew-Cuts)などによる別レーベル盤と競合し、リズム・アンド・ブルース原盤系統の楽曲がポピュラー市場で広く消費される過程を示しました。1955年2月の同時代資料では、「Ko Ko Mo (I Love You So)」が複数アーティスト・複数レーベルで扱われたことが確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-02-26.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-02-26.pdf
アトランティック・レコード
アトランティック・レコード(Atlantic Records)は、ラヴァーン・ベイカー・アンド・ザ・グライダーズ(LaVern Baker and The Gliders)の「Tweedlee Dee」によって1955年2月の市場で重要な存在となりました。同盤はリズム・アンド・ブルース市場での成功だけでなく、ジョージア・ギブス(Georgia Gibbs, 1919–2006)によるマーキュリー・レコード(Mercury Records)盤との比較を通じて、黒人リズム・アンド・ブルース録音と白人ポップ・カバー盤の関係を示す代表例となりました。1955年2月のチャート資料では、同曲が複数盤で流通していたことが確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-02-05.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-02-12.pdf
デューク・レコード
デューク・レコード(Duke Records)は、ジョニー・エイス(Johnny Ace, 1929–1954)の「Pledging My Love」を1955年初頭の主要リズム・アンド・ブルース盤として市場に送り出しました。ジョニー・エイス(Johnny Ace, 1929–1954)は1954年12月に死去しており、同盤は没後に大きな需要を集めました。1955年2月のチャート資料では、同録音がリズム・アンド・ブルース市場の中心的な盤として扱われ、同時にポピュラー市場にも波及していたことが確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-02-12.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-02-12.pdf
デッカ・レコード
デッカ・レコード(Decca Records)は、1955年2月のポピュラー市場でフォー・エイセズ(The Four Aces)の「Melody of Love」を主要盤として展開していました。また、ビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツ(Bill Haley and His Comets)の「Dim, Dim the Lights (I Want Some Atmosphere)」や「Shake, Rattle and Roll」も同時期の業界誌・チャート資料で確認できます。同社は、従来型ポピュラー・ヴォーカルとロックンロール初期のダンス音楽を同じ市場内で扱う大手レーベルとして位置づけられます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-02-05.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-02-12.pdf
コロムビア・レコード
コロムビア・レコード(Columbia Records)は、1955年2月の市場でローズマリー・クルーニー(Rosemary Clooney, 1928–2002)の「Mambo Italiano」や、マヘリア・ジャクソン(Mahalia Jackson, 1911–1972)の「A Rusty Old Halo」などを通じて、ポピュラー、ゴスペル、ノヴェルティ寄りの楽曲を幅広く展開していました。また、フォー・ラッズ(The Four Lads)による「Pledging My Love」も、ジョニー・エイス(Johnny Ace, 1929–1954)のデューク・レコード(Duke Records)盤と並行して確認できます。1955年2月の同社は、カバー盤と既存人気歌手の盤を組み合わせて市場に対応していました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-02-05.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-02-12.pdf
キャピトル・レコード
キャピトル・レコード(Capitol Records)は、1955年2月のポピュラー市場でナット・キング・コール(Nat King Cole, 1919–1965)の「Darling, Je Vous Aime Beaucoup」などを展開していました。また、レス・ポール・アンド・メリー・フォード(Les Paul and Mary Ford)など、同社の既存スターによる録音も同月の業界誌で確認できます。1955年2月の同社は、リズム・アンド・ブルース由来の急伸する市場とは別に、洗練されたポピュラー・ヴォーカルと録音技術を前面に出したレーベルとして動いていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-02-05.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-02-12.pdf
エムジーエム・レコード
エムジーエム・レコード(M-G-M Records)は、1955年2月にジョニ・ジェームズ(Joni James, 1930–2022)の「How Important Can It Be」を中心にポピュラー市場で存在感を示しました。キャッシュ・ボックス誌(The Cash Box)の1955年2月号では、同社が自社の主要盤をまとめて広告展開していたことが確認できます。エムジーエム・レコード(M-G-M Records)は、映画会社系レーベルとしてのブランド力を背景に、女性ヴォーカルを中心とするポップ盤の販売促進を継続していました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-02-05.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-02-26.pdf
