1955年7月に録音された音楽
1955年7月は、冷戦下の緊張緩和の試みと、核兵器・宇宙開発・大量娯楽文化の転換が同時に見えた月です。7月9日、バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872–1970)とアルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein, 1879–1955)らの署名によるラッセル=アインシュタイン宣言(Russell–Einstein Manifesto)が公表され、核兵器時代における人類の存続が問われました。7月18日–23日にはジュネーヴ首脳会談(Geneva Summit 1955)が開かれ、ドワイト・D・アイゼンハワー(Dwight D. Eisenhower, 1890–1969)ら四大国首脳が軍縮やドイツ問題を協議しました。7月27日にはオーストリア国家条約(State Treaty for the Re-establishment of an Independent and Democratic Austria)が発効し、オーストリアの主権回復が制度上確定しました。同じ7月27日にはエル・アル航空402便撃墜事件(El Al Flight 402)が起こり、乗員乗客58人全員が死亡しました。7月29日にはアメリカ合衆国(United States of America)が国際地球観測年(International Geophysical Year)に向けた人工衛星打ち上げ計画を発表しました。文化面では、7月17日にウォルト・ディズニー(Walt Disney, 1901–1966)がカリフォルニア州アナハイムでディズニーランド(Disneyland)を開園し、テーマパーク型娯楽の大規模化を示しました。音楽では、ビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツ(Bill Haley and His Comets)の「ロック・アラウンド・ザ・クロック」(Rock Around the Clock)がアメリカ合衆国の主要チャートで首位に立ち、ロックンロールの商業的拡大を象徴しました。
この月の確認されている録音:0曲
1955年7月の録音に関する情報のまとめ
1955年7月の録音産業では、長時間レコードの価格政策、秋商戦に向けた販売準備、テレビ番組と連動した宣伝、映画主題歌の販売、ロックンロールとリズム・アンド・ブルース系レコードの急伸が同時に進みました。コロムビア・レコード(Columbia Records)やキャピトル・レコード(Capitol Records, Inc.)はアルバム価格・販売施策・映画関連楽曲の展開を進め、デッカ・レコード(Decca Records, Inc.)、チェス・レコード社(Chess Record Corp.)、インペリアル・レコード(Imperial Records)、ドット・レコード(Dot Records)、マーキュリー・レコード(Mercury Records)などでは、ポピュラー音楽市場でロックンロール、ドゥーワップ、リズム・アンド・ブルース系作品の存在感が強まりました。
コロムビア・レコード
コロムビア・レコード(Columbia Records)は、『ビルボード(Billboard)』1955年7月9日号で、コロムビア・マスターワークス(Columbia Masterworks)の長時間レコードに関する新価格政策を掲げていました。同記事では、12インチのクラシックおよびショー・アルバムを中心に、実質的な価格引き下げによって販売拡大を狙う動きが示されています。さらに『ビルボード(Billboard)』1955年7月23日号では、秋商戦に向けた販売計画の準備が確認でき、1955年7月の同社は録音作品だけでなく、アルバム市場の価格・流通政策を動かしていた時期でした。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-07-09.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-07-23.pdf
アールシーエー・ヴィクター
ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、1955年7月のポピュラー音楽市場で、ペレス・プラード・アンド・ヒズ・オーケストラ(Perez Prado and His Orchestra)の「チェリー・ピンク・アンド・アップル・ブロッサム・ホワイト」(Cherry Pink and Apple Blossom White)などにより、主要チャート上で継続的な存在感を示していました。また、1955年7月28日には、ナショナル・ブロードキャスティング・カンパニー(National Broadcasting Company)のテレビ番組上で、ヴォーン・モンロー(Vaughn Monroe, 1911–1973)の在籍15周年を記念し、ローレンス・W・カナガ(Lawrence W. Kanaga, 生没年不明)が「ゴールド・アルバム」を授与する予定だったことが同時代広報資料に記録されています。この事例は、レコード会社がテレビ露出を販売促進と結びつけていたことを示します。
- https://archive.org/details/nbctraderelease1955nati_5
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-07-09.pdf
キャピトル・レコード
キャピトル・レコード(Capitol Records, Inc.)は、1955年7月の主要チャートでフランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)の「ラーニン・ザ・ブルース」(Learnin’ the Blues)、ナット・キング・コール(Nat King Cole, 1919–1965)の「ア・ブロッサム・フェル」(A Blossom Fell)、レス・バクスター・ヒズ・コーラス・アンド・オーケストラ(Les Baxter, His Chorus and Orchestra)の「アンチェインド・メロディ」(Unchained Melody)などを通じて強い存在感を示していました。また、1955年7月初旬の『ビルボード(Billboard)』では、アル・マーティーノ(Al Martino, 1927–2009)による映画主題歌「ザ・マン・フロム・ララミー」(The Man from Laramie)や、レイ・アンソニー(Ray Anthony, 1922–2022)の「ピート・ケリーズ・ブルース」(Pete Kelly’s Blues)関連の宣伝が確認できます。映画とレコード販売の連動が、同月のキャピトル・レコード(Capitol Records, Inc.)の活動の一部をなしていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-07-02.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-07-09.pdf
- https://jimmystewartontheair.com/the-man-from-laramie-2/
デッカ・レコード
デッカ・レコード(Decca Records, Inc.)は、ビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツ(Bill Haley and His Comets)の「ロック・アラウンド・ザ・クロック」(Rock Around the Clock)によって、1955年7月のアメリカ合衆国ポピュラー音楽市場で大きな動きを示しました。同作は1955年7月9日付の『ビルボード(Billboard)』主要チャートで首位に立ち、映画『暴力教室』(Blackboard Jungle)との結びつきもあって、前年録音のシングルが1955年夏に大きく再浮上した事例となりました。録音日そのものは1955年7月ではなく、同月の事象は販売・チャート上の拡大です。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-07-09.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-07-30.pdf
- https://www.mpl.org/blog/now/rock-around-the-clock/
コーラル・レコード
コーラル・レコード(Coral Records)は、ザ・マクガイア・シスターズ(The McGuire Sisters)の「サムシングズ・ガッタ・ギヴ」(Something’s Gotta Give)および「リズム・ン・ブルース」(Rhythm ’N’ Blues)によって、1955年7月のポピュラー・ヴォーカル市場に存在感を示していました。ザ・マクガイア・シスターズ(The McGuire Sisters)は前年の「シンシアリー」(Sincerely)で大きな商業的成功を得ており、1955年7月時点でも映画・舞台音楽系の楽曲とポップ・チャートを結びつける役割を担っていました。コーラル・レコード(Coral Records)はデッカ・レコード(Decca Records, Inc.)系のレーベルであり、この時期の大手傘下レーベルの販売力を示す事例でもあります。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-07-16.pdf
- https://recordresearch.directfrompublisher.com/sites/recordresearch.directfrompublisher.com/files/previews/Pop_Annual_1955_2011.pdf
- https://www.musicvf.com/song.php?id=43800
インペリアル・レコード
インペリアル・レコード(Imperial Records)は、ファッツ・ドミノ(Fats Domino, 1928–2017)の「エイント・イット・ア・シェイム」(Ain’t It a Shame)によって、1955年7月のリズム・アンド・ブルース市場とポップ市場の接点に位置していました。『ビルボード(Billboard)』1955年7月9日号では、ファッツ・ドミノ(Fats Domino, 1928–2017)の同作がリズム・アンド・ブルース系チャートで強い成績を示していたことが確認できます。同作の録音は1955年3月、発売は同年春とされるため、1955年7月の事象は録音日ではなく、販売・チャート上の拡大です。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-07-09.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-07-16.pdf
- https://www.vintagerockmag.com/2025/06/story-behind-the-song-fats-dominos-aint-that-a-shame/
ドット・レコード
ドット・レコード(Dot Records)は、パット・ブーン(Pat Boone)による「エイント・ザット・ア・シェイム」(Ain’t That a Shame)で、1955年7月のポップ市場におけるリズム・アンド・ブルース楽曲のカバー展開を示しました。同作はファッツ・ドミノ(Fats Domino, 1928–2017)の「エイント・イット・ア・シェイム」(Ain’t It a Shame)を白人ポップ歌手向けに再録音したもので、1955年夏以降のチャート上昇につながりました。1955年7月時点では、原曲を持つインペリアル・レコード(Imperial Records)と、カバー盤を展開するドット・レコード(Dot Records)の双方が同じ楽曲をめぐって市場に現れており、ロックンロール初期のクロスオーバー構造を示しています。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1955/CB-1955-07-30.pdf
- https://www.billboard.com/music/pop/pat-boone-billboard-hits-labels-1235698477/
- https://www.discogs.com/master/243834-Pat-Boone-Aint-That-A-Shame
チェス・レコード社
チェス・レコード社(Chess Record Corp.)は、チャック・ベリー・アンド・ヒズ・コンボ(Chuck Berry and His Combo)名義の「メイベリーン」(Maybellene)で、1955年7月の新しいロックンロール市場に重要な動きを示しました。同作は1955年5月に録音され、1955年7月の業界誌上で新譜として扱われ、のちにリズム・アンド・ブルース・チャートおよびポップ・チャートで大きな成果を残しました。チャック・ベリー(Chuck Berry, 1926–2017)のチェス・レコード社(Chess Record Corp.)でのデビュー作として、同作は1955年夏以降のギター中心のロックンロール表現を広げる基点となりました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1955/Billboard%201955-07-23.pdf
- https://www.billboard.com/pro/chuck-berry-rock-roll-singles-billboard-charts/
- https://www.udiscovermusic.com/stories/chuck-berry-maybellene-song/
マーキュリー・レコード
マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、ザ・プラターズ(The Platters)の「オンリー・ユー(アンド・ユー・アローン)」(Only You (And You Alone))で、1955年夏のドゥーワップ市場に重要な動きを示しました。同作は1955年4月26日に再録音され、マーキュリー・レコード(Mercury Records)からMercury 70633として発売された録音で、発売後しばらくしてロサンゼルスやフィラデルフィアなどで反応を広げ、同年秋の大ヒットへつながりました。1955年7月は、同作が全国的な大ヒットへ進む直前の販売拡大期でした。
- https://secondhandsongs.com/performance/33249/all
- https://tims.blackcat.nl/messages/platters.htm
- https://www.grammy.com/awards/hall-of-fame-award
サン・レコード社
サン・レコード社(Sun Record Company)は、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)の1955年7月中旬の録音で活動を確認できます。後年の公式ディスコグラフィ資料では、「アイ・フォーガット・トゥ・リメンバー・トゥ・フォーゲット」(I Forgot to Remember to Forget)、「ミステリー・トレイン」(Mystery Train)、「トライン・トゥ・ゲット・トゥ・ユー」(Tryin’ to Get to You)が1955年7月中旬にサン・スタジオ(Sun Studio)で録音されたと記載されています。日単位の録音日は資料上で表記差があるため、ここでは1955年7月中旬の録音として扱います。
